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1年間ありがとう 松本山雅FCがファン感謝デー  (2013年12月14日号より)
J2松本山雅FCは8日、松本市のアルウィンで、サポーター会員を対象とした「ファン感謝デー」を開いた。チームとして行う今季最後の催しに、2823人が来場。試合中とは違う表情を見せる選手たちと、多彩なイベントで交流を楽しんだ。
来場者はサイン会やゲームコーナーの他、飲食物など販売ブースの手伝いに参加した選手らと触れ合った。ピッチ上にしつらえられたメーンステージでは、クイズ大会や「借り人」競争、女装コンテストなどがあり、盛り上がった。
閉会セレモニーでは反町監督や指導陣、選手らがメーンステージにそろって立った。
反町監督は「今日、笑って終えることができたのは、われわれの1年間の頑張りが実を結んだからなのかなと思う。来年もいい形でファン感謝デーを迎えられるよう頑張っていきたい」とあいさつ。
選手を代表した小松選手は「最高のサポーターの支えで戦える自分たちはとても幸せ。来年こそ、一緒にJ1に行きましょう」と結び、喝采を浴びた。
(長岩将弘)
7位で終戦、着実に実績上乗せ  (2013年11月28日号より)
通算19勝9分け14敗、勝ち点66の山雅は、得失点差により7位で今季を終えた。J2初年だった昨季の12位からステップアップし、反町監督自身が掲げた1桁順位の目標もクリア。「22番目からの出発」(反町監督)だったチームは、今季も着実に実績を積み上げた。
「いろいろな可能性を考えたが、(プレーオフ進出は)難しい状況だった。最終的には力が足りなかったという言い方になるのだろう」。反町監督はさばさばと最終戦を振り返りながらも「時に無茶な要求もした。よく応えてくれた選手たちに感謝している」と、今季の激闘をねぎらった。
指揮官が今季のターニングポイントとして挙げたのは、29節(8月18日)の千葉戦だ。他チームが消耗する盛夏に、開幕前から鍛え抜いた走力がものをいった。2−0から追い付かれたが3−2で勝利。ここからJ2昇格後初の4連勝を成し遂げることになる。
同時期に岩上、阿部らが戦線に加わり、後半戦の陣容がほぼ固まった。6月に加入した犬飼も合わせ「途中加入の選手がいなければ、そのまま十何位かで終わっていたかもしれない」と、指揮官は補強の奏効を認める。
だが、それは開幕当初の戦力不足も意味する。特に計10人を獲得した大卒・高卒選手は伸び悩み、「われわれ指導陣のミス。選手獲得は本当に難しい」。新たに強化担当部門を立ち上げ、反省を来季に生かす。
今季ホーム試合の平均入場者数は1万1041人。G大阪、神戸に次いでリーグ3位だが、都市規模からすれば破格だ。
9月22日のG大阪戦はアルウィン過去最多の1万7148人を記録。最終節は山雅ホーム試合としてはそれに次ぐ1万6885人が訪れ、「みんなG大阪の選手を見に来たわけではない。非常にありがたいこと」と反町監督。「順位がどうこうより、多くのファンの前で勝って終わることが大事だと思っていた」と振り返ったのは岩上だ。そんな地域の熱のエネルギー源こそ、チームの活躍に他ならない。
「チームもクラブも、ある日突然強くはならない」。折に触れて反町監督は繰り返す。地道な努力の先のさらなる高みは「プレーオフ進出しかない」。言い切る言葉に、来季の決意をにじませた。
(長岩将弘、倉科美春)
キャプテンマークに託された思い−船山応えて決勝点  (2013年11月28日号より)
「俺が着けようか。キャプテンになったら点を取れる気がする」。今季ゲーム主将を務めた飯田が警告累積のため最終戦の欠場が決まり、誰がキャプテンマークを着けるかという話題になった時、船山は冗談めかしてこう飯田に話したという。しかし、その後反町監督から正式に主将に任命された。
「貴之(船山)はちゃんとやっている。『得点できていない焦りもあると思うが、信頼しているよ』という意味を込め託した」と反町監督は話す。
前半29分、真価を問われる場面がやってきた。「今までのPKで一番緊張した」という大一番は、落ち着いてネットの右に流しゴール。決勝点となった。
今季の総得点は11点で、昨季の12点に1点届かなかった。「全てにおいて昨季を上回る」という目標を掲げた船山は「満足していない。ボールを取られてはいけない場面で取られることが多く、毎試合、必ずあるチャンスを生かせなかった」と悔しがる。
「ただ、なかなか結果が出ない時も、反町監督は自分を使い続けてくれた。恩返しというわけじゃないが、ホーム最終戦で点を取れて良かった」。チームを背負ったエースストライカーは、わずかながらでもその役目を果たせたことに、ほっとした表情を浮かべた。

PKを決め仲間の祝福を受ける船山に、喜山が駆け寄った。彼もまた、船山にかかる重圧と、点を決めたいという強い思いを知る1人。
船山を抱きしめた後、左腕のキャプテンマークをたたき、「良かったな」とねぎらった。
最終節・大一番で復帰なるか 精神的支柱のDF飯尾和也  (2013年11月21日号より)
4月28日の福岡戦で負った左膝のけがで、5カ月戦列を離れたDF飯尾和。公式戦に出場できなくても、チームの精神的支柱であり続けた。最終戦は、DF飯田が累積警告で出場停止のため、先発する可能性が高い。

41節の長崎戦から一夜明けた、東京農業大との練習試合に出場した飯尾。チームメートを鼓舞する声がグラウンドに響いた。「練習も公式戦も同じ1試合」。目の前の試合に全力に取り組む。
シーズン序盤に左膝外側半月板を損傷、長期離脱を余儀なくされた。J2年目のチームづくりに向け、まとめ役として力が必要となる時。「つらく残念だった」と、振り返る。
回復を願うサポーターの声は大きく、リハビリ中に届いた千羽鶴は約7000羽。「選手人生で何度か大けがをしたが、あんなに鶴をもらったのは初めて」。応援を支えにリハビリを乗り越え、9月29日の栃木戦からベンチ入りを果たした。
徹底しているのは、「日々の練習をやりきる」という姿勢だ。反町監督がチームに浸透させてきたことだが、その中でも率先して取り組み、若手選手にその背中を見せてきた。「模範になれなければ自分に選手として価値はない」と言い切る。
その姿を反町監督も高く評価。ベンチメンバーから外れた10月27日の福岡戦終了後の会見では「トレーニングでもウオーミングアップから声を出して取り組んでいる。非常にメンタルの強い選手」と、飯尾を評価した。
出場がかなえば、復帰戦は絶対に勝たなければいけない大一番。「不安はあるが、あのグラウンドは最高。試合前にどんな不安を抱えていても、サポーターの声が忘れさせてくれる」とアルウィンの空気が力をくれることを信じる。
日々積み上げてきた自信を支えに、ピッチに立つ瞬間に思いをはせる。
(倉科美春)
岸野靖之ユース監督コラム「情熱は足りているか」6  (2013年11月21日号より)
Jユースカップ予選の3試合を終え、選手たちの練習への意欲が明らかに変わった。
0−8で敗れた京都戦(10月20日)は実力差に加え、スパイクのせいで雨でぬれた天然芝に対応できず滑っていた。
そこで選手が持つスタッド(いぼ)が固定されているスパイクではなく、より深く芝に刺さる取り替え式のスパイクに変えさせた。
ボールの動かし方や奪うポイントなど、もう一度戦術を徹底し、1週間後の横浜F・マリノス戦に臨んだところ、セットプレーで失点したが0−1と迫った。
強豪ユースと本気で戦い、これまでごまかしてきたことが一切通用しないと肌で感じたのではないだろうか。
二手三手先を一瞬で読まないとすぐにパスコースを消される。どんなパスを選択すれば成功するのか。選んだパスを正確にできる技術はあるか。
私に言われてもぼんやりとしかイメージできなかったものが、少しずつつかめてきたのではないか。
特に変わったのが仲間への要求だ。ミスをした仲間に対してきちんと指摘をする。これは、自分も同じミスをするかもしれないし、軽いプレーができなくなる、責任を伴う行為だ。これまで自信がないためか言える選手はいなかったが、徐々にそういう声も出るようになった。ミスをうやむやにしない代わりに皆でカバーして取り返す。チームワークの本筋はそういう中で生まれる。われわれが目指すのは競技スポーツだ。
変化する兆しが見えたここからまた新たなスタートが始まる。

U−18監督に就任が決まり1年がたつ。「うまくなりたい」という子どもたちの澄んだ思いにどう応えられるのか、本気で考え指導してきた。
来年入団する今の中学3年生は、私とコーチたちで県内のあらゆる試合を見て探しスカウトした子どもたちだ。U−15から上がる選手も含め現在13人が入団予定だ。しっかり育てたい。
耕した土に、種をまく時期がもうすぐ来る。プロを輩出する組織づくりと、子どもたちの育成にこれからも情熱を持って取り組んでいく。
(岸野U−18監督のコラムはおわります)
J1昇格プレーオフ進出へ後退 山形に痛恨●  (2013年11月14日号より)
J2は10日、各地で40節の11試合を行った。前節まで7位の山雅は同11位モンテディオ山形とアルウィンで対戦し、2−3で敗れた。勝ち点で並ばれた札幌に得失点差で7位を譲り、昇格プレーオフ進出ラインの6位徳島との勝ち点差は3。残り2試合は、絶対に負けられない戦いとなった。
試合は、雨交じりの強風が吹き付けるなか開始。前半、風上に立った山雅は、開始直後から岩上がミドルシュートを放つなど、積極的に攻撃を展開した。守りも全員が集中し、サイドを軸とした山形の攻めを跳ね返す。
前半18分には村山のFKが強風にあおられ、相手GKの頭を越えてゴール。意外な形で先制点を奪った。
しかし、追加点を奪えず折り返した後半は一転、序盤から山形が攻勢に出る。
押し込まれる時間が続いた28分、右からのクロスに頭で合わせられ、同点に。34分にはゴール正面で与えた直接FKを沈められ、逆転を許した。
試合は目まぐるしく展開する。逆転された直後に登場した長沢が35分、岩上のシュートの跳ね返りを蹴り込んで追い付くと、1分後に相手DFが2度目の警告を受け退場。逆転を期し、スタジアムの空気が熱を帯びた。
だが、あと一歩で決定機をつかみきれない山雅は逆にロスタイム、相手CKに対して多々良がハンドを取られ、痛恨のPKを献上。終盤にFW2人を投入し攻撃のギアを上げたが、及ばなかった。
船山は「十分にチャンスがあった前半に、もう1点でも取れていれば違ったのでは。1点の重みを感じた」と悔やんだ。
「要所要所でポイントを突いてくる力が、相手にはある。こういった天候やピッチの状況では往々にして、技量の差がそのまま勝敗を分けてしまう」と反町監督は分析。「技量の低さは前提でチームづくりをしてきた。今から新しいことはできないので、いかに平常心で戦えるか」と、長崎に乗り込む次節をにらむ。
(長岩将弘、倉科美春)
真の「男」へもがく 先制ゴールのGK村山  (2013年11月14日号より)
前半18分、風に乗ったFKが相手ゴールに入った村山の先制点から一転、後半は守備の乱れを突かれ失点を重ねた。
村山は好セーブで危うい場面を何度も防いだが、28分に右サイドからクロスを、34分にFKを、ロスタイムにPKを決められ3失点。「一瞬の判断の遅れや迷いが失点を招いた」と悔やしさをにじませた。
負傷した白井に代わり途中出場した34節から7試合、まだ無失点で終わった試合はない。特に7失点した37節の神戸戦を、「忘れてはいけない試合」として胸に刻む。Jの怖さ、自分の弱さやふがいなさを感じるとともに、「GKのあり方を考えさせられた」という。
「1失点した時、下を向かずチームを鼓舞することができたら何かが変わっていたのではないか。GKの士気はチーム全体に影響する。『俺が守るから攻めに行ってこい』くらいの気持ちで、どんと構えていなければだめだ」と、あらためて気付いた。以来、積極的に声出しをしている。
サポーターの歌うチャントで繰り返されるのは「男村山」のフレーズだ。「男らしいかどうかは自分では分からないが、そういってもらえるのはうれしい。『こいつになら任せられる』と信頼される選手になりたい」
突然出番が回ってきたJの舞台。想像以上に悔しい思いを何度もした。その結果を受け止め、もがきながらも勝利のため、理想の自分になろうとしている。
故郷のチーム応援する喜び 山雅愛あふれる「あるある本」発売  (2013年11月7日号より)
「松本市内で山雅のポスターやのぼりを見ると何となくうれしい」「反町監督の試合後コメントを早く読みたくて仕方がない」−。オールドファンから新規まで、山雅好きなら思わずうなずいてしまう「あるある」を集めた本「松本山雅FCあるある」が15日、TOブックス(東京都渋谷区)から発売される。
「愛」故に思わずしてしまうファンの行動を書いた「山雅愛あるある」、現役や歴代選手、監督への思いやエピソードを紹介した「紳士録あるある」、山雅にまつわる文化を紹介した「カルチャーあるある」、北信越リーグから現在までの伝説の試合などを振り返る「レジェンドあるある」の4つに分類。224本のあるあるをイラスト付きで紹介している。
著者は、松本市出身で都内の編集プロダクションに在籍する記者で編集者の松本太陽さん(42、東京都世田谷区)。イラストは福岡県出身の漫画家の卵、山田真衣佳さん(22、同板橋区)。
浦和レッズのあるある本を出版した同社が、サポーターが熱いことで有名な山雅に注目し、松本さんに依頼。観戦中に感じたことや、地元紙の報道、インターネットの掲示板を参考に執筆した。「読み手が主役の本なので、どれだけサポーター目線になれるかに配慮した」という。
05年から応援し、今でも東京から試合観戦に来る松本さんにとって山雅は、「わが家というか故郷そのもの」。
松本さんは「全国の市町村のうち、故郷にJチームがあるのは『何千何万分の40』。いかに尊いかを思い知らされる。これからも山雅のドラマを楽しんでほしい」と話す。
B6判変形、160ページ。1155円。同社電話03・6427・9625
(倉科美春)
がん検診受診率向上へ 松本信金などが10日アルウィンでお守り配布  (2013年11月7日号より)
松本信用金庫(本社・松本市丸の内1)、松本市、松本山雅FCは合同で、10日にアルウィンで行うモンテディオ山形戦の際、がん検診の受診率向上などを目指すPRイベントを初めて行う。この一環として来場者に配るお守りの入魂祈祷(きとう)を1日、同市蟻ケ崎の放光寺で行った。
お守りは紙製で、表が勝利御守、裏は健康御守。1万枚を作り、プログラムなどと一緒に入場時に手渡す。当日はホームタウン4市村(松本、塩尻、安曇野市と山形村)が合同で作成したPR映像をスクリーンで流す予定もある。
1日は、関係者5人が同寺を訪問。朗々と祈りを込める越場達祐住職の声に、神妙な表情で聞き入った。
同信金の山田智之・業務部主任(37)は「より御利益があると思う。持ち歩いてもらい、山雅の勝利と共にサポーターの健康にも役立てればいい」。クラブ側は「気が引き締まる思い。多くの人の祈りに勝利で応えたい」とした。
J2第38節 悪夢振り切る逆転勝ち 福岡に2―1  (2013年10月31日号より)
J2は27日、各地で38節の11試合を行った。前節まで8位の山雅は、同15位のアビスパ福岡とアルウィンで対戦。先制されたが追い付き、後半ロスタイムに逆転して2−1で勝った。前節ヴィッセル神戸戦は、J昇格後の最多失点で大敗。悪夢を振り切る劇的な勝利は、プレーオフ進出戦線に踏みとどまったこと以上の価値がありそうだ。
「あと4試合で終わるつもりはないので、最後まで応援してください!」。逆転弾を放った喜山がヒーローインタビューのマイクに叫ぶと、割れんばかりの拍手と歓声が起こった。選手らのあいさつが終わっても多くの観客は席を立たず、アルウィンに凱歌(がいか)を響かせた。
「神戸は天皇杯3回戦でセレッソ大阪に0−4で敗れ、その悔しさを(翌週のわれわれとの試合に)ぶつけてきた。われわれも流した涙を無駄にせず、奮起しなければならない」。反町監督は試合前、苦杯を喫した相手を引き合いに出し、選手にハッパをかけた。
押し込まれる場面もあった前半を0−0で終えると後半3分、右サイドを破られて先制を許す。
岩上の右ロングスローからのボールを、飯田が頭で押し込んだのは23分。にこりともせず、ゴール内のボールを拾ってセンターサークルに戻した飯田は「引き分けは負けと一緒だと思っていた」。
4分と示されたロスタイムもほとんどが過ぎ、最後のプレーと思われた岩上の左ロングスローは、ゴール前で混戦に。飯田がヘディングでつないだボールめがけ、喜山が右脚を振り抜いた。
指揮官は「大敗して見放すのではなく、より応援しようとしてくれたサポーターの気持ちが乗り移った2ゴール。精神面でも強い選手の集団を築き上げてきた」と、気持ちでつかんだ勝利を強調。
「試合に出られないメンバーも含め、1つのチームという強い絆でやっていきたい。いいこと言ったなぁ」。おどけてみせた表情にも、自信と手応えがのぞいた。
(長岩将弘、倉科美春)
ストライカーの責任 FW船山  (2013年10月31日号より)
後半ロスタイム。自ら放ってポストに弾かれ、ゴールラインの外に出そうになったボールに船山は素早く回り込んだ。ゴール前に送ったボールが飯田から喜山へ渡り決勝点に。船山の執念もまた、勝利を引き寄せた要因の一つだった。
昨季12得点を挙げたエースストライカーだが、今季は得点を影で支える動きも多い。「マークを振り切り1人で決められればいいが、まだそこまでの実力はない。周りを生かし得点につなげるのも大事な役割」と話す。
けがで欠場した神戸戦では、中盤から前線へボールを運ぶ船山の働きの重要性が浮き彫りになったが、「自分が出ても結果に差はなかった。個の力の差で負けた」と冷静だ。
また、本人はこうしたアシスト役をいとわない。「もともとストライカータイプではない。周りを生かし、自分でも決められるオールマイティープレーヤーを目指している」からだ。「ただ、自分にはストライカーである責任がある」とも話す。
山雅に来て3年。高い身体能力を生かした得点でチームを何度も勝利に導いてきた船山には、観客やチームからの期待が常に寄せられる。それに応えるため、J入り後に徹底的に磨いた走りは今や大きな武器だ。「良いプレーをしたとしてもすぐ次が来る。満足したことはない」。実力と努力の積み重ねでここまで来た。
今季が始まる前に立てた目標は「全てにおいて昨季を上回ること」。得点は現在10点。チームがプレーオフに進むためにも「必ずあと3点とる」と、強い気持ちを示す。
「勝たなきゃつまらない」。心にあるのはシンプルな思いだ。
U−18 Jユース杯予選で京都に大敗  (2013年10月24日号より)
Jリーグのユース(育成組織の高校生年代)の日本一を決める「Jユースカップ第21回Jリーグユース選手権大会」の予選が、10月12−27日に各地で開かれている。予選2試合目の山雅U−18は20日、京都サンガU−18と松本市のアルウィンで対戦。0−8で敗れて2敗目を喫し、決勝トーナメント進出は難しくなった。
Jクラブ40チームと、JFLの町田ゼルビアの育成組織が出場。10組に分かれ、総当たり1回戦の予選をし、各組2位までが決勝トーナメントに進む。山雅は京都、湘南ベルマーレユース、横浜F・マリノスユースと同組。12日の初戦は、湘南に1−6で敗れた。
京都は昨年も同大会で対戦し、0−5で敗れた相手。岸野監督が今季に就任して以来、現時点でどれだけ力が付いたのかを試される試合でもあった。
「守備に徹してカウンターで得点機をつくるのではなく、積極的にいく」。選手の技術を磨くため、岸野監督は最初からあえて攻撃的に仕掛けた。
しかし、いい形でボールを奪ってつなげず、反対に京都の猛攻を浴びた。シュート数は京都が36本に対し、山雅は2本。守備の乱れを突かれ前半2点、後半6点と失点を重ねた。
試合終了後、ロッカールームで岸野監督は選手たちに「ごまかしようのないものがグラウンドで出た。大人と子どもほどの差があった。大事なアルウィンで誰も何もできなかった」と厳しい言葉をかけた。
岸野監督は、ボールを扱う技術や持たない時の動き、練習時間外でもボールを蹴るというサッカーに取り組む意識など、基礎から改革し、徐々に力を付けてきた。
しかし、選手寮や専用グラウンド、高校との提携など、支援態勢や練習環境が整っている全国の強豪ユースと対等に戦うには、選手の頑張りだけでは埋められない差がある。
ただ、山雅の主力は2年生と1年生。真剣に戦い、負けた悔しさや危機感を糧に成長する時間はまだある。主将のDF古市は「短い1年間にどんな練習するかで変わる。『今のレベルでは通用しない』と実感した悔しさをばねに一人一人が全てを変えていかなければいけない」と、前を見据えた。
最終戦は26日、昨年3位の横浜FMと敵地で対戦する。
(倉科美春)
片山さんとガンズくん 丸の内病院祭を盛り上げる  (2013年10月24日号より)
松本市渚1の丸の内病院は10月19日、病院祭「まんまる祭」を開いた。地域住民や患者の家族など多くの人が来場し、多彩なイベントや健康チェックなどを楽しんだ。山雅のホームタウン担当の片山真人さんとガンズくんのトークイベントもあり、子どもたちを沸かせた。
「片山さんのまな娘の唇を奪った選手は誰?」「ガンズくんがライバル視しているキャラクターは誰?」など、ユニークなクイズが出題され会場は大盛り上がり。
プレゼントが当たるじゃんけんコーナーもあり、小学校のころから山雅のファンという松本市立女鳥羽中1年の林奈樹さん(12)が優勝。ホーム戦のS席のチケットを手に入れた。前日は両親の結婚記念日だったと言い、片山さんのサインとともに「良いプレゼントになった」とうれしそうな笑顔を浮かべた。
地域への感謝と、病院を身近に感じてもらうきっかけにと今年で5回目。10月にオープンしたサービス付き高齢者向け住宅「リバーサイドまるのうち」と合同で開いた。
天皇杯3回戦J1鳥栖に敗退 自信と悔しさを次に  (2013年10月17日号より)
サッカーの第93回天皇杯全日本選手権は13日、各地で3回戦9試合を行った。山雅はJ1のサガン鳥栖とアルウィンで対戦し、延長戦の末に1−3で敗れた。昇格後初となるJ1チームとの公式戦。終盤にPKで勝ち越しを許す悔しい結果ながら、山雅らしさを発揮し善戦。自信と悔しさを、上位対戦も残るリーグ終盤戦への糧にしたい。
鳥栖の強力なフィジカルに阻まれた前半の山雅は前線にボールを送れず、押し込まれる時間帯が続く。30分には、高橋(松商学園高出)に右クロスを頭で合わせられ、先制を許した。
しかし後半、鳥栖の運動量が落ち始めると、山雅は徐々に攻撃の糸口をつかみ始める。22分、右サイドの玉林からボールを受けた岩上のクロスを、塩沢が頭で合わせて追い付いた。
流れを引き寄せた山雅だったが、「あの時間帯でたたみかけられなかったことは課題」と悔やんだのは塩沢。その後も何度かチャンスをつくり、38分にはホドリゴカベッサを投入したものの追加点はならず、試合は15分ずつの延長戦へ。
互角の展開で折り返した後半9分、相手CKの際に飯田が豊田を押したとしてファウルを取られ、PKに。
ボールが絡まないプレーでもあり、観衆も判定の意図を酌みかねるように、一瞬静まり返った。「PKであったとして、なぜ即座に宣言せず、イエローカードも出さないのか」と、試合後の反町監督も疑問を呈した。
山雅はPKを決められた3分後にも失点。「選手たちの努力が報われなかった。こういうときもあるが、少しつらい」と、指揮官はかれた声で振り返った。
リーグ戦は次節神戸、38節福岡。フィジカルに優れ、プレッシャーも強いチームとの連戦を控える。似たタイプのJ1チームを相手に90分間を同点で終えたことは事実だ。
「いい点は、これでリーグに集中できること。しっかり仕切り直していく」と反町監督は恨み節をのみ込み、前を見据えた。
(長岩将弘、倉科美春)
「結果を出す」信念 鳥栖戦アシストのMF岩上  (2013年10月17日号より)
木後半22分の同点弾を、右サイドからゴール前へのクロスでアシストした岩上。チームに得点機をもたらす正確なキック力は、今や山雅にとって大きな武器だ。「自信を持って蹴っている」と、本人も胸を張る。
狙った場所に正確にボールを飛ばす技術は、「幼稚園のころから、兄とボールの蹴り合いをする中で身に付けたもの」。ボールのどこに、どんな角度で足を当てればいいか体に染み付いているという。
J1の湘南から移籍しわずか2カ月だが、「僕がどんなボールを蹴ろうとしているのか、みんなが理解して合わせてくれるのがありがたい。得点は自分一人の力では生まれない」と、短期間で連携を進めてくれたチームメートにも感謝する。
今季は湘南で9試合出場。途中出場や交代が多く、「試合感を鈍らせないためにも、フル出場できるチームに行きたい」と移籍を決意。「山雅のJ1昇格を果たすことが自分の仕事」という。
「プレーの質や体の当たりが鳥栖に比べて劣ってた。例えば浦和レッズとも互角に戦えるようなチームにならないと、来年J1に昇格した時に難しい」と、厳しい目で山雅の課題を分析する。自身についても「アシストだけでなく得点をしたい。シュートの精度が低い」という。
優秀なパサーであるだけではJ1では通用しない。それを知っているからこそ「『移籍して正解だった』と言えるよう、結果を出したい」と強い信念で挑む。
ブラジル人選手支える通訳 西村律郎さん  (2013年10月10日号より)
ホドリゴカベッサ、フェリペアウベス両選手、エルシオ・フィジカルコーチのブラジル人3人と日本人との意思疎通を担うのが、12年2月から山雅でポルトガル語通訳を務める西村律郎(のりお)さんだ。その仕事は、単に言葉を訳すだけにとどまらない。母国を遠く離れて努力を続ける若者たちを、力強く支える姿が浮かぶ。
試合中は歓声に負けない大声でベンチの指示を伝え、試合後は報道陣とのやりとりを訳す取材対応。練習、遠征などで、マネジャーの手助けもする。
だがそれらは、仕事のほんの一部。「最も大事なのは、日本の生活環境になじみ、いいプレーをしてもらうためのサポートすべて」と言い切る。
来日間もない時期のケアは、特に重要だ。「ブラジル人は明るく陽気に見えますが、実は寂しがり屋が多いんです」と西村さん。相談に乗ったり、休日に買い物や観光に連れ出したり。時には自宅に招くこともある。

1975(昭和50)年、滋賀県生まれ。小学校低学年からサッカーを始め、アルゼンチンのマラドーナ選手(当時)ら南米サッカーに魅了された。高校時代はブラジル人留学生と親しくなり、言葉や文化を教わった。
高校3年時にJリーグが開幕。「選手としては無理だが、語学を磨いてサッカーに関わる仕事ができれば」と、大学でポルトガル語を専攻。留学や国際協力機構(JICA)の事業で計3年、ブラジルで過ごした。
帰国後は語学力を生かした仕事を求めたが、挫折の連続。「自分に何ができるのか、何をすべきなのかが分からなくなった」
もがき続ける中、J2(当時)湘南ベルマーレの関係者と知り合い、面接を受けたのは05年の暮れ。約6年間、通訳を務めた。

最も難しいのは「選手との距離感や、自分の立ち位置。いつも意識しています」という。
寄り添いつつも、友達ではない。優しいだけでも、厳しいばかりでもいけない。ブラジル人からはもちろん、日本人スタッフの信頼も必要だ。通訳を始めたばかりのころは双方の言い分を全て受け止めようとして、板挟みに苦しむこともあったという。
コミュニケーション不足が失点に直結する守備陣を中心に、日本人選手たちの配慮も心強い。
後ろ、止まれ、足元−などといった単語リストを手に、ポルトガル語を教えてほしい、と言ってきたのは多々良だ。つづりと発音をプリントして渡した。

9月29日、アルウィンでの35節・栃木戦。後半28分に先制点を挙げたカベッサは、真っ先に西村さんに駆け寄った。「いつも支えてくれ、力をくれる存在」というカベッサの言葉は、まさに西村さんが最も大事にしていることと重なる。
「アルウィンは試合前のアップ時から、僕らでさえ震えがくる雰囲気。そこでブラジル人選手が勝ち点3につながる活躍をしてくれたら最高ですね」
(長岩将弘)
応援の熱塗る緑のベンチ  (2013年10月10日号より)
木材保護塗料などを製造する和信化学工業(静岡市)駒ケ根工場と、ダスキン(大阪府吹田市)フランチャイズ(FC)のダスキンゆう(松本市野溝東)の社員らがこのほど、松本市の信州スカイパーク内にあるベンチを山雅カラーの緑色に塗り直した。共に山雅スポンサーで「傷んだベンチをきれいにしながら、応援の輪も広げられればいい」と願っている。
ベンチは、ホームゲーム時にシャトルバス発着所となる第12駐車場そばの9台。事前に研磨した座面を、山雅エンブレムをイメージした濃淡のツートンカラーに塗った。
和信が仕事でつながりのあるダスキンゆうの関貴之営業部長(38)を通して打診し、実現した。
駒ケ根工場の小澤誠滋営業課長(54、松本市村井町北)は「シャトルバスで訪れる人にとってアルウィンの玄関口。アウェー観客にも地域の熱を感じてもらえるのでは」と話した。
残り7節食らいつけ 後半しぶとく追い付き栃木と2−2  (2013年10月3日号より)
J2は9月29日、各地で35節の10試合を行った。前節まで9位の山雅は、同12位の栃木SCとアルウィンで対戦し、2−2で引き分けた。順位は変わらないが、2度のリードを許しながらしぶとく勝ち点1を上乗せした山雅。J1昇格プレーオフ進出圏(6位以内)を目指す争いに食らいつき、残り7節が熾烈(しれつ)さを増す。山雅は前半開始早々、喜山がミドルシュートを狙うなど積極的に攻める姿勢を見せたが7分、連係ミスから先制される。
リズムを崩した山雅は、攻守にわたって強力なフィジカルを押し出し躍動する栃木に対し、後手に回った。
「前半と同じことをしていては、そのまま終わってしまう」(反町監督)と、後半はホドリゴカベッサを投入。選手の並びを調整し臨んだ。
試合は終盤に目まぐるしい展開を見せた。後半28分、左から岩上が上げたクロスに、カベッサが頭で合わせ同点に。
34分には栃木に再びリードを許したものの、その4分後、岩上のロングスローを、再びカベッサが頭でたたき込んだ。
「この勝ち点1が、最後に効いてくるのでは…」。指揮官は、同スコアだった前節G大阪戦後の感想を冗談めかして繰り返しながらも、「良い結果ではないが、悪いことではない。苦しい試合で追い付くことができたのは、前向きにとらえるべき」と振り返った。
一方で、前節に続き2得点に絡んだ岩上は「勝ち点マイナス2という印象。ここで3を取ってこそ、(G大阪戦の勝ち点)1が生きた」と、険しい表情を崩さない。
6位千葉との勝ち点差は4まで縮まったものの、7位岡山以下、山雅を含む4チームが並んでいる。プレーオフ進出戦線に踏みとどまるために、厳しい状況が続く。
「下を向いている場合ではない。是が非でも、次は勝ち点3を取りに行く」と、岩上はチームの思いを代弁した。
(長岩将弘、倉科美春)
「おごるな」父の言葉 ホドリゴカベッサ2得点に感謝  (2013年10月3日号より)
後半28分に1点目を決めた後、ホドリゴカベッサは西村通訳に真っ先に駆け寄り抱き合った。「いつも支えになって力をくれる存在。感謝を伝えたかった」という。
続く38分の2点目は飯田の「トロッカ」という言葉で生まれた。ポルトガル語で「変える」という意味。岩上のロングスローに合わせゴール前でスタンバイをしている時、自分たちのポジションを入れ替えようと飯田が提案。カベッサのマークが外れ、同点弾につながった。
「皆のおかげで生まれたゴール」と、感謝した。
「日本人にはない動物的嗅覚で(ゴール前の)良いところに入ってくる」と反町監督。それは山雅でのトレーニングに加え、「物心がつく前からボールを蹴っていた」という母国ブラジルで培われたものが大きい。
裕福ではない家庭で育ち「両親と兄を経済的に支えたい」とプロを目指した。日本のスピード感のあるサッカーに引かれ、サンパウロ州4部のデスポルティボブラジル所属の昨年12月、現地で開かれたJのトライアウトに参加し合格した。
守備を重視する日本のスタイルに戸惑ったり、言葉の壁にぶつかったり。苦労はあるが「一歩一歩成長したい」と前向きだ。
また、チームメートも積極的にポルトガル語を覚えコミュニケーションを取ろうとしている。そんな思いやりに感謝しつつ「もっと日本語を覚えたい。日本語学校にも通いたい」という。
試合終了後、いつものように家族に電話をすると、ブラジルは早朝4時だったが、「飛び起きて喜んでくれた」。「おごることなく続けろよ」という父の言葉を胸に刻む。
成長の勝ち点1 強豪G大阪に2−2  (2013年9月26日号より)
J2は22、23日、各地で34節を行った。前節まで7位の山雅は22日、首位のガンバ大阪とアルウィンで対戦し、2−2で引き分けた。アルウィンの最多入場者数を塗り替える1万7148人が詰め掛けた、注目の一戦。終盤を10人で戦うなど不利な状況で強豪からもぎ取った勝ち点1は、チームの成長の証しといえそうだ。一方、選手からはどん欲な勝ちへの思いも聞かれた。
試合は前半5分に動いた。岩上の右CKに、塩沢が頭で合わせて先制。最初のセットプレーのチャンスをものにした。
しかし、その後は大阪にほぼボールを支配され、苦しい時間帯が続く。
15分にロチャのシュートで追い付かれると、25分には白井が負傷退場するアクシデント。39分にもロチャに決められ、逆転を許した。
それでも集中を切らさなかった山雅は後半3分、岩上が放った左ロングスローからのこぼれ球を、犬飼が左足で蹴り込んだ。
試合を振り出しに戻し、勢いづいた山雅は攻勢を強めるが33分、阿部が遠藤へのタックルでレッドカードを受け、退場。
苦しい時間帯での数的不利の中、山雅は慌てず選手の並びを整え、激しい攻撃をしのぎきった。
しかし、試合を終えた選手たちの口から喜びは聞かれなかった。
塩沢が「先制できたし、勝ててもおかしくない試合だった」と振り返れば、白井に代わって途中出場した村山も「負けなかったからいい、ではなく、勝つためにより努力することが必要」と表情を引き締める。
反町監督は「この勝ち点1が、最後に大きく響いてくるかもしれない。微々たるものだが、成長を感じる」とたたえながら、「(32節)鳥取戦、(天皇杯2回戦)群馬戦と、最後に力を発揮している。最後の15分、11人だったらどうなっていたか見てみたかった」と惜しんだ。
(長岩将弘、倉科美春)
諦めず一歩一歩 MF喜山  (2013年9月26日号より)
「日本代表になる」。小学生のころから抱き続け、今も変わらないMF喜山の夢だ。
東京ヴェルディのユースから東京ヴェルディを経て07年に当時地域リーグの岡山へ。チームのJ入りに貢献したが、11年にはJFLのカマタマーレ讃岐へ。夢から遠ざかるような道のりだったが、「諦めたことは一度もなかった」という。
そして今、山雅のボランチとして欠かせない存在になっている。アグレッシブなプレーで攻守に尽力。最終ラインで声を張りチームメートを鼓舞したDF飯尾和がけがで戦列を離れてからは、「真ん中は、守備陣にも攻撃陣にも声が届く位置」と考え、積極的に声を出しチームを支える。
9節のG大阪戦に出場していない喜山にとって、日本代表経験者が6人いるG大阪とは初めての対戦。中でもボランチ遠藤は、国際Aマッチ出場数136試合と、日本代表最多出場記録保持者。自分の力が現時点でどこまで通用するのか、いや応なしに試される試合だった。
しかし、「自分のやりたいプレーができなかった」と、試合終了後は厳しい表情を浮かべた。「自分のところから相手にボールが渡ってしまうことが多かった。ボールも奪えず、効果的なパスもできなかった。行っていい時と悪い時の判断もまだまだ」と、悔しさをあらわにした。
ただ、「試合ごとに課題を見つけ解決する作業を繰り返してきた」のが喜山だ。どんな境遇でも諦めなかった男が、一歩一歩登りここまできた。山雅のJ1昇格の先に、日本代表がある。
一流選手たちとの戦いで見えた課題を克服すれば、また夢に近づく。
インタビュー・地域と共に−山雅力 松本市役所松本山雅サポーターズクラブ代表 阿部航大さん  (2013年9月19日号より)
松本市職員有志でつくる「松本市役所松本山雅サポーターズクラブ」。地区や町会、商店街など、さまざまな単位のファン・サポーター組織がある中、単独の職場だけでつくる例は珍しい。「このような団体が他の事業所でもでき、支援の裾野が広がれば」と願う阿部航大代表(27)に、そこから生まれる「山雅力」の可能性について聞いた。
−結成のいきさつと、活動の様子は。
J2昇格を機に、課内や隣の課など、私の周辺で「まとまって何かできないか」という話になり、十数人で発足。まず個人ではできない横断幕を作りたいと、サポーター組織「ウルトラスマツモト」に協力してもらい、昨夏1枚、今年8月に2枚を作りました。
スタジアム内では、組織だって何かするということはありません。マナーとして、会場のごみを拾って帰るくらい。庁内のネットワークで試合結果を報告したり、フットサルや飲み会で交流を深めたりしています。
−比較的狭いコミュニティー内での組織だが。
最初こそ若い人が多かったのですが、今は新規採用者から部課長級まで、性別も年齢もさまざまな60人ほど。同じ職場とはいえ、山雅がなければ接点がなかったであろう人と知り合えているのは楽しい。
窓口などで市民の方と会話のきっかけになることもあり、市がまとまるコンテンツになり得ることを実感しています。
−多くの事業所に広がることで、どういった影響があると考えるか。
山雅やサッカーに全く興味がなかったのに、誘われてアルウィンに行き、誘った人よりはまってしまった人もいます。
大人にとって、家族以外で最も接する機会が多いのは職場の人。人間関係の希薄化もいわれる中、盛り上がれる話題があることはいいことだと思います。
いろいろな考え方の人がいるので力の入れ加減は大事ですが、事業所自体が活性化し、うまく回る可能性もある。
ただわれわれもそうですが、立ち上げがうまくいっても、続けることが大事です。無理せず、楽しみながら、山雅も地域も応援していきたいですね。

【あべ・こうた】 白馬村で生まれ、松本市で育つ。信大理学部生物科学科大学院を修了し、11年4月に松本市役所入庁、環境保全課へ。昨年4月のクラブ結成時から代表を務める。
岸野靖之ユース監督コラム「情熱は足りているか」5  (2013年9月19日号より)
厳しい話だが、どこの育成組織でもプロになれるのはほんの一握り。なれない人間のほうがずっと多い。
例えプロになったとしても、選手生命は10年程度。その後の人生のほうがずっと長い。引退後はほとんどの選手が社会に出て、一般企業などで働くことになる。
だから、指導者として子どもたちに何よりも伝えたいのは、礼儀や謙虚さ、感謝する気持ちを持ち、人のために動ける人間になる、何かを目指して本気になる経験をする、ということだ。私が出会った選手は、これらを身に付けている人間が多かった。
例えば、中澤佑二(現横浜F・マリノス)は練習生時代、他の仲間がベンツやポルシェに乗る中、大きなおにぎりを持ち、電車と徒歩で地元から2時間かけてヴェルディの練習に来ていた。苦労をいとわない強さがあった。だから、日本代表や五輪メンバーになっても、鼻にかけるような態度は取らなかった。
サッカーとは不思議なもので、普段の生活態度とプレーは切り離せない。つまり雑な生活を送っていると、集中力を欠くプレーが多くなる。
練習準備ではスタッフと一緒に用具運びを手伝う、ごみが落ちてたら拾う、あいさつをする。7月にはアルウィンの観客席約5000席を皆で磨いた。世の中を大きなチームと考え、チームメートが気持ちよく過ごすために動く人間になってほしい。
そうした考えを身に付けてほしい。優等生じゃなくてもいい。はめを外して痛い目に合うこともあるだろう。また、恋愛をするのはとても大事。「彼女つくれよ、デートしろよ」と子どもたちに言っている。
(U−18監督)
逆境はねのけ3回戦へ 天皇杯、群馬に4―3  (2013年9月12日号より)
第93回天皇杯全日本選手権は4―11日、各地で2回戦を行った。初戦の山雅は7日、同じJ2のザスパクサツ群馬をアルウィンに迎え、延長の末4−3で下した。4度のリーグ戦でいまだ勝ち星のない相手に、計120分のほぼ半分を10人で戦い、打ち破った山雅。積み上げてきた力を発揮し不利な状況をはねのけたことは、リーグ終盤戦への弾みになりそうだ。
「長い監督経験の中でも、1人少なくて延長で逆転したことはなかったように思う。今日は本当によくやった」。反町監督は試合後、そんな第一声で選手をたたえた。
試合は目まぐるしい展開を見せた。山雅は立ち上がりの隙を突かれ、開始3分で失点したが前半17分、楠瀬が倒されて得たPKをホドリゴカベッサが決めて追い付く。後半6分にも、ホドリゴカベッサが岩上のクロスを頭で合わせ、逆転ゴールを決めた。
しかし後半22分、小松が2度目の警告を受け退場。群馬が選手交代のカードを切って攻勢に出ると、山雅はシャドーストライカーの位置だった岩上を下げ気味にし、守備に注力する。だが39分、ついに同点弾を浴び、前後半15分ずつの延長戦へ。
延長前半2分に群馬に逆転を許したが、9分には延長戦から途中出場した蔵田が喜山のパスを受け、同点ゴール。互いに死力を尽くしてボールを追う時間帯が続いた後半13分、塩沢がこぼれ球を蹴り込み、再度逆転。これが決勝点となった。
10月13、14日のどちらかに行う3回戦の相手は、J1サガン鳥栖。指揮官は「今の自分たちの位置を知ることができるいい機会。できるだけ上を目指す」と、リーグ戦と両にらみの構えだ。

死闘を制した鍵は、チーム全体で培った体力、チーム内の競争から生まれる精神力、それらによって選手層に厚みが出てきたことだった。
直前のリーグ戦から山雅は5人、群馬は10人の先発を入れ替えて臨んだ。「出場機会の少ない選手の体力を比べてみると、明らかにわれわれのほうが上だった」と評した反町監督。その言葉通り、群馬は試合が進むにつれて疲労の色を濃くし、延長戦では足がつる選手もいた。
出場時間のほとんどを10人で戦い、決勝ゴールを決めた塩沢は「カベッサの2得点が同じFWとして刺激になった。延長で逆転できたことで(フィジカルトレーニングの)効果を実感した」。ゲーム主将として120分出場した喜山も「運動量では負けないと思った。あと30分は戦えた」と胸を張った。
選手層の厚みを示すのは、出場機会が少ない選手の活躍だ。
24節京都戦(7月14日)以来の出場だったホドリゴカベッサは、PKを含む2得点でアルウィン初ゴール。今季リーグ戦で出場1試合にとどまっている蔵田は、延長前半3分にピッチに躍り出るとわずか6分後、群馬に傾きかけた流れを取り戻す同点弾を決めた。
「守備はまだ課題が多く、攻撃も細かい成果にもっとこだわりたい。得点は自信にはなったが、これからが大事」。大卒・高卒ルーキーの中での初ゴールにも表情を緩めなかった蔵田だが、指揮官は「いいかげんに練習していてはチャンスはつかめない」と、努力の結実であることを強調した。
(長岩将弘、倉科美春)
途中加入ら3選手活躍 競争が奏功し4連勝  (2013年9月5日号より)
J2は1日、各地で32節の11試合を行った。前節まで8位の山雅は21位のガイナーレ鳥取とアルウィンで対戦。先制し同点とされたが2−1で下し、J昇格後初の4連勝を果たした。チームパフォーマンスを考え、勝敗にこだわらず「メンバーはその都度見直す」とする反町監督。試合に飢え、初めてアルウィンのピッチに立った3選手も躍動した。
J1のFC東京から完全移籍加入した阿部は、左ウイングバックで初先発・初出場。今季J1では出場機会に恵まれず試合から遠ざかっていたが、8月上旬に山雅に合流し、「体のさびが取れてきた」(反町監督)。
持ち前の運動量で精力的にピッチを駆け上がっては、左足でクロス。タッチライン際のボールも諦めずに追った。
「加入前からすごいと聞いていた」というアルウィンの印象を実感。「自分のアシストやゴールで沸かせられたらもっといい」と意欲を見せた。
J1湘南から期限付き移籍の岩上は、シャドーストライカーの位置に。
前回ホーム戦(29節)は湘南で受けた退場処分の影響で出場できなかったが、前節東京V戦では3得点全てに絡んだ。
今節も開始直後、「持ったらまず打とうと思っていた」とロングシュートを放ち、攻勢に傾く流れを呼び込むと、その後も積極的にシュートを放ち続けた。助走を付けてのロングスローでもスタジアムを沸かせた。
「チームの流儀ややりたいことは、だいたい理解できてきた」と、順調な融合ぶりをうかがわせた。
今季新加入の村山は、白井の体調不良などでJ初舞台を踏んだ。
後半、相手シュートを防ごうとした岩上に当たったボールを蹴り込まれる「事故のような失点」(反町監督)こそあったものの、早めに選手3人を入れ替え、セットプレーを狙って押し込んでくる相手をよく防いだ。
JFLベストイレブンの経験(11年)もある村山は「クロスの精度、反応の早さなど、Jは全く違う」と課題を口にしつつ「出られない人がどう貢献できるかで、チームは違ってくる。これからもいい準備をするだけ」と、表情を引き締めた。
指揮官は、チームの流儀を理解した上で自分の長所を出そうと努力する選手の姿勢を評価。リーグ戦42試合をマラソンにたとえ「残り10キロ、あごを引いて加速できるかどうか」と、前を見た。
(長岩将弘、倉科美春)
「己の限界決めず」−2得点のFW塩沢  (2013年9月5日号より)
前半33分、待望のアルウィン初ゴール、後半42分、同点に追い付かれてから1分後の決勝点。勝利の功労者である塩沢は試合終了後、喜びと安堵(あんど)の笑みを浮かべた。
前節までの計4得点は全てアウェー。ホームでなかなか決めきれなかった。ただ「チームが勝利するために、自分は何をすればいいかをいつも考えている。チームに点が入れば自分はつぶれてもいい」という。
つぶれるとは、おとりになり相手DFを引き付けたり、身を投げ出してボールをつないだりすること。なぜ目立たない裏方を進んで引き受けるのか。それは、試合に出場することに最もこだわっているからだ。
「人生設計が大きく変わった」と、ここ2年の気持ちの変化を話す。2011年、JFLの山雅に移籍した時は「(選手として)終わり際の意識だった」という。移籍の前年の1年間はけがで苦しみ、体の限界を感じていた。そのため、引退後の目標だった高校教師になる日は近いうちに来るだろうとも。
しかし、反町監督が来てから日々新鮮な驚きを味わった。こんなに自分は走れるのか。まだこんなに学ぶことがあるのか−。
そして、選手としての欲が再び湧き起こった。サッカーを続けたい。たくさん試合に出たい。J1でプレーしたい。
その気持ちに正直であろうと決めた。「夢中にならなきゃ生き残れない。もう自分で限界を決めない」
今は、かつてないほど純粋で貪欲な思いを胸に闘っている。
教える楽しさ目覚め 元山雅選手大橋さんが松本でサッカー教室  (2013年8月29日号より)
松本市の和田児童センターがこのほど、同市和田グラウンドで開いたサッカー教室に、昨季まで山雅に所属した大橋正博さん(32)が講師として訪れた。引退した現在は、横浜市内のサッカースクールでコーチを務めながら、出張教室などを手掛ける会社「アディショナル」を設立。現役時代とはまた違うサッカーの魅力に目覚めつつあるようだ。
「ほらほら、だんごサッカーになってるぞ」「シュート打つときはどうするんだっけ」。子どもたちの歓声に交じり、大橋さんの声が響く。グラウンドは朝まで降っていた雨を吸って湿り、転んで泥だらけになる子もいた。
クリニックやミニゲーム、PK大会といった内容で、小学生60人余りが参加。子どもたちと一緒にボールを追う場面もあった大橋さんは終了後、「やっぱりグラウンドはいいですね」と笑顔を見せた。
横浜市生まれ。J1横浜F・マリノスなどに所属したのち11年、当時JFLだった山雅へ。J2昇格初年の昨季はシーズン後半に出番が増え、高いパス技術と仲間の動きを見極める視野で決定機を演出。「右肩上がり」の成績に貢献した。
だが、11月に契約満了となり退団。12月には合同トライアウトを受けたが、引退を決めた。
決意は「気持ちに従った」ためだ。それまではシーズンを終えると、張り詰めた気持ちをいったんほどき、再び次季に向けて盛り上げていった。が、昨季は気持ちが上がる感覚がなく、「ここまでにしようと思った」。
スクールコーチになるにあたり、1カ月間「殺人的なスケジュール」(大橋さん)で研修。その中で自分の技術やサッカー論を整理でき、「選手時代は気付かなかったことに気付くことができた」という。
指導も手慣れたものだ。会場の様子を確認し、参加見込み人数を聞いて、クリニックのプランを組み立てた。PK大会で模範を披露したときはシュートを外したが「まず悪い例をやりました。次がお手本だから」と、笑いを誘った。「教えることが楽しくなってきた。やっと楽しむ余裕が出てきました」という。
黒く短い髪で、大声で指示を飛ばしては、子どもたちと共に喜び、悔しがる−。選手時代と印象は変わったが、サッカーへのひたむきさは変わっていない。
「教えたことができたときの喜びは大きい。子どもたちの『やった』という表情を見るのも好きです」。はつらつと語る大橋さんの顔には、充実感が漂っていた。
(長岩将弘)
「松田直樹を忘れない。」スポーツライター二宮寿朗さんの本発売  (2013年8月29日号より)
当時JFLだった山雅在籍中の11年8月、練習中に急性心筋梗塞で倒れ急逝した松田直樹さんの最後の1年余りをドキュメンタリー風につづった『松田直樹を忘れない。〜闘争人U永遠の章〜』(三栄書房)が、発売された。
著者は、前作に当たる『闘争人松田直樹物語』(同)も執筆したスポーツライターの二宮寿朗さん。綿密な取材に基づく細かなディテールを積み重ね、「等身大の松田直樹」を生き生きと描出。北村や大橋、木島兄弟ら当時の山雅選手を含め、松田さんをめぐる多くの人々の思いもすくい上げた。
全5章で、松本と本格的に関わってくるのは「松本山雅との邂逅(かいこう)」と題した第2章以降。章の合間には松田さんへのインタビューと、横浜F・マリノスの松田さん解雇を考察した当時のコラムも差し挟んだ。
コラムには、解雇を直接伝えた下條佳明・チーム統括本部長(松本県ケ丘高校卒)のインタビューも収めた。
豪快な熱血漢のイメージが強いが、迷い、悩みながら進む道を模索する姿や、友人らの目を通して描かれる山雅入団後の微妙な変化が印象的だ。文中で松田さんが繰り返す「松本はいいぞ」「山雅をJ2ではなく、J1に上げるのが目標」という言葉は、今も胸に響く。
B6判、224ページ。1600円。
自信の体力 出番で発揮−J2第29節 強敵・千葉に競り勝つ  (2013年8月22日号より)
J2は18日、各地で29節の11試合を行った。それまで12位の山雅は、3位のジェフユナイテッド千葉とアルウィンで対戦し、3−2で破った。「ほぼプラン通り」(反町監督)という綿密な相手の分析や、走り込みなどによる体力面での自信に加え、出場機会の少なかった選手がチャンスで力を発揮。チーム内の競争も好結果を生んだ。
ホームでは22節水戸戦以来およそ1カ月半ぶりとなる白星に、試合終了時のアルウィンは大歓声に包まれた。
前半5分、飯尾竜が得たFKを朴光一が蹴ると、混戦のこぼれ球を長沢が頭で押し込み先制した。その9分後には相手のパスを長沢がカット。船山からボールを受けた喜山がミドルシュートを突き刺し、2点目を挙げた。
しかし38分、CKから頭で合わせられ失点。後半19分にもやはりCKから失点した。
だが山雅も24分、朴光一が放った右CKを犬飼が頭でたたき込み、再びリード。終盤は千葉の攻勢にさらされたが、しのぎきった。
「朴光一や飯尾竜ら、これまでチャンスの少なかった人が、今日はいい働きをした。チームにとっても大きい」と振り返ったのは喜山だ。
前回の千葉との対戦(15節)に右SBでフル出場しJ初舞台を踏んだ飯尾竜は、左SBで出場。反町監督が「J1でも通用するし、成長すれば代表入りしてもおかしくない」と警戒した右SBの米倉と対峙(たいじ)し、ほぼ仕事をさせなかった。
「前回より幾分落ち着いてやれたが、もっとレベルアップしなくては」としつつも、「相手の裏への飛び出しなど、右でも左でも、自分がやるべきことは変わらない。それをやりきれた結果」と、手応えを得た様子だ。
一方、CKからほぼ同じかたちでの2失点は不安要素。飯田は「オープンプレーでは防げている自信と、セットプレーが課題という思いの両方がある」と漏らす。
中2日で迎える次節、次々節はアウェー2連戦。厳しい夏場をどう乗り切るか、今後を占う2戦となりそうだ。
(長岩将弘、倉科美春)
「自分でいく」ゴールの目覚め ホーム初得点のFW長沢  (2013年8月22日号より)
3得点の口火を切ったのは、FW長沢のホーム初ゴール。
前半5分、FKからのこぼれ球を頭で決めると、14分にMF喜山が決めた2点目も、中央付近までドリブルで運び、得点のきっかけをつくった。
「やっと、という感じ。大声援の中で決めることができて気持ちよかった」と、ほっとした表情を見せた。
加入から25試合は無得点。「FWの仕事ができない自分が悔しかった。どんなミスをしたのか、どう動けば良かったのか、毎試合考え、落ち込んでいた」という。
転機は、7月27日の北九州戦の今季初得点。「もともとボールを持ったら、周りを生かしアシストするタイプ。ただ、積極性がないとも言われてた。初得点を決めてから、ミスしてもいいから自分でいこうという気持ちになった」
気持ちの変化は、プレーに如実に表れた。ゴール前で飛び出したり、相手と激しい競り合いをしたりと、積極的なプレーが目立つように。最近では、ゴール前でボールを持つと、サポーターから得点を期待し大声援が起こるようになった。
「まだ2点。チームメートやサポーターに認められるのはこれから。残りの全試合、毎試合1点は入れるつもりでいく」
ストライカーとしての自信と闘志を胸に、期待に応えようとしている。
J2第28節 好調の徳島にドロー  (2013年8月15日号より)
J2は8月11、12日、各地で28節を行った。前節まで12位の山雅は11日、6位の徳島ヴォルティスとアルウィンで対戦し、0−0で引き分けた。チーム連勝記録を更新する6連勝中と、波に乗る相手の勢いをせき止めながら、山雅は持ち味の堅守も発揮。一方で、何度も決定機を得ながら決め切れない課題も、あらためて露呈した。

試合終了の笛が鳴ると、へたり込んだのは白いユニホームの選手たち。試合を象徴するような光景だった。
試合開始後40秒余りで、味方の縦のボールに抜け出した長沢が相手ゴールに迫り、さっそく見せ場をつくる。得点はならなかったものの、山雅選手たちは前半から躍動。ボールを支配し、スピーディーなパス回しでチャンスをうかがった。
後半も攻守に足を止めることなく、山雅は23節熊本戦以来となる、5試合ぶりの無失点で試合を終えた。
反町監督が「このところ自滅といえる失点パターンが多かったが、今回は安定した守備ができていた」と振り返れば、犬飼も「失敗したから頑張ったというわけではないが、前節の反省が大きいと思う」と、惨敗した群馬戦を糧にできた様子だった。
しかし攻撃陣は「勝てなかった」悔しさを隠さない。
後半2分にも、喜山のクロスを受け1対1の決定的な場面を得ながら決められなかった長沢は「2度のチャンスを決めればまったく違ったはず。なんとかしたかったが…」と苦り切った。
「チャンスはつくれていたが、厚みのある攻撃がまだできていない」と反省したのは塩沢。船山は「次につなげなくてはだめ」と言い切り、「ゴール前の精度はすぐに上がるものではないが、練習時から常に意識し続けなくては」と前を見た。
指揮官は、シュート本数に対する得点率の低さを指摘。「選手もミスをしたくてしているわけではないが、もう少しうまくやれるところはあるはず」と奮起を促した。
次節は18日、アルウィンに3位のジェフ千葉を迎える。試合前に飯田が話した「0で抑えて泥くさい試合」を体現した山雅。得た手応えを生かし、ホーム5試合ぶりの勝ち星を挙げたい。
(長岩将弘、倉科美春)
鉄戸のJ2通算100試合を祝う  (2013年8月15日号より)
試合前、7月27日の北九州戦でJ2通算100試合出場を達成した鉄戸を祝うセレモニーが開かれた。「てっちゃん100試合出場おめでとう」と書いた手作りの横断幕を掲げるサポーターの姿もあり、「たくさんの人に応援してもらい、たどり着けた」と笑顔を浮かべた。
06−08年に在籍したサガン鳥栖(当時J2)で計45試合、昨季山雅で37試合。しかし、今季はレギュラーに定着できず、出場数は今試合を含め20試合にとどまる。
特に、4失点した6月22日の山形戦後は、ベンチメンバーからも外れ、練習も控え組に加わった。「自分にとってすごく重い出来事だった。試合に関われるメンバーとの差を感じ、落ち込んだ」
そんな時、「ある人から『まずはサッカーを楽しめ』と言われ、楽になった」という。
今は、原点に戻ることを心掛けてプレーしている。今試合は、北九州戦に続きフル出場を果たした。
葛藤を乗り越える中で迎えた節目。次に何を目指すのかを尋ねると、「J1でプレーしたい。もちろん山雅で」と、変わらない目標を口にした。
若手の大きな糧に―松田直樹さんの追悼試合  (2013年8月8日号より)
山雅在籍中の2011年8月、急性心筋梗塞で倒れ同4日に亡くなった松田直樹さんの三回忌に合わせ2日、アルウィンでメモリアルイベントとして追悼試合が行われた。トップチームの若手とユース(U―18)選手でつくる「山雅U―23」が、松田さんと親交のあった元選手らによる「ナオキフレンズ」と対戦。0―1で敗れたものの、6343人の観客の声援を受け、かつての名選手らに食らいついた経験は、若手選手たちにとって大きな糧となったようだ。

トップチームからの6人は、岩渕と蔵田以外、リーグ戦の出場経験はない。創造学園高(松本市)卒のDF宮下も、その1人だ。
3バックの左でフル出場。中山雅史、清水範久らFW陣と渡り合い、後半は機を見て攻め上る場面もあった。
宮下は「たくさんのお客さんの前でプレーできて楽しかったし、憧れの選手たちと対戦できて光栄」という一方、「技術も運動量も、まだまだだと思い知らされた」と、悔しさをにじませた。
「努力している者にはチャンスを与えたい」と反町監督が送り出した選手たちだ。ナオキフレンズの指揮を執った水沼貴史は「みんな相当なモチベーションで来ると思っていたし、実際に、出場を勝ち取った必死さを感じた」と印象を語り、ゲーム主将を務めた中山は「情熱を持って、その時やれることを精いっぱいやり続けて」と、エールを送る。
「高校時代はアルウィンに立つことが夢であり、目標だった。今はアルウィンに立った時、何をするかだと思う」。プロとして初めて立ったアルウィンのピッチで、宮下は一層の努力を誓った。

U―18からは総勢14人が出場した。
後半28分、相手FW安永聡太郎のPKを止めたのは、GKの原将太(16、南安曇農業高校2年)。
「安永さんがボールを置く時に右を見たので、思い切って右に飛んだ」。スペインリーグでもプレーした元Jリーガーとの心理戦を制しピンチを防ぐと、会場は大歓声に包まれた。
しかし、直後にセットプレーから失点。「ボールをはじくのではなく、受け止めようとしてしまった。練習で注意される悪い癖が出た」と悔やんだ。
勝負の厳しさと、大声援の中でプレーする楽しさを味わった特別な試合を終え、「プロになりアルウィンに立ちたい」と決意を新たにした。
(長岩将弘、倉科美春)
メモリアルイベントに合わせ山雅社員がAED講習会  (2013年8月8日号より)
松田直樹さんのメモリアルイベント開催に合わせ、松本山雅とNPO法人松本山雅スポーツクラブは2日、双方の社員を対象としたAED(自動体外式除細動器)講習会を、アルウィン内の会議室で行った。社員計13人が参加。「人が倒れた現場に居合わせた時、救急隊に引き継ぐまでにどうすればいいか」を、講義と実習で学んだ。
山雅チームドクターも務める信大医学部(松本市)の百瀬能成医師が、運動中の突然死について講義。続いて相澤病院(同)救急医療普及チーム内の蘇生チームスタッフが、人形を使って教え、最後に参加者全員が一連の流れを実際に行った。
人形などを使った実習は初めてという山雅広報の澤田和輝さん(27)は「思ったより易しかった。いざという時はしっかり役立てるようにしたい」と話した。
インタビュー・地域と共に−山雅力 山雅後援会塩尻支部長 深澤俊英さん  (2013年8月1日号より)
今季山雅のホームタウンになった塩尻市。2月に後援会の塩尻支部が発足したり、商業ビルで試合中継が始まったりと、山雅を応援する動きが活発になっている。山雅を塩尻の活性化にどう活用するのか。塩尻支部長の深澤俊英さん(70)に話を聞いた。
−松本平で初の支部。発足の経緯は
妻と一緒に、食を通じたイベントのプロデュースをずっと行ってきました。青年会議所と関わる機会も多く、山雅の大月弘士社長らとは古くからの知り合いだったこともあり、後援会から「塩尻支部を発足し、松本平の他地域で立ち上がるきっかけをつくってほしい」と頼まれました。
地域の清掃活動に参加したり、10月6日のアウェー岐阜戦の応援ツアーを企画したりしています。
−6月から大門一番町の商業ビル「ウイングロード」で、試合を中継する取り組み「松本山雅塩尻エキサイティングビジョン」が始まった
支部と市振興公社が企画。公社が主催、株式会社「しおじり街元気カンパニー」が運営し、支部が運営の協力をしています。
ウイングロードには地下、1階、3階にモニターがあり、そこで各試合を中継しています。
また、4階の駐車場に大型スクリーンを新たに設置し、8月4日の群馬戦からアウェー戦を毎回中継します。ここは1000人が収容でき、コールやチャントも大丈夫。跳びはねたりタオルマフラーを回したりと、自由に盛り上がれます。
6月22日、3階にプロジェクターを設置し、モンテディオ山形戦を試験中継したところ、450人が訪れました。あの応援の一体感はまるでアルウィンを再現したようでした。
「アウェー観戦は塩尻に行き、みんなで盛り上がろう」という流れが生まれてほしい。観戦前後にウイングロードや商店街などで買い物をしてくれれば活性化につながります。
地域のお年寄りたちが山雅の話題で盛り上がり、それが元気の源になる。家族や仲間が山雅を通してつながる。そんな未来が訪れるのが私の夢です。
【ふかさわ・としひで】 松本市出身。松本調理師製菓師専門学校で23年間講師を務める。また、1993年の信州博覧会で「森の料理館」を主催するなど、さまざまなイベントをプロデュースする。世界の食文化交流協会会長。
(倉科美春)
岸野靖之ユース監督コラム「情熱は足りているか」4  (2013年8月1日号より)
2日の「松田直樹メモリアルイベント」の中で行う試合で、山雅U−23チームの指揮を執ることになった。トップチームの23歳以下の選手と、U−18の選手が出場する。
松田さんとは、横浜にいたころ家が近所だったこともあり、時々顔を合わせていた。
彼は今でも山雅を支える柱の一つだ。彼のためにも必死にプレーし、必ず勝ちたい。
出場するほどんどの選手にとっては、アルウィンの大観衆の前でプレーするのは初めての経験。緊張するだろうが、その緊張こそがプロの醍醐味(だいごみ)だ。
監督も選手も、勝てば称賛され、負ければたたかれる。そのプレッシャーの中で分析に基づいた戦略がはまり、勝利した時の充実感は何物にも替え難い。
選手も「やり切った」「うまくいった」という充実感がある時は試合終了後に、にっこりと笑う。
子どもたちには「観客が感動するのは、派手なプレーではなく、当たり前のことを抜け目なくやり、目いっぱい体を張る姿だ。緩いプレーをすれば必ずつまらない試合になる」と、日頃から教えている。
対戦チームにも、元代表らが集まり、関東の大学生と試合をするOBチームで一緒にプレーした福西崇史など知り合いがたくさんいる。攻撃のアイデアなど、普段高校生同士でやる中では思いつかないことがたくさん学べるだろう。
観衆の前で、いろいろな挑戦をしてほしい。積極的なトライは次につながる。失敗してもへこたれずにやってほしい。そして、緊張感を楽しむことも大切だ。相手よりも多く走り、早く判断し、あらゆる場面で数的優位な状況をつくる。見ている人が感動する、勝負にこだわった試合にしたい。
(U−18監督)
古巣背に成長誓う 札幌に2−4今季移籍の岩沼悔しい敗戦  (2013年7月25日号より)
J2は20日、各地で25節の11試合を行った。11位だった山雅はアルウィンでコンサドーレ札幌と対戦し、2−4で敗れた。1試合4失点は、20節山形戦と並んで昇格後最多。「負けていいチームはないが、特に札幌には負けたくなかった。すごく悔しい」。昨季まで札幌に在籍した岩沼は、珍しく強い言葉で、胸の内をはき出した。
前半31分に許した先制点と後半15分に勝ち越された点は、前節まで防ぎ切っていたCKからの失点だった。反町監督は「基本はできていても、応用問題が解けない」と表現。岩沼は「追い付くまでは良かったが、注意すべきだったセットプレーからやられたのは、まだまだ対応が甘いということ」と悔やんだ。
前橋市生まれ。故松田直樹さんも輩出した強豪、前橋育英高を卒業後、J2(当時)札幌に入団し、6季在籍。
しかし「いろいろな面で慣れが出てきた。もっと成長するため、新しい環境に身を置いたほうがいいのではと考えた」。何事も「J1規格」の札幌より、環境面で厳しくなるのは覚悟の上。誰ひとり面識のない山雅への移籍を決めた。
環境の変化の1つが、若手選手から助言を求められるようになったことだ。これまでは、「むしろ助言を求める側。自分がうまいとは思っていないし、周りには経験豊富な選手も多かった」。
昨季はJ1で30試合に出場。今季も左膝を痛めた2試合以外は出場を続け、攻守にわたって存在感を示す岩沼も、札幌入団後2年半余りは出場機会を得られなかった。だからこそ、「自分を見失わずに努力を続けていれば、きっと見ている人はいるよ」と語る言葉が、試合に出られず悩む選手たちに響くのだろう。
一方で「人間としても選手としても、もっと成長しないと、助言に説得力がなくなってしまう」とも話す。
試合後、観客席にあいさつを終えた仲間から離れ、岩沼は札幌サポーターへあいさつに向かった。「頑張れ」という声援と拍手に呼応するように、残っていた山雅サポーターからも、岩沼コールが起こった。
「アルウィンは、お客さんとの距離が近い。それで自分の名前を呼ばれると奮い立つ」と話していた岩沼。悔しさを胸にさらなる成長を誓う6番の背を、双方の声援が押した。
(長岩将弘)
いじめをなくそう 選手と監督出演啓発DVD寄付  (2013年7月25日号より)
松本山雅FCは、13選手と反町監督が出演していじめ防止などを訴える映像を収めたDVD計116枚を制作し、ホームタウン(松本、安曇野、塩尻各市と山形村)の全小中学校に寄付した。このうち最も多い57校がある松本市では17日、大月弘士社長が市役所を訪れ、吉江厚教育長に目録を手渡した。
同市には市への3枚を加えた、計60枚を寄付。吉江教育長は「子どもたちは憧れの選手や監督のメッセージを受け止め、いじめをなくそうという強い気持ちを持つと思う」と感謝した。
映像は90秒。「わかってくれる大人は必ずいます」(楠瀬選手)、「君も人権サポーター」(小松選手)−など、選手や監督がそれぞれの言葉で訴える内容だ。
7月は県が定める「人権を考える強調月間」であることから、14日に行った24節・京都戦を「いじめNO!人権スペシャルマッチ」と題し、アルウィンでさまざまな企画を開催。映像はその一環で、スタンド内のスクリーンで流したものだ。
DVDは各校に配付し、授業などで活用してもらう。市では各種講座や啓発活動に役立てるほか、中央公民館など若い人が多く訪れる施設での放映も検討するという。
収穫と課題と 第24節京都に1―1  (2013年7月18日号より)
J2は14日、各地で24節の11試合を行った。11位の山雅は4位の京都とアルウィンで対戦し、1−1で引き分けた。J2屈指の強豪から勝ち点1をもぎ取り、いまだ後半戦は無敗だが、昨季からリーグ戦3戦では負けなし、無失点だった相手に初失点。チャンスをつくりながら勝ちきれなかったのも確かだ。し烈さを増す中位集団を抜け出すために、もう一皮むけたい。
試合終了を告げる笛が鳴ると、山雅の選手たちはその場にうずくまったり、ピッチに座り込んで頭をたれたり。
幾度も攻め込まれ、自軍の2倍の18本のシュートを打たれながら2点目を許さず、「守りきった」という安堵(あんど)もあっただろう。だが、自らもかがみ込んでいた多々良は「一番大きいのは悔しさ。勝ちたかったし、勝てるチャンスはあった」と明かす。
山雅はホドリゴカベッサと船山を2トップに配し、岩沼をアンカーとした3ボランチのフォーメーション。
京都は3トップを採用した21節以降、3試合で9点を挙げている。パスでつないでは激しい攻撃で押してくることを見越し、中盤を厚めにして挑んだ。
前半をしのぎきった後半3分、犬飼がクリアし損ねたボールを拾われ、痛恨の失点。だがその4分後、右CKを飯田が頭でたたき込み、同点に追い付く。
失点後の早い時間に試合を振り出しに戻した山雅は、運動量の落ちてきた京都に対してその後も走り続けたが、勝ち越し点は奪えなかった。
反町監督は、ホドリゴカベッサや犬飼といったフレッシュな戦力がチームにプラスになっているとし、「(3連敗した前半戦終盤に比べて)さほど良くなっているわけではないが、今回は最後まで相手に対応しきれた。一歩成長できたゲーム」と締めくくった。
山雅は9勝6分け9敗とし、11位のまま。10−12位が勝ち点で並び、7−15位の9チームが勝ち点差4以内にひしめく。
「(京都に押し込まれた)前半はもっとうまくできたはず。この先、強い相手にどうやって勝つかがいっそう課題になる」と多々良が漏らしたように、どう混戦を抜け出していくか。
次節は20日、ホームに13位の札幌を迎える。
(長岩将弘)
松田さん三回忌に合わせ追悼イベント  (2013年7月18日号より)
2011年8月4日に急逝した松田直樹さんの三回忌に合わせ、松田さんの元チームメートらで設立した一般社団法人「松田直樹メモリアル」と山雅は8月2日にアルウィンで追悼イベントを開く。山雅の23歳以下の選手チームと、松田さんと交流があった選手で結成する「ナオキフレンズ」との対戦などを予定。17日からチケットの販売を始めた。
午後7時試合開始で、前後半各30分。ナオキフレンズは、「ゴン中山」の愛称で知られ昨季現役引退した元日本代表の中山雅史さんや、元日本代表の名波浩さんらで結成。山雅U―23はトップチームの高卒、大卒のルーキーやU―18(18歳以下)の選手が出場する。
全て自由席で、前売り券の高校生以上はメーンスタンド2500円、バックスタンド2000円、ゴール裏スタンド1500円、当日券(完売の場合はなし)は各500円増し。中学生以下は全て500円。コンビニエンスストアやチケットぴあで販売。
また少年向けサッカー教室や自動体外式除細動器(AED)の講習会も開催予定。
問い合わせは山雅事務所電話88・5490
多彩なグッズで盛り上げ 制作秘話を聞く  (2013年7月11日号より)
山雅はチームのJ入り後、ホーム試合ごとに多彩なグッズを発売している。タオルマフラーなど定番の応援グッズから、文房具やヘアアクセサリーまで、この1年半に約200種類の新商品を投入しており、日常生活で使っているサポーターも多いのでは。開発担当の塩川由貴さん(22)に聞いた制作秘話を、グッズの一部と共に紹介する。
1試合で発売する新商品は3種前後。季節のイベントに合わせたり、テーマを設定したりして開発する。新学期間近の3月31日の神戸戦は、ペンケースやノートなど文房具、母の日の5月12日の北九州戦には女性用のつば広帽子やスープカップ。7月14日の京都戦は、夏本番に向け、ビーチサンダルと麦わら帽子を出す。
開幕前におおよその年間スケジュールを立て、半年ほど前から各業者のデザイナーと話し合う。数量を限定して生産し、人気が出た物は定番商品に。
アイデアのヒントは世の中の流れや、日常生活のさりげない場面にあるという。ストラップの売り上げが落ちてきたのを、多くの人が携帯をスマートフォンに変えたからだと考え、7月3日の水戸戦ではイヤホンジャックカバーや液晶保護シールなどを発売した。
また、最近定番商品になった腕の日焼けを防止する「アームカバー」は、紫外線が強い松本地域で車を運転する際、アームカバーをしている女性が多いことに注目し、商品化した。
塩川さんが心掛けているのは、日常で使うグッズについては、チームカラーの緑をさりげなく使うこと。例えば、つば広帽子は全体を黒でシンプルに、リボン部分に使った緑色のチロリアンテープで山雅らしさを出した。
農作業でタオルマフラーを使う人、学校にTシャツを着ていく子どももおり、「日常生活にグッズが溶け込んでいるのを知るたびうれしくなる。キックオフの時にサポーターが広げたタオルマフラーを見るのは幸せな瞬間」と、開発の醍醐味(だいごみ)を話す。
(倉科美春)
後半戦は白星発進 水戸に2―0  (2013年7月6日号より)
J2は7月3日、各地で22節の11試合を行った。14位の山雅は12位水戸をアルウィンに迎え、2−0で快勝。リーグ後半戦の初戦を白星で飾った。一方で、前節までJ昇格後初の3連敗を喫し、チームの実情も突きつけられた。他チームによる分析が進み、無意識の慢心が頭をもたげる「2年目の難しさ」を打破していけるか、正念場だ。
前節の横浜FC戦は互角以上の展開ながら、終了間際に失点し敗れる、悪夢のような幕切れだった。「内容は悪くなかったので下を向く必要はないが、悔しい。負の連鎖を断ち切りたかった」と、試合後の反町監督は苦り切った。
今節は閉塞(へいそく)感の打破と、連戦であることも加味し、固定気味だった先発3人を入れ替えた。
J1清水からレンタル移籍で加入したばかりの犬飼、初先発のホドリゴカベッサ、12節(5月3日)以来の先発となった楠瀬。それぞれが躍動し、狙いが奏効した形だ。
だが、決して手放しで喜べるわけではない。水戸はFW鈴木隆ら主力4人を出場停止などで欠き、「両サイドからのクロスを狙ってくると分析したが、そういう話をした割には、やられていた」(反町監督)。
3バックの中央に据わる多々良は「結果は良かったが、内容が伴っていない。相手(の決定力の低さ)に救われた部分もある」と、18節・岡山戦以来の零封にも、硬い表情を崩さなかった。
得点力不足の解消も急務だ。現時点での総得点21点は、リーグで下から4番目。昨季11得点を挙げながら、今季は2得点にとどまっている塩沢は「初心のチャレンジ精神を失っているわけではないが、考えてしまう部分はある」と、焦りと苦悩を明かす。
また、レギュラーと控えの力の差が埋まらず、選手層が薄い。飯尾和、野澤ら、豊富な経験をチームに還元するベテランの長期離脱も痛手だ。反町監督は楠瀬や玉林らのひたむきさを例に挙げ、今節も「若手の奮起」を期待した。
チームの、またクラブ全体の力が試される、2季目の後半戦が始まった。
(長岩将弘)
ホーム通算100試合を歴代選手と祝う  (2013年7月6日号より)
本格的にJ入りを目指し始めた05年からホーム通算100試合目となった6月29日の横浜FC戦前、この間に在籍した選手6人が登場、サポーターと共に8年間を振り返った。
6人の登場を、サポーターは当時のチャントで迎えた。
04、05年にプレーし、現在はスポーツメーカー「ミズノ」で働く鏑木享さん(37、東京都)は、サポーターで埋まった客席を眺め、「当初は観客が数十人。Jを目指して戦っていたが、実際どんな状況になるか想像できなかった」と驚き、「J1入りしてほしい」とエールを送った。
06、07年に活躍し、現在は野沢南高校(佐久市)サッカー部監督の白尾秀人さん(32)は「高校生世代を育成し、長野県サッカーのレベルを上げたい」と夢を語った。
今も選手としてプレーする三本菅崇(05−09年所属、現アルテリーヴォ和歌山)、今井昌太(07−12年所属、現MIOびわこ滋賀)、小林陽介(09−10年所属、現横河武蔵野FC)の3選手もVTRでコメントを寄せ、小林選手は「(凱歌=がいか=の)『勝利の街』が大好き。今でも口ずさむ」、今井選手は「アルウィンで山雅と対戦し、勝つのが僕の夢」と、それぞれの思いを語った。
「クラブハウスを練習場と一括で」市に要望書  (2013年7月6日号より)
J2松本山雅は、松本市が2015年度の利用開始を目指して惣社のかりがね自転車競技場と同運動広場に整備を予定している専用練習場について、付随するクラブハウス建設と練習場整備を一括して進めてほしいとする要望書を、市に提出した。
当初クラブハウスは山雅が建設予定だったが、予定地周辺は民間で建物を建てる場合に制限がある市街化調整区域で、開発権限を持つ市に建設主体となってもらった方がスムーズと判断した。
また、財務状況など加盟条件を定めたJリーグのクラブライセンス制度が14年に改定予定で、「ピッチとクラブハウスの隣接」が条件となるなど、練習場に関する審査基準が厳しくなる見通しだ。
建設費用は未定だが、山雅が全額負担を目指す。
6月28日は、大月弘士社長と加藤善之ゼネラルマネジャー(GM)が市役所を訪れ、菅谷昭市長に要望書を渡した。菅谷市長は「クラブハウスがファンとの交流の場にもなれば。早急に関係部署と相談し、要望に沿えるよう対応したい」と応じた。
「われわれもチームも、市民の理解を得られるよういっそう努力をしていく」と大月社長。建設費用確保に向け、秋には具体的な動きに入りたい考えだ。
(長岩将弘)
新戦力+新戦術で浮上へ−反町監督に聞く今季前半戦  (2013年6月27日号より)
29日の21節・横浜FC戦で、今季前半戦を終える山雅。6勝6分け9敗、16位で折り返した昨季に対し、今季はここまで7勝5分け8敗の13位としている。前半戦の手応えや、J昇格2年目の感触などについて、反町監督に聞いた。
−ここまでの戦いをどう振り返るか。
リーグを見渡せば、おおむね開幕前の予想通りといった印象だ。J1降格組が先頭を行き、昨季J1昇格争いを繰り広げたチームが続く。その下に、われわれを含む中−下位がひしめき合っている。ここからどうなるかは分からないが、そういった緊張感の中で戦えるのはいいことだ。
常々言っている通り21番目からのスタートなので、そこそこの手応えは感じている。だがそれでいいわけがなく、「そこそこ」ではない手応えを、後半戦はつくっていかなくてはならない。
半分を終え、何ができるかが大事だ。競争を促すための選手獲得や、新しい戦術を取り入れるなど、考えてやっていく。
−まだ活躍の場が少ない大卒・高卒の若手の伸びは。
伸びてはいるが、率直に言って鈍い。もっとトップ選手を脅かす存在になってほしい。どの選手も真面目に取り組んでいるのはいい点だが、いろいろな面で、もっと積極的な姿勢がほしい。
「山雅で駄目でも、他のチームなら芽がある」という考えでいるなら間違いだ。われわれが見いだして選ぶのではなく、選ばざるを得ない状況をつくってほしい。
そのためにどうすればいいかは、自分で気付き、変えていくしかない。年齢は関係なく、全員に期待している。
−J昇格2年目の地域の盛り上がりについて感じるところは。
ホームでの成績があまりよくないにもかかわらず、多くのお客さんが来て、まとまりのある応援をしてくれ、感謝している。J2ではなかなかない環境だ。
(かつて率いた)新潟と違い、松本は昇格当初から多くのファンがいて、練習試合でさえ1000人を超える人が来る。恵まれているし、やりがいでもある。
ただ、それに甘えてはいけない。選手たちはどう感じ、プレーに生かしていけるか。
松本に来たとき、地域を盛り上げるためには地元出身選手を増やすことが欠かせないと話した。育成組織の指導陣の意識も変わり、そういったことに目が向くようになってきた。すぐに成果が出るものではないが、少しずつ前進している印象は持っている。
(長岩将弘)
分が悪い?「先勝」−成績と「六曜」の関係  (2013年6月27日号より)
ある山雅ファンが17節までの山雅の勝敗と六曜との関係を調べ、はがきで寄せてくれた。18−20節の勝敗も加えて整理すると、
大安=1勝1分け
仏滅=3勝2敗
先負=2勝1分け1敗
友引=1勝2分け1敗
赤口=1分け1敗
先勝=3敗
となる。これを基に1試合当たりの勝ち点を割り出してみた。
大安=2
仏滅=1.8
先負=1.75
友引=1.25
赤口=0.5
先勝=0
やはり「万事に吉」の大安は最も分がいい。「万事に凶」とされる仏滅、「勝負事は避けるべき」とされる先負がそれに続いているのは、逆境に強いことの証明か。
「何事も引き分け」の友引が、最も勝ち点1に近いのは納得。赤口は凶日で、特に火や刃物に要注意とも。赤口の試合日は、それらを避けてみてはどうだろう。
次節の横浜FC戦が行われる29日は「先勝」。これまで勝ち点を挙げられていない日だが、文字通り先制して勝利といきたい。
投稿者もアルウィンに応援に行くそうだ。
集え山雅ファン 8月3日大町やまびこまつりの踊り連参加者募集  (2013年6月20日号より)
セブンイレブン大町南原店(大町市大町)店長の宇留賀健一さん(38)らが、8月3日に同市中心街で開く大町やまびこまつりに、大北地域の山雅ファンらで踊り連をつくって参加しようと計画している。ゆくゆくは同地域初のサポーター組織立ち上げにもつなげたい考え。「地域を盛り上げるきっかけになれば」と、連の参加者を募っている。
まつりは、今年で35回目を迎える恒例の夏祭り。メーンとなる踊りの部は午後7−9時予定で、昨年は約3000人が「やまびこおどり」を踊った。
宇留賀さんらは「大町・山雅サポーター連」として参加予定。大町市や安曇野市北部、白馬村などから、これまでに20人近くが集まっている。「参加する以上はしっかり踊ろう」と、本番までに3回ほど、踊りの練習会を予定する。
人数把握などのため、できるだけ7月5日までに申し込んでもらうが、飛び入りも可能。参加希望者はツイッター(短文投稿サイト)で「#大町yamaga」でつぶやく。
以前からサッカーファンだった宇留賀さんは7年ほど前、会員制交流サイト(SNS)を通じて当時北信越リーグだった山雅を知り、観戦するように。
昨年からは市内の「八日町カフェ」でパブリックビューイングも始まり、地域の熱の高まりを感じていたという宇留賀さん。今月初旬、まつりのチラシを目にしてツイッター上で呼び掛けたところ、「予想以上の反応があって驚いた。こういうきっかけを待っていた人は意外と多いのかなと感じた」という。
まつりの感触を見ながら、観戦ツアーや横断幕作成など、組織活動にも取り組みたいと考えている。
「敷居の高い集まりにしたくないので、気軽に参加して。大北で交わされる日常会話の中に、自然に山雅が登場するようになれば楽しいですね」と話す。
(長岩将弘)
岸野靖之ユース監督コラム「情熱は足りているか」3   (2013年6月20日号より)
5月末の北信越クラブユース選手権で、準決勝でカターレ富山に1−2で敗れた。
正確なキックやヘディングなど、基礎技術で富山が上回った。富山の主力の高校2年生はジュニアユースに入団した中学1年時からそうした技術を磨いている。その差が出た。
現在、山雅は週1回、U−10からU−18までの監督・コーチ全員が集まり、ミーティングを開いている。プロを育てるため、どの年代にどんな指導をすればいいかを話し合う。
これまでは各カテゴリーの指導者が、それぞれのやり方で教えていたが、小学生から高校生までの一貫した共通方針「山雅スタイル」というべきものを話し合ってつくった。技術からメンタル指導まで具体的に示した、プロ育成組織には必須なもの。これで基盤が一つ整った。
あとは環境だ。2015年度には専用練習場ができる予定だが、今は松本市内のグラウンドを回り毎日の練習をしている。
良い練習場が比較的押さえやすいのに加え、選手が睡眠や食事の時間を少しでも多く取れるよう、午後7−9時だった練習時間を午後5−7時に変えた。専用練習場は、今はないが、時間を有効に使い子どもたちの負担を少しでも減らせるよう何とか工夫している。
最近、練習後のミーティングで、自分の意見を言う選手が増えた。前は何もしゃべらなかったが、変わろうとする意識が子どもたちに芽生えた。
北信越の敗北を「残念だった」で終わらせず、自分の課題を考えるきっかけにすれば、このような環境下でも他のJユースとの差を縮めることができる。
個の大きさが、チームの力を決めるからだ。(U−18監督)
終盤に鉄戸FKで決勝点 ホームは2連勝  (2013年6月13日号より)
J2は8、9日、各地で18節の11試合を行った。11位の山雅は8日、7位のファジアーノ岡山と松本市アルウィンで対戦し、1−0で勝った。守備陣が時に体を投げ出してしのぎ、終盤に得たFKのチャンスをものにしてのホーム2連勝。勝ち点を26に伸ばし、10位につけた。
代替開催した10節東京V戦(5月15日)を最後に、不調で先発を外れていた鉄戸。ホーム初勝利となった富山戦も、ベンチから歓喜の輪を見守った。自ら決勝点を挙げての勝利に、「自分にとっては今日がホーム初勝利」と、笑みをのぞかせた。
互いに譲らず、このままスコアレスドローかと思われた後半42分、試合が動いた。
ドリブルで仕掛けた北井が倒され、相手ゴールほぼ正面でFKを得る。直接ゴールを狙える距離で「決めたいなとは思った」(鉄戸)。ボールをセットする船山に申し出て放ったシュートは飯田がかわした間隙(かんげき)を突き、ゴールに吸い込まれた。
豊富な運動量や相手に追随できる敏しょう性を武器に左翼を担ってきたが、このところは「簡単に相手に主導権を握られていた」(反町監督)。
先発落ちも、「自分へのメッセージ。大事な時間だと思った」と鉄戸。通常練習に加えてコーチに個人指導を頼み、課題に向き合った。
今節は突出してくる岡山右サイドの田中に対し、「勝つか負けるかは大きなポイントだった。ボール保持時もそうでない時も、よく対応できた」と、指揮官も評価した。
鉄戸は「安心も納得もしていない。日々右肩上がりで、もっと高めていかなければ。『もう年だから』で片付けられたくありませんから」。冗談めかしながら、在籍5季目のチーム最古参は一層の進化を誓った。
(長岩将弘、倉科美春)
身をていし堅守リード−ホーム3連続無失点のGK野澤  (2013年6月13日号より)
後半14分。相手FWがゴール間近で放ったボールを、GK野澤はみぞおちで止めた。痛みをこらえて立ち上がる姿に、スタンドから拍手が送られた。
野澤の体を張った守備が危うい場面を何度も救い、無失点に抑えたのも勝利の要因の一つ。先発5試合目。出場したホーム3試合はここまで無失点に抑えている。
「GK陣(野澤、白井、村山)の力量は横並び。3人は良い競争をしている」と、反町監督。その中で野澤が起用される大きな理由が統率力だ。
DF飯尾和をけがで欠く今、J出場291試合という経験値を生かし守備のまとめ役として力を発揮。守備陣の表情に注目しながら的確に指示を出す。
「ただ、昨季は『自分が何とかしなければ』という思いで必死で指示をしていた。でも今季は、皆が自信を持ってプレーしているので焦りや気負いはない」という。
昨季のけがの期間の影響も大きい。右膝の後十字靱帯(じんたい)損傷などで、約3カ月間試合から離れた。「リハビリの期間中に行っていたイメージトレーニングが生きている」
けがから控え、そして再び先発へ。ベテランでありながら辛酸をなめたが、その経験が、守護神をより頼もしく成長させた。
「ゼロに抑えれば、最後の最後に仲間が、そしてサポーターがつくるアルウィンの雰囲気が勝利へ導いてくれる」。皆への信頼を胸にピッチに立つ。
U−18 北信越で準決勝敗退  (2013年6月6日号より)
サッカーの北信越クラブユース(U−18=18歳以下)選手権は5月25、26日と6月1、2日、6チームが参加し、松本市のアルウィンサブグラウンドなどで開いた。山雅U−18は準決勝で、優勝したカターレ富山に1−2で敗れた。
トーナメント。優勝チームが日本クラブユース選手権(7月25日−8月3日・群馬)の出場権を得た。
山雅は1回戦でツエーゲン金沢に3−0、2回戦はグランセナ新潟に6−1で勝ち上がり昨年同大会の1回戦で1−5で敗れた富山と、準決勝で当たることに。しかし、主将のDF古市真也(松本県ケ丘高2)が金沢戦で左足を骨折。主力を欠く戦いとなった。
技術で勝る富山に対し、山雅は中盤を6人にして厚みを持たせ、相手にプレッシャーをかけ攻め込んだ。前半28分、ゴール前のこぼれ球をMF池上雄太(松商学園2)が右足で蹴り込み先制。しかし、後半7分に同点に追い付かれ、38分に逆転された。

「どうしても勝ちたかった」。そんな思いを象徴するかのように試合終了後、選手たちは膝を抱えて消沈。涙を流す選手もいた。
岸野靖之監督が就任以来、初めての全国につながる大会。現時点でどれほどの力が付いたかを知る戦いでもあった。選手はこの大会に向け、あいさつなど生活面も見直すなど、自らを一つ一つ変えながら全国を目指した。
しかし、1対1の競り合いの弱さなど、監督が日々口にする課題が表れた。岸野監督は「勝とうとする姿勢は良かった」と、闘志を評価しながらも「プロを目指す選手として、持ってなければいけないものが、まだ足りない」と、さらなる努力を要求した。
「この負けで、一人一人が自分の課題を自覚した。もっと練習しなければいけない」と、副主将でもある池上。
ここからどれだけ成長できるかが本当の勝負だ。10月には、Jリーグ下部組織の日本一を決める「Jユースカップ」が待つ。
(倉科美春)
松大生がスタ飯考案  (2013年6月6日号より)
松本大学の学生が、山雅のホーム戦で販売するスタジアムグルメ「スタ飯」を考案した。6月2日に学内で商品化を目指した提案会があり、フードコートの出展企業から9社が参加。学生が考えた29品を試食した。
取り組んだのは人間健康学部健康栄養学科の2−4年生の希望者40人。4月からアルウィンに実際足を運んで研究をしながら、試作を重ねた。
丼飯やパン、デザートまで多彩。山賊焼きや安曇野産わさびなど地元の名物食材を生かした物が多かった。
三島歩実さん(3年、20)は「ガンズくんのしっぽ」。「子どもが喜ぶものを作りたい」と菓子パンを、山雅の公式マスコット、ガンズくんの三つまたに分かれた尾の形にし、それぞれの羽の部分にチョコレートやカスタードクリームを入れた。
参加した「フィールド・オブ・キッチン」の蔵岡久男社長(45)は「学生の思いと、店舗で実際販売する上での難しさとのギャップを埋めながら、良い商品を作りたい」と話した。
企業は気に入ったメニューがあれば、後日クラブを通し連絡をし、学生と一緒にアイデアを出しながら商品化につなげる。完成したメニューは、8月11、18日のホーム戦で、各企業のブースで販売する。松大生のスタ飯開発は今年で4年目。
第16節 富山に3−0 ホーム初勝利で意識は次へ  (2013年5月30日号より)
J2は26日、各地で16節の11試合を行った。12位の山雅は松本市アルウィンで17位のカターレ富山を3−0で下し、ホームでは今季8戦目にして初勝利を挙げた。5勝5分け5敗、得失点差0と、振り出しの状態から得た勝ち点3。勝ちから学び、上昇の弾みにできるか。真価が問われる。
「勝てば全てOKというわけではないし、負ければ全て駄目ということでもないが、いつまでもホームで勝てないのは悪い重圧になり得る。勝てたことはよかった」。試合後、反町監督は冷静に話した。
華々しく躍動したのは船山だ。前半31分、岩沼が絶妙なタイミングで放ったパスを蹴り込み先制。相手の動きが鈍った後半も攻め続け、25分と31分にもゴールネットを揺らした。
ハットトリックという形で7節(4月7日)以来の得点を挙げた船山は「『自分が取らなければ勝てない』くらいの気持ちで臨んだ」と明かした。
一方で指揮官は「むしろ、ゼロで抑えられたことの方がうれしい」と守りを評価。
試合開始直後から攻め込まれ、自軍ゴール前での攻防を演じた。前半終了間際も、野澤がはじいたシュートをフリーの相手選手に拾われ、飯田が辛くもクリアするなど、「前半は1、2点取られていてもおかしくなかった」(飯田)展開だった。
反町監督は0−1で敗れた前節の千葉戦を引き合いに出し、「勝負を分けるのは1メートル、1秒の判断。そこは進歩したと言っていい」としつつ、「自分たちで作り出すチャンスはまだ少ない」と、攻撃面に注文を付けた。
待ちわびた勝利に、試合終了後も席を立たず、応援歌やコールを響かせた観客たち。選手らは一様に「次が大事」と口にし、その思いに応えることを誓った。
山雅は勝ち点23とし、11位に。次節は6月1日、19位の鳥取と敵地で対戦する。
(長岩将弘、倉科美春)
フル出場の飯尾竜 喜びと見えた課題  (2013年5月30日号より)
「興奮した。入場の時は鳥肌が立った」。大歓声に迎えられ初めてアルウィンに立った喜びを、飯尾竜は素直な言葉で表現した。前節の千葉戦に続き、先発フル出場。右ウイングバックを任された。
後半途中から富山の攻撃の要である徐庸徳(ソ・ヨンドク)が左に変わり、相対する形に。「(飯尾竜が前半に)イエローカードをもらったこともあり交代させようか迷ったが、ヨンドクを冷静に押さえてくれた」と、反町監督は評価した。
阪南大卒。昨年、関西学生リーグ1部と全日本大学トーナメントを制したチームで主将を務めた。
反町監督が望むのは若手の台頭だ。だが、「同じ年代同士で集まり、他とあまり関わらない選手が多い。緩いグループの中にいて競争心が薄くなっている。ハングリーさが足りない」と懸念する。
飯尾竜は、この2試合の出場で今季入団した高卒、大卒計10人の中で、プロでの実戦経験が最も多くなった。「山雅に来て4カ月間、最低限必要な運動量と攻守の切り替えの部分を必死で磨いた。しかし、ラストパスやクロスの精度など、プラスアルファを身に付けないと駄目だと試合で痛感した」と、スタート地点に立って見えた課題を口にする。
飯尾竜の活躍に刺激を受け、他のルーキーが奮起できるか−。チーム力の向上には若手の成長が不可欠だ。
アウェー食材でおやき 「旬菜花」が富山産ホタルイカで  (2013年5月23日号より)
塩尻市宗賀のおやき工房「旬菜花」は、26日に松本市のアルウィンで行うJ2第16節、松本山雅−カターレ富山戦で、富山県特産のホタルイカを使った「ほたるいかおやき」を販売する。アウェーチームの県の特産品を使ったおやきの販売は、4月のFC岐阜戦の「飛騨牛おやき」に続く第2弾。山雅の勝利を願ってだが、「アウェーサポーターにも喜んでほしい」と期待する。
今回は、ホタルイカを丸ごと4匹ほどと、ナスを具に使用。味付けは試行の末、昔ながらの甘みそに落ち着いた。国産小麦粉を天然酵母で発酵させた皮は、しっかりした歯応えと粉のうま味があり、ホタルイカの存在感が際立つ仕上がりになっている。
同店は各務製粉(同所)の出店。塩尻発のおやきにこだわっており、ワインりんご、アスパラガス、タケノコなど、独創的なおやきを発表してきた。
こうしたこともあり、「対戦チームの県の特産品を具にしたおやきを作れば面白いのでは」と稗田憲司業務課長が、遊び心で発案。岐阜戦の飛騨牛を使ったおやきから開発を始め、好評だった。今回の「ほたるいかおやき」は、5月初旬から試作を重ねて完成させた。
山本美恵子店長は「海産物を具にしたおやきは初の試み。今後も対戦相手の都道府県で具になりそうな材料があれば開発したい」と話す。
提供はこの試合限定で、そば店「イイダヤ軒」のブースで販売する。1個250円。旬菜花電話50・7030
(小林和男)
JA松本ハイランドが農産物PRボランティア結成  (2013年5月23日号より)
松本山雅FCの公式スポンサーを務めるJA松本ハイランドの職員有志27人は、山雅のホームゲームの際、来場者に同JAの農産物をPRする「うまい!今が旬PRボランティアinアルウィン」を結成した。6月29日の横浜FC戦を皮切りに、特設ブースで旬の野菜や果物の試食をメーンに、販売もしていく計画だ。
17日は結成式を松本市南松本の同JA総合営農センターで開き、メンバーの紹介をしたほか、リーダーに和田支所金融共済課長の山崎健一さん(44)を選んだ。
山崎さんは「松本のサポーターはもちろん、アウェーの来場者にも松本産のおいしい農産物をPRし、少しでも販売促進につなげたい」とあいさつ。伊藤茂組合長は「4月の凍霜害の影響で、農家にとっては厳しい1年になるが、ハイランドパワーで山雅と農産物を応援したい」と話した。
ボランティアの結成は昨年に続き2年目。今年は、昨年好評だった山雅オリジナルパッケージを使った「すいかBOX」を7月20日のコンサドーレ札幌戦で販売するほか、サポーター親子と選手による「松本山雅田」の米作りやそば打ち体験、山雅選手と交流する各支所JA祭などにも、会として協力参加し、盛り上げる。
死力尽くし東京Vと無失点ドロー 第10節代替試合  (2013年5月18日号より)
Jリーグ2部(J2)は15日、雪のため中止となった10節・松本山雅FC(暫定10位)−東京V(同8位)の代替試合を松本市アルウィンで行い、山雅は0−0で引き分けた。上り調子の難敵に対しほぼ守勢に回ったものの、ホームでは今季初の無失点。山雅は5勝5分け4敗、勝ち点20で9位に浮上した。
東京Vが技量差を見せつけボールを支配。後半は攻勢を強めた相手に攻め込まれる時間が続いたが、体を投げ出す気迫の守りもあって、耐え切った。
山雅はMF弦巻選手とGK野澤選手が今季初先発だった。
弦巻選手は相手ボランチの横に入り込み、攻守の起点を担った。今季の出番は途中出場2試合のみ。ベンチ外も6試合あり、スタンドから観戦する日々が続いた。ただ、そうしてチームを観察する中で「攻撃が単調になっている」と感じ「ボール回しに緩急を付け、(シュートに)行ける時は飛びだそう」と、イメージトレーニングを欠かさなかった。
それだけに「ゴールという結果を出したかった」と、悔しさをにじませる。「実戦で課題が見えた。練習で克服し、存在をアピールしたい」と、先発定着に意欲を燃やす。
野澤選手は開幕前に負ったけがの影響で、今季初出場でもあった。最後尾から声を飛ばし続け、好守も連発。起用に応えたが、「パフォーマンスはまだまだだし、正GKだとも思わない」という。
「試合ごとにしっかり準備し、出られたら自分のベストなプレーをするだけ。そうすることでチームに刺激を与えられれば」と、表情を引き締めた。
反町監督は「死力を尽くしてよくやった」と選手をねぎらう一方、「ホームでまた勝てなかったことも事実」。それぞれが得た手応えを、ホーム未勝利を脱する糸口にできるか。
次の15節は19日、4位の千葉と敵地で対戦する。
(長岩将弘、倉科美春)
ホームで勝てない… J2第14節 北九州と1−1  (2013年5月14日号より)
Jリーグ2部(J2)は12日、各地で14節の11試合を行った。5勝3分け4敗、勝ち点18で11位の山雅は、松本市のアルウィンで21位のギラヴァンツ北九州と対戦し、1−1で引き分けた。山雅は今季アルウィンで3分け3敗。またもホーム初勝利はならなかった。
前半は北九州がボールを支配し、サイドを使って山雅ゴールを脅かす。山雅は14分、クロスのクリアボールを拾われ先制を許した。
しかし43分、北九州の選手が2回目の警告を受け退場。後半立ち上がりから守備を固めた相手に対し、山雅は11分、前線に塩沢を投入。長沢との2トップにし、並びを変えて追撃したが、堅守にも阻まれ相手ゴールは遠い。21分、右CKから喜山が押し込んで同点としたが、勝ち越しはならなかった。
山雅は勝ち点19で暫定10位。次は15日午後7時からアルウィンに東京Vを迎え、雪のため中止となった10節(4月21日)の代替開催試合を行う。

前半に相手が1人退場し、数的有利な状況が後半45分間続いた。
しかし、ゴール前を相手に固められ、サイドからのクロスをゴール前に送る単調な攻めに終始。ゴール前でボールを持っても味方を探しパスをしたり、判断に迷ううちに相手に寄せられる場面も目立った。
戦術の実行や流れの中で決めることにこだわり、がむしゃらにゴールに向かう姿勢が感じられなかった。
「ゴールへの執念が足りない。『自分で決めてやろう』と目をぎらぎらさせ、血を出してまで行こうとするような選手がいない」と、反町監督。
船山は「一人一人がもっと自信を持ってプレーする必要がある」と、チーム内に漂う弱気な姿勢を指摘する。
Jリーグ入りを懸けた一昨年や、J初年の緊張感があった昨年に比べ、今季は実現しなればチームが危機的状況に陥るような目標がないのが現状だ。
しかし、「何が何でも勝つ」という泥くさい闘争心を、追い込まれずとも毎試合見せるのがプロのサッカーではないだろうか。
アウェーでの強さに比べ、ホームでのふがいなさが際立ち、このままでは観客の心も離れていくのではないか。ホーム6戦目、観客は今季初めて9000人を割り込んだ。
(長岩将弘、倉科美春)
来たれ!ユース育ち U−18選手がトップ練習試合に出場  (2013年5月9日号より)
今季、山雅ユースU−18(高校生年代)の選手が、トップチームの練習や練習試合に呼ばれる機会が増えている。Jリーガーの輩出を早める取り組みの一つで、このほど茅野市運動公園陸上競技場で行われたアルティスタ東御戦とFCアビエス戦には、計6人が出場。選手はプロの空気を感じながら、そのプレーや姿勢を学んでいる。
2試合は、同競技場のリニューアルに伴い茅野市サッカー協会が主催。共に反町監督が指揮した。
ユースから出場したのは、高校2年の古市真也君(松本県ケ丘)、小山優太君(同)、篠原貫太君(松商学園)、池上雄太君(同)、渋木瞭君(同)、原将太君(南安曇農業)。6人の出場を知った山雅サポーターは、急きょ全員分の横断幕を作り、声援を送った。
東御戦には古市君と篠原君が先発。塩沢選手や多々良選手らと共にプレーした。古市君は3バックの左、篠原君は右を担い、最初はプレーに硬さが見られたが、前線にパスを送ったり、体を張って守る場面もあった。
アビエス戦には他の4人が先発し、宮下選手ら若手と一緒に戦った。

U−18とトップの連携強化が始まったのは3月中旬。高校の長期休みには、通常のトップの練習にも参加する。
U−18主将の古市君は「速さ、高さ、フィジカルの強さ、練習に取り組む姿勢が全て違う。自分に何が足りないかが見えてくる」と言う。
トップ選手から学ぶ中で自チームに取り入れたのが、試合前のアップの声掛け。全員で試合に向かう気持ちをつくる大切さを学び、副主将の篠原君と池上君の3人で積極的に声を出し、良い雰囲気づくりを行う。
岸野U−18監督は「プロに交じることで、高校生同士では得られない刺激を受ける。彼らが学んだものをユースに還元し、全体のレベルアップにもつながる」と話す。
反町監督も「(ユースは)同じエンブレムを付ける仲間。トップの練習試合に出たり、一緒に練習した経験を励みに、伸びる可能性もある。チャンスはできるだけ与える」と、歓迎する。
(倉科美春)
チャント編曲集「山雅流儀」CD発売  (2013年5月9日号より)
松本山雅FCは3日の群馬戦で、地元の子どもたちやサポーターらが歌うチャント(応援歌)を収めたCD「山雅流儀〜YAMAGASTYLE〜」を、スタジアム内の売店で先行販売した。オフィシャルショップやオンラインショップでも同日販売を始め、22日から一般のCD店などでも売り出す。
アルウィンでのファン感謝イベント(昨年11月)で録音したサポーターの歌と、2月に録音した宮田保育園(松本市)の年長児の歌を使用。山々を思わせる雄大な交響曲や家族で声を枯らす応援、疾走感あふれるロックなど、松本平と山雅をめぐるさまざまなイメージを踏まえて編集・再構成し、全10トラックを収録した。
昨年4月、試合観戦のためアルウィンを訪れたフジパシフィック音楽出版(東京都港区)制作本部ゼネラルプロデューサーの岩谷千里さん(50)が、スタジアムの雰囲気に感動し、クラブに制作を打診した。
クラブによると、3日は1000枚を売り上げた。購入した山越翔太さん(19、同市笹賀)はファン感謝イベントでの録音にも加わり、「自分の歌声も入っていると思うと楽しみだった。アウェー観戦に向かう車中で聞いて、テンションを上げていきたい」と話した。
税込み1500円。松本山雅電話88・5490
ユースアカデミーダイレクター・山崎武さんに聞く   (2013年5月2日号より)
山雅は本年度から、育成組織を統括する「ユースアカデミーダイレクター」を設け、昨年度まで田川高校教諭を務めた山崎武さん(47)が4月1日付で就任した。クラブの未来づくりを担う山崎さんに、現状や、この1カ月で感じた課題などを聞いた。
−ダイレクターの役割は。
クラブ生え抜きの、技術的にも人間的にも一流の選手を育てるのが何よりの責務。そのために組織のレベルアップが必要だし、またそのためには山雅だけでなく、地元のクラブや高校などと関わり合いながら、地域全体でレベルアップしていくことが欠かせない。自分に任せてもらったということは、その辺も期待されていると考えている。
他クラブのダイレクターと、Jリーグが将来もっと活性化するための道を探り、クラブに落とし込んでいく役目もある。
−この1カ月間の手応えは。
U−10(10歳以下)からU−18まで、7つの年代がそれぞれ頑張っている。一貫した指導体制にするため、ベクトルを合わせる必要がある。各年代の現状を把握しながら、それを進めている。
これまで雲をつかむようだったクラブの将来について、岸野さん(U−18監督)らと卓を囲み、具体的な話ができるようになった。まだぜい弱な組織だが、そのこと自体に手応えを感じる。
−現在の課題は。
さしあたっては練習環境だ。どの年代も、部活終了後の各地の校庭を借りて練習しており、終わるのは午後9時すぎになることもある。適切な食事や休養が取れているか気がかりだし、日によって場所が変わるため、保護者の送迎がないと参加が難しい実情もある。
複数の年代が1カ所で練習することも多く、ゴールを使える機会が少ない。ゴール前の崩し方、決定機を決めきる力など、得点に直結する指導だけでなく、GK育成にも影響する。
しかし大事なのは、そのせいにして終わらせないこと。今の環境で何ができるか、何をすればいいのかを考え、努力を続けることだ。
他のJクラブにも、こういう時代があったはず。指導陣も含め、今は逆境を強さに変える力を身につけるチャンスかもしれない。

【やまざき・たけし】 1965(昭和40)年、南箕輪村生まれ。伊那北高、順大を経て高校教諭(体育科)に。松本筑摩、松本美須々ケ丘などに勤務し、2003年まで山雅サッカークラブ(当時)でプレー。同年設立された育成部(ユースアカデミー)指導に携わり続け、国体少年県選抜チームも率いた。日本協会公認A級コーチ。松本市島内。
(長岩将弘)
岸野靖之ユース監督コラム「情熱は足りているか」2   (2013年5月2日号より)
山雅ユースのプレーを初めて見た時、「球際が弱くてプレーが緩く、勝負にこだわっているのかな?」と感じた。皆、「勝ちたい」という気持ちはあったと思うが、勝つために何をすればいいのか分からないようだった。
気になったのは、プレー中の声掛けができないこと。基礎的な戦術を理解していないので、味方にどんな指示を出せばいいか分からない。自分がどう動けばいいかも分からず、ボールを持たない時はじっとしている。
それから、ボールへの執着心が薄いこと。1対1の競り合いでは、けがをする恐怖を乗り越え、ボールに飛び込まなければいけない。その際、味方が駆け付け、2対1、3対1と数的有利な状況をつくる。それを90分間繰り返しできるのが、運動量が豊富なチームだ。
ユースでは、最終ラインを高くし、コンパクトな陣形で相手陣に攻め込む攻撃的なサッカーを目指している。相手ゴール前でボールを奪い得点機をつくるので、競り合いでの勝利は必須だ。
通常、弱いチームが勝つには自陣で守りを固めるカウンターサッカーが効果的だが、それは相手に合わせる受動的な戦術。プロになる選手は育ちにくい。
半年間繰り返し教えるうち、練習の空気が変わってきた。開始前に仲間と雑談をするなど、塾感覚で来ている子も多かったが、今は練習前後に自主的に走ったりストレッチをしたり。戦術も徐々に覚え、仲間への声掛けも内容が濃くなった。
自宅や学校で自主練習をする選手も出てきた。教えられたことを習慣化するまで練習し、自分でも勉強する。ボールに食らいつく心を持つ。全ての行動の根底にある「意識」が変わったのは良い変化だ。
伸びが早い子は、トップチームの練習に参加させている。
(ユース監督)
ホーム未勝利続き ブーイングの決断 第8節岐阜に逆転負け   (2013年4月16日号より)
ホーム初勝利を懸けて14日の第8節、リーグ最下位の岐阜をアルウィンに迎えた山雅だったが、1−2で逆転負けした。8試合を終えた山雅の成績は、アウェーが3勝1分けに対し、ホームでは1分け3敗。なぜホームでは勝てないのか。アルウィンに足を運んだ9000人以上のサポーターからは、落胆と憤りの声が挙がった。
試合終了後、普段なら送られる拍手や声援はほとんどなかった。たとえ、どんな試合でも選手の健闘をたたえ、温かい対応をしてきた山雅サポーターだが、あいさつをする選手に対して場内から一斉にブーイングが。「ここホームだぞ」「いい加減にしろ」「情けない試合をするなよ」。これまでにない厳しい光景だった。
前半、風上を選んだ山雅はその選択が成功。「真っすぐに蹴ろうとしたら、足が予想よりもボールの深い場所に当たった」という鉄戸の左からのクロスが、風に乗りゴールに吸い込まれ41分に先制。
しかし、後半34分と39分に、途中出場の相手FW新井に、右サイドからのクロスを頭で決められるという同じ形で2失点し、7節まで0勝2分け5敗の相手に今季初勝利を与えた。
北信越リーグ時代から応援する松本市蟻ケ崎の46歳の女性は、「昨季はJ2で22番目のチームとしてどんな相手にも必死に戦っていたが、今季はいちずさを感じない。『どんなプレーでもサポーターは応援する。ここでならスターになれる』と勘違いさせた自分たちにも責任がある。そういう思いでブーイングをした」という。
「いつも、いい雰囲気で戦わせてもらっているのに申し訳ない」「勝てないのでブーイングは当たり前」。多くの選手が反省の言葉を口にした。だがサポーターの思いを本気で自覚し初心に帰ることができるのか。応援が慢心を招いていると思わせるようでは、観客の気持ちはどんどん離れていく。
「声を出して互いにカバーし合う、相手よりも先にボールに触る。そういう基本的な部分、気持ちで勝負する部分を、もう一度みんなで見直さなければいけない」。チーム在籍最長5季目の鉄戸は、かつて挑戦者としてがむしゃらに戦っていたJFLのころと同じような言葉を口にした。
(倉科美春、長岩将弘)
古紙回収で「エール」 山雅後援会とクラブが地域支援事業   (2013年4月16日号より)
松本山雅後援会と松本山雅FCは14日のFC岐阜戦から、資源物回収を中心とした地域支援事業「YELL(エール、YamagaEco−LogyLinkの略)」を始めた。アルウィンでの試合時、場内で出るごみの分別回収をするほか、観客らが持ち寄る古紙を集め、収益を地域に還元。回収スタッフには障害者も加わり、障害者の就労・社会参加支援にもつなげたい考えだ。
分別回収ボックスはスタジアム内6カ所に設置。新聞や雑誌、段ボールなどの古紙回収ステーションはアルウィン近くの駐車場に2カ所、アイシティ21(山形村)のシャトルバス発着所そばに1カ所、計3カ所に設けた。駐車場での古紙回収はキックオフ時間に締め切るが、アイシティ21そばのステーションは常設とし、24時間誰でも持ち込める。
回収スタッフとして、後援会内にボランティア組織「エコバモス」を創設。「障がい者就労支援ネットワークまつもと」に参加する施設の利用者や職員がメンバーとなる。山雅スポンサーでもある資源リサイクルのしんえこ(春山孝造社長、松本市島立)が回収業務を手掛ける。
運営費削減も狙いのひとつだ。以前はごみ箱を置かず、持ち帰りを呼び掛けていたが、昨季はJ昇格に伴い、観客や飲食ブースが増加。特にアウェー側の観客は持ち帰りが難しいとの配慮から、一部を回収した。後援会によると、クラブが負担したごみ処理費は約200万円に上った。
今後は常設の古紙回収ステーションを増やしたい考え。14日、アルウィン近くの駐車場で古紙回収に立った同社社員の杣谷豊さん(38)は「中には『同じ捨てるなら、わずかでも山雅の役に立てたい』と言ってくれる人もいた。運動として根付き、広がるといい」と期待した。
松本市街地に応援フラッグ 街全体で戦う   (2013年4月11日号より)
松本商店街連盟と松本山雅FCは今月、主に中心市街地の商店街や大型店など計21カ所で、山雅応援フラッグ(旗)の掲出を始めた。応援ムードを盛り上げようとJ参戦前から続く取り組み。今年は選手の直筆サイン入りフラッグも交ぜ、「お気に入りの選手のサインを探しながら街歩きも楽しんでほしい」と、市街地活性化にもつなげたい考えだ。
フラッグは街路灯から下げる形式と、のぼり旗形式の2種類。サインは4日現在の登録選手32人分があり、1カ所あたり1、2選手分を1枚ずつ交ぜる。今月から順次掲出し、松本ぼんぼんなどのイベント時を除いて、原則的に11月のシーズン終了まで掲げる予定だ。
4日は山雅の元選手で同FC事業本部ホームタウン担当の片山真人さんも参加し、中町商店街と本町商店街で商店主らが飾り付けた。
街路灯1本につき左右2枚ずつ、中町は計100枚を、本町は計76枚。中町は野澤、喜山、本町は小松、飯尾和各選手のサイン入りフラッグも掲げた。
中町商店街は昨年、商店主らで観戦ツアーを初めて企画。「商店主の関心は高まっている。街の魅力のPRと、今後どう結びつけていくか」と、同商店街振興組合の水城利真理事長(55)。
本町商店街の掲出にはボランティア4人も参加。同商店街振興組合の村山謙介理事(35)は「市民も巻き込んだ活動を積み重ね、地域を挙げて応援する雰囲気を、徐々に高めていければいい」と話した。
片山さんは「街全体で戦っている感じがするし、選手の力にもなる。中心市街地だけでなく、郊外にも広がるよう協力していきたい」と話した。
(長岩将弘)
岸野靖之ユース監督コラム「情熱は足りているか」1   (2013年4月11日号より)
2月に山雅ユースのU−18の監督に正式に就任した。私が、子どもを教える上で最も大事にしているのは、誰よりも情熱を持ちグラウンドに立つということだ。「情熱は足りているか」と常に問いかけながら、35人の選手を育てている。
私がサッカーを始めたのは中学3年生。それまで柔道をしていたが、休部していたサッカー部を友達と復活させて以来、本格的にサッカーの道を歩むようになった。
18−31歳、三菱重工業サッカー部(浦和レッズの前身)や読売サッカークラブ(東京ヴェルディの前身)でDFとしてプレー。引退後の93年にJリーグができた。プレーヤーとしてうらやましくもあったが、ヴェルディで育成指導する立場になっており、「プロを育てる」というのが、私の目標になった。
以後、94年から2004年までトップのコーチを務めた。育成組織にいる子どもたちの指導もした。
コーチは選手に最も近い立場だ。監督はほとんど外国人だったため、選手の意思を監督に伝えるつなぎ役になったり、個別練習の相手になったり。その中には中澤佑二(現横浜F・マリノス)や森本貴幸(UAEリーグのアル・ナスル)ら日本代表や後に海外で活躍する選手も大勢いた。
一流選手に共通していたのは「勝ちへのこだわり」と「努力する才能」だ。
試合よりも厳しい練習をする。定められているのが10周なら11周走る。学校にボールを持っていき、休み時間に練習する。睡眠時間や食事もこだわる。「こうなりたい」という目標に向け、自分に何が足りないか、何をすればいいかを考え、実践できた。
最近の子どもに欠けているのが、この努力する才能だ。「次は何をすればいいですか」とすぐに聞いてくるが、与えられたものをこなすだけでは、努力している選手とどんどん差が開く。
今ユースでは、選手の意識の変革を行っている。
発展途上を実感 J2第6節 神戸に1―2   (2013年4月4日号より)
2008年、北信越リーグだった山雅が、J1神戸に0―8で敗れた天皇杯4回戦。6節は山雅がJ入りを目指した道のりで最大の大敗を喫した相手と、同じリーグでまみえることになった。地域リーグからJまで上り詰めた5年間の成長を、どこまで見せられるか。当時を知る人たちが、期待と不安を抱いて見守る中、開幕から首位を走る優勝候補に1―2で敗れた。
「神戸との差は、(戦力以外にも)まだまだある」。この日の試合後、08年の神戸戦も見た人たちは口をそろえた。サポーター集団「ウルトラスマツモト」代表、疋田幸也さんは、それを「(専用の練習場がないなど)環境やサポーターの意識の差」と言う。
5年前の試合は、神戸のホームスタジアムに山雅サポーター約300人が訪れ、最後まで諦めずに声援を送った。その姿に胸を打たれた神戸サポーターが、松本へ帰る山雅サポーターのバスに、「応援良かったぞ」と言葉を掛けた。
しかし「声の大きさや気迫など、今回は相手の意識が勝っていた。クラブと地域の結び付きが、山雅はまだ浅い。チームを愛する気持ちをサポーター一人一人がもっと持ち、地域に広げなければと感じた」(疋田さん)。
神戸は阪神淡路大震災が起きた1995年に本格始動し、97年にJ入りした。チームの活躍が被災した人々の励みになり、その思いを今も試合前に必ず歌う「神戸讃歌(さんか)」というチャントに託している。
神戸のサポーター集団「11STONES」のコールリーダー高田賢次郎さんは「アルウィンのホスピタリティーは素晴らしい。山雅は松本の誇るべき文化になっている」と話す。
一方、5年前の試合に出場した山雅の選手で、現在もクラブ運営に携わる人が3人いる。その一人でクラブ広報を務める小澤修一さんは「チームとしても、組織としても、100あった差は20まで縮まった」と、しながら「その20を埋め、スタジアムに足を運んでくれる人を増やさなければ」という。
毎年順調にホームの観客を増やしてきた山雅だが、今季の開幕戦の観客数が昨季を下回った。その後の2戦も昨季の平均動員数と変わらない9000人台にとどまり、足踏み状態が続いている。
同じ土俵に立ったからこそ見えた課題がある。10年、20年と続き、真に地域に根付くクラブになるには、まだ発展途上だということを実感させられた再戦だった。
(倉科美春)
「失点0」が役割、厳しさ突き詰め DF飯尾和也   (2013年4月4日号より)
「試合に使ってもらう以上、失点を0に抑えなくては、何の役割も果たしていないということ。悔しい」。今季初先発で初出場を果たし、3バックの真ん中でDF陣を統率した飯尾和は、硬い表情で絞り出した。
順調に滑り出した山雅は前半13分、相手GKがはじいた玉林のシュートを船山が押し込み先制したが、直後にポポのミドルシュートで同点に。後半26分、再びポポのシュートで逆転を許すと、その後に相次いで得たセットプレーの機会も生かせず、試合を終えた。
神戸の安達監督が「堅い守備を崩しきれず、3点目が遠かった」と評した通り、5節までJ2最多得点の神戸の攻撃をよくしのいだ。
しかし飯尾和は「全体的によくできても、1本でもシュートを打たれ、それが決まれば失点になってしまう。誰がということではなく、シュートを打たせない意識を、誰もがもっと持つ必要がある」と力を込めた。
今季はホーム3戦で未勝利。「相手の長所を分析し、事前に注意を促してもやられる。このところ隙だらけ」と、指揮官はいら立ちを隠さない。参入2年目でJの舞台に慣れ、隙を生んではいないか。
「失点には理由がある。何度も苦い思いをしてきた自分が率先して、普段の練習から厳しさを突き詰めていかなくてはいけない」。昨季J2通算300試合出場を達成したベテランは、かみしめるように決意を話した。
ポジション争いも白熱 MF楠瀬とMF喜山   (2013年3月28日号より)
新選手の加入で、ポジション争いが白熱している。先発から漏れる昨季のレギュラーも少なくない。どの選手も、好機が巡ってきたら確実にものにできるよう練習を重ねている。長崎戦で、今季ホーム試合で初めて先発したのは3人。その中に昨季活躍した楠瀬と喜山もいた。
相手はJ新加入の“後輩”だが、山雅はホームの強風に苦しんだ。セカンドボールを拾えず、後半20分に先制を許す展開。ロスタイムにPKを得て、辛くも追い付いた。

楠瀬は、前節のアウェー札幌戦に続き左ウイングバックで先発。後半30分からは、左のシャドーストライカーの位置に入ったが、持ち味のドリブルで逆にボールを奪われる場面が目立ち、「消化不良。ただ、一つ自分の中で収穫があったのは、(2戦続けて)フル出場できたこと」。
楠瀬にとって90分は大きな壁だった。昨季、90分間プレーできたのは、出場30試合中わずか5試合。途中交代が13試合で、今季も3節まで途中出場が続いた。
「いつも緊張して、途中で足がつってしまう。その不安がさらに緊張を呼ぶ。体力にも自信がなかった」。攻撃的なプレースタイルとは裏腹に、繊細な性格。克服のため開幕前のキャンプで走り込みを重ねた。
手応えを感じたのは、札幌戦。フル出場したが緊張はなく、自身J5季目にしてリーグ戦初得点も決めた。
「玉林もよく走るが、時速25キロを超えるランは楠瀬のほうが上」と、反町監督もその潜在能力を評価する。
「今日も足はつらなかった」と楠瀬。弱さを克服し、能力を最大限に発揮できれば、チームの大きな力になる。そのために必要な自信を、実戦を重ねる中で少しずつ確かなものにしようとしている。

「自分のパフォーマンスがどうこうというより、この試合に勝ちたかった。引き分けは残念です」。前節の札幌戦で左脚を傷めたボランチ岩沼に代わり、今季初の90分フル出場を果たしたものの、試合後の喜山の弁に喜びの色はなかった。
精力的に相手の攻撃の芽を摘んでは、果敢にヘディングで浮き球を拾った。最後まで攻守に足を止めず駆け回り、ゲーム体力や試合勘に問題はないことを証明した。
新加入だった昨季は中盤の要として39試合に出場したが、今季は開幕から3節、ベンチを温め続けた。しかし「開幕してからずっと調子は悪くなかった」という指揮官の言葉通り、今季初出場となった前節は、楠瀬の逆転弾をアシストした。
激しさを増すポジション争いについて喜山は「チームがレベルアップしていくために必要なものだと思うし、その中で勝つことが自分の成長にもつながる」と前向きだ。
初先発、フル出場で「やっとスタートラインに立てたかな、という思いはある」。表情を引き締め、レギュラー定着を狙う。
(倉科美春、長岩将弘)
「あのころのよう」歴史たどる本発売 松本山雅ものがたり   (2013年3月28日号より)
松本山雅FCの半世紀近い歴史をまとめた『松本山雅ものがたり』(ベースボール・マガジン社刊)が、話題となっている。クラブは1965(昭和40)−78年に松本駅前にあった喫茶店「山雅」常連客の同好会活動が発端。店主の山下忠一さん(昨年6月に91歳で死去)の長女、慶子さん(63、塩尻市宗賀)=写真=は「あらためて『山雅』のルーツを知ってもらえればうれしい」と話す。
長野市出身のフリーライター倉田ひさしさんが、関係者らへの取材を通して執筆。クラブ結成前夜から昨季のJ昇格初年までをたどった。
忠一さんは客らから「お父ちゃん」と慕われ、同好会活動も時には私費を投じて支援。慶子さんは「穏やかで、人と話すのが好きだった」と振り返る一方、「戦争に行き、さまざまな苦労をしたようだ。仲間意識や人の絆といったものに、人一倍強い思いがあったのかもしれない」ともいう。
「あのころのように、若い選手が『山雅』というチームのもとで頑張っているのを見ると、胸が熱くなる。今後もファンが増えてくれればうれしいですね」と慶子さん。
四六判、240ページ。1470円。
ホーム初戦飾れず J2第3節 熊本に1―2   (2013年3月19日号より)
サッカーJリーグ2部(J2)第3節の17日、松本山雅FCは松本市アルウィンでロアッソ熊本と対戦し、1―2で敗れ、ホーム開幕戦を白星で飾ることができなかった。
観客1万2959人のうち、98・8%(1万2808人)が山雅サポーターで、スタンドのほぼ全面を緑一色に染め上げた。
父親の田畑健さん(38、安曇野市三郷)と朝8時半から並んだ葵君(8)は「待ちに待ったホーム戦。絶対勝ってほしい」と親子で声を張り上げ、応援した。
熊本サポーターで、関東地区から約40人と敵地に乗り込んだ時任総明さん(29、川崎市)は「ホーム初戦とはいえ、観客の多さと一体感のある応援に圧倒された。J2年目とは思えない」と感心していた。
この日は、山雅主催のリーグ戦累計入場者数が2005年以来、50万人を超え、50万人目に花束など記念品が贈られた。
山雅は前半28分、熊本のヘディングシュートで先制され、後半は立ち上がりから果敢にゴールを狙うも同34分、逆に追加点を奪われた。終了間際のロスタイムにMF玉林睦実選手がゴールを決めたが及ばなかった。
攻守に持ち味出せず黒星   (2013年3月19日号より)
開幕からのアウェー2連戦を1勝1分けで乗り切り、ホームでの初戦を迎えた山雅だが、待ちわびたファンやサポーターらと歓喜を分かち合うことはできなかった。攻撃陣が力を発揮、サイドから崩す得意の形で2点を挙げた熊本に対し、山雅は持ち味を出しきれないまま90分を終えた。反町監督は「相手の強みを話し、対応も準備してきた。それでもやられてしまったのは、われわれに精神面で問題があったからかもしれない」と絞り出した。開幕からホームで2連敗した熊本にとって、どうしても勝ちが欲しい1戦だった。指揮官は「一番大きいのはボールへの執着心」と指摘した。
試合は前半から熊本がボールを支配。何度も山雅ゴールに迫った。白井の好守などで耐えていた山雅だが28分、ついに先制を許す。
後半は立ち上がりこそ攻め込んだものの34分、再び決められ突き放された。
山雅はパスを通せず、ボールを奪われもし、攻撃のリズムをつくれない時間が続いた。攻撃がようやく形になってきたのは、相手の運動量が落ちた終盤。後半ロスタイム、左CKに玉林が合わせ1点を返したものの、追撃は及ばなかった。
「油断も慢心もなかったし、勝ちたい気持ちも負けていたとは思わない。ただ、相手は行くべき時に行き、そうでないときは引く余裕や冷静さがあった」と振り返ったのは北井だ。先制し、試合の主導権を握り続けたことで、熊本が精神的に優位に立ったことは確かだろう。「いいプレーで流れを変えられればよかったが…」と悔やんだ。
反町監督は試合後、「負けた悔しさをばねにし、同じ間違いをしないように進歩することが大事」と強調。「高い授業料だが、分割でなく、一括で払えてよかったと思いたい」。独特の言い回しで立て直しを誓った。
次節は20日、札幌と敵地で対戦する。

玉林「チームが勝てなければ点を取っても喜べない。もっと仲間と声を掛け合い、コミュニケーションを大事にしたい。後半はチャンスもあった。正確なパスをつなぎ、きっちり決めることを徹底したい」

長沢(11年シーズン熊本でプレー)「もう少し自分が起点になれれば良かった。前に急いでいる感があり、うまく試合に入れなかった。点を取って早く山雅の一員として認められたい」
(取材班)
にじむ責任感 名実とも柱へ ゲーム主将DF飯田   (2013年3月19日号より)
昨季29節の熊本戦から着けるキャプテンマークを今季も託され、ゲーム主将を務める飯田。山雅J2年目のホーム開幕戦は、チームと自身にとって、苦い結果となった。
2失点ともサイドを崩され、マークの受け渡しミスで相手をフリーに。試合後は、しばらく報道陣の前に姿を見せず、頭が冷えるまでバスにこもり悔しさと戦っていた。
「自分のミスでやられた」。ミスの責任を背負い、取材にも悔しさを隠さない。冷静だが、どこか一歩引いていた昨季までのスタンスとは、大きく違っていた。
187センチの長身に加え、フィジカルやスタミナなどの能力の高さで、流通経済大から08年、当時J1の東京Vに入団。出場機会を求めて移籍した山雅では、その素質を武器に活躍してきたが、実はある不安を抱えていた。
「自分には、どん底まで落ちて何もできなくなる悪い波が、一定の周期で訪れる」。その波に苦しみ、大学時代はサッカーをやめようとまでした。
だが、山雅でプレーするようになってからは、その波がなくなってきたという。「もし波が来ても今なら大丈夫。越えられる」。在籍4季目。チームがJ入りを決めた11年はJFL34試合中31試合、昨季はJ2で39試合に出場。主力として実戦を積んだ経験が、自らを成長させた。
3バックの右から中央へ移った今季は、守備の統率役として昨季まで飯尾和也が担ったラインコントロールも任される。ゲーム中は常に敵味方の動きを見渡し、左右のDFやウイングバックに指示を出す。「試合が終わるたび、声がかれそうになる」。慣れない役割を、全力でこなしている。
チーム全体と、守備陣のリーダーを任された27歳には、求められる仕事の質も、背中にのしかかる重圧も、これまでと比べものにならないほど重い。
だが、逆らえないと思っていた波を自然と越えられたように、この重みに耐えて自らを成長させ、チームの柱になろうとしている。
スタ飯も激戦! 「山雅」冠した5品誕生   (2013年3月14日号より)
17日のホーム開幕戦が迫ってきた。試合はもちろんだが、スタジアムグルメ「スタ飯」も楽しみの一つだ。クラブは今季、「山雅の名を冠するメニューについて、よりおいしく、こだわった物を」と、12日に試食会をアルウィンで開き審査。その結果、5品の「山雅スタ飯」が誕生した。アルウィンの新名物として期待が高まる各メニューを紹介する。
試食会には今季出展する31企業の中から、6店が参加した。
ぎょうざのみせさくら(松本市並柳4)は松本山雅・肉まん。国産の肉と野菜入りのあんを包むのは緑色の皮。塩尻市の特産の大豆「あやみどり」を入れた。
ホテルブエナビスタ(同市本庄1)は松本山賊焼丼山雅風と山雅勝つカレーパン。「アウェー客に名物の山賊焼きを味わってほしい」と丼に。甘酢を絡め、食べやすくした。
CoCo壱番屋(同市村井町北1)は山雅勝(かつ)カレー。女性にも好まれるよう、トンカツにはバジルソースを掛けた。
グラン・シャリオ・コンパニー(同市並柳1)は山雅クレープ。味は和風、フルーツミックス、サラダの3種類。JFL時代に販売し好評だったクレープをさらに改良し、復活させた。
各店はクラブのアドバイスを反映させ、当日までにさらに改良を重ねる。
ホーム戦飲食部門の総責任者、山村和永さん(44)は「試合と食は双璧。アルウィンならではの特色を出し、リピーターや新規の観客を増やしたい」と話す。

今季の出展店舗は11店が新店舗だ。19店舗が毎回固定で出店し、残りの12店舗がA、B日程に分かれ、試合ごと入れ替わる。
(倉科美春)
山雅応援歌CD発売へ 作業大詰め「絆伝えたい」   (2013年3月7日号より)
松本山雅FCは、地元の子どもたちやサポーターらが歌うチャント(応援歌)を収めたCD「山雅流儀〜YAMAGASTYLE〜」を発売する。昨年4月、試合観戦でアルウィンを訪れた音楽出版担当者が雰囲気に感動し、同FCに制作を打診。「応援の一体感や、スポーツ・音楽を通した人々の絆も伝えられれば」と、大詰めの作業に取り組んでいる。
アルウィンでのファン感謝イベント(昨年11月)の際に録音したサポーターの歌と、今年2月26日に録音した宮田保育園(松本市宮田、原恵子園長)園児の歌から計12曲を使う。短い曲は幾つかを別の音楽に乗せてつなげるなど編集・再構成し、再生時間は30−40分ほどになる見込みだ。
3月中にデジタル配信を始め、4月以降にCD化。詳細は山雅公式サイトなどで追って発表していくという。
同保育園には、企画したフジパシフィック音楽出版(東京都港区)制作本部ゼネラルプロデューサーの岩谷千里さん(50)らが訪れ、年長児27人の歌声を録音した。
曲は選手入場時のテーマ「中央線」。岩谷さんは「体を動かしてもいいよ」「ノリノリでいっちゃおう」などと盛り上げ、園児は元気な歌声を響かせた。
家族で山雅の応援に行き、同曲もよく歌うという尾台咲和ちゃん(6)は「マイクがあって緊張したけれど(CDの完成が)楽しみ」と話した。
同FCは「アーティストを招きアルウィンでライブを開いてもらうなど、CDをきっかけに音楽の輪が広がれば」と期待。岩谷さんは「地域に愛されている点や観客の一体感など、Jクラブでも山雅は特別だと感じる。反響次第だが、いろいろな人を巻き込み、山雅と音楽のすてきな関係に携わり続けたい」と話す。
(長岩将弘)
栃木に1─0で白星スタート サポーター歓喜に沸く   (2013年3月5日号より)
サッカーJリーグ2部(J2)は3日に開幕し、1節の11試合を各地で行った。松本山雅FCは、栃木SCと栃木県グリーンスタジアム(宇都宮市)で対戦し、1─0で勝利。J参入2年目の初戦を白星で飾った。
この日を待ち望んだ多くのサポーターが松本平から駆け付け、観客8686人のうち約3500人が山雅サポーター。アウェーのゴール裏とバックスタンドの約半分が緑に染まった。
母親の和美さんの友人が作った、山雅の公式マスコット「ガンズくん」の帽子をかぶって観戦した円山陽向ちゃん(5、松本市本庄)は、昨年山雅の試合を見てサッカーを始めたといい「今日もみんな頑張れ」と、選手に憧れのまなざしを向けた。
元日本代表のMF三都主選手ら、有力選手をそろえた栃木を冷静に抑え、前半33分にFW塩沢選手が先制。後半は何度か攻め込まれる場面もあったが、GK白井選手の好セーブなどで危うい場面を逃れ、試合終了を迎えるとサポーターの喜びは爆発。敵地に喜びの「ワンソウル」を響かせた。
「新加入の選手に勢いがあった。J1昇格プレーオフ圏内(3─6位)を目指してほしい」と、百瀬秀樹さん(40、同市入山辺)は今季の戦いに期待を寄せた。

松本市桐2のスポーツカフェガレージには、120人のサポーターが集結した。店内は新しいユニホームを着た人、仕事着のまま駆けつけた人などさまざま。大型プロジェクタースクリーンをはじめ店のあちこちに設置しているテレビモニターにくぎ付けとなった。
安曇野市の重野誠次郎さんは「家族4人で初めて来た。新加入の選手がなじんでいる感じがする」と言い、松本市四賀の加納栄子さんは「昨年のアウェー観戦もよくここに主人と来たけど、今日は一人で見に来ました」。
「お客さまの中には、途中までインターネットを見ていたけど、たまらなくなって来たという方もいらっしゃった」とオーナーの久保村明弘さん。塩沢選手のゴールでハイタッチ、ピンチをしのいだ白井選手のファインセーブで安堵(あんど)の大きなため息…。地元松本も、初戦の勝利に沸いた。
(山雅取材班)
J2季目確かな手応え 昨季の鬼門栃木から開幕戦勝利   (2013年3月5日号より)
昨季リーグ戦で唯一勝ち点を挙げられなかった栃木から、今季は敵地での初戦で、勝ち点3を挙げた山雅。2度の合宿や練習試合などを通し、開幕前から指揮官がしばしば口にした「いい準備」ができていたことを示した。チームはより厳しさを増したJ2季目を戦う、確かな手応えを得たようだ。
「浮いたボールが多くJ1の試合とは違ったが、われわれは自分たちのできる最上級のサッカーを目指してやってきた。その積み重ねを結果として出すことができた」と、反町監督は試合を振り返った。
立ち上がりこそ栃木のペースだったが、北井らが積極的にシュートを放ち、次第に攻撃のリズムをつくると前半33分、玉林の右サイドからのスローインを受けた北井が、遠いサイドの塩沢にクロス。塩沢が頭で合わせ、先制した。
山雅はリードしたまま折り返した後半も、集中を切らさない堅い守備。度重なる栃木のセットプレーもはね返し続け、1点を守りきった。
栃木がボールを支配し、回す間に、山雅は守備陣形を整えて待ち構えた。ボールを奪っては、素早い切り替えや攻撃のスピードなど、チームの持ち味を発揮。全員が足を止めることなく攻守に走り切り、サビアや近藤ら、栃木の実力者に長所を発揮させなかった。
一方で、栃木を上回る16本のシュートを放ちながら、得点はセットプレーからの1点だけ。「前線の3人が連係をとり、決定的なシュートをもっと増やせれば」と北井。
クロスバーをたたくシュートも前後半で1本ずつ浴び、「バーに救われた試合」(反町監督)という面があったのも事実だ。
それでも、北信越リーグ1部だった09年以来の開幕戦勝利が大きな自信になることは確かだろう。同年は全国地域リーグ決勝大会を制し、JFLに昇格している。
「Jリーグ40クラブの中でも、最も厳しい練習を積んできたはず。今日の勝利で、また次へのモチベーションが生まれるのではないか」と反町監督。次節は10日、昨季16位の愛媛と敵地で対戦する。

塩沢(Jの舞台では初の開幕スタメン)  「(左膝を昨年11月に手術し)開幕に間に合い、スタメンに入れたこともうれしいが、何より開幕戦で勝てたことがうれしい」
飯田(3バックの真ん中で守備を統率) 「自分が真ん中になって初めて無失点で抑えられた。横との連係も良くなってきている。何度か危ない場面はあったが、ほぼ守りたいように守れた」
自身の弱さ認め一翼担う MF玉林   (2013年3月5日号より)
昨季に続き3バックを採用する山雅は、左右のウイングバックが攻守両面にどれだけ力を発揮するかが勝敗の鍵を握る。その両翼を左の鉄戸と並んで担うのが、右の玉林だ。昨季定着したポジションを守り、開幕戦は先発出場を果たした。
チーム在籍4季目で、最長の5季目の鉄戸に次ぐ古株になった。山雅のJFL時代は控えに回ることが多く、チームがJ入りを決めた11年は、リーグ34戦中12試合の出場にとどまった。
「自分は情けないほど下手。それを認め、何ができるか考えた」と、昨季を振り返る。献身的な走りに活路を見いだし、反町監督に認められた。体も引き締め、2年前より体重を約3キロ減らした。
何より変えなければならなかったのは、その消極的な心だと言う。「ボールを持つとすぐに、横や後ろの選手に逃げのパスをしてしまう。『前に意識を向けろ』と、反町監督に教えられた」。この日の試合後も、真っ先に口にした自身の課題は、安易なショートパスなど、前に向かう姿勢が足りなかったことだ。
今季は、飯尾竜太朗や朴光一(パク・カンイル)など、同じポジションを狙う若手が加入し、背中を追われる立場に。「ライバルがいるのはありがたい。彼らから自分に足りない部分を吸収したい」と、前向きだ。
飛び抜けた技術はない。が、自らを変えることで昨季リーグ42戦中38試合に出場し、山雅の一翼になった男が、今季いっそうの成長を期す。
完成度上げ2季目へ 3日開幕 攻撃も進化   (2013年2月28日号より)
今季のプロサッカーJリーグは3月2、3日に1部(J1)が、3日に2部(J2)が開幕する。昨年J2に参入し、15勝14分け13敗、勝ち点59で12位だった松本山雅FCは、開幕戦で昨季11位の栃木SCと栃木県グリーンスタジアム(宇都宮市)で対戦する。

指揮を執るのは引き続き反町康治監督。昨季から残る14人に新戦力18人を加えた計32人で開幕を迎える。
チームは1月17日に始動し、静岡県御殿場市で1次(1月24日|2月3日)、鹿児島市で2次(2月7−18日)の、計23日間にわたる合宿を行った。J1の清水、浦和、韓国リーグを制したFCソウルなどと、1、2次合わせ計8試合の練習試合もこなした。
方針が浸透している既存選手に加え、新戦力も練習に参加させ、練習姿勢や人柄などまで見極めて獲得した選手ばかり。効率的にメニューを消化できた上、完成度・理解度も高く、指揮官は「プラン通りに運び、充実した合宿だった」と振り返った。
2月24日は愛知県豊田市で、J1名古屋と開幕前最後の練習試合(45分×2回)を行った。FW玉田やDF闘莉王、GK楢崎など主力がほぼそろった相手と互角に渡り合い、2−2で引き分けた。
1回目の立ち上がりは動きが硬く、3分に名古屋DF田中隼(松本市出身)に先制を許す。しかし徐々に立て直し、30分にMF楠瀬が同点弾を放つと、38分にはMF北井が逆転ゴールを決めた。終了間際の44分に追い付かれたが、2回目も豊富な運動量で攻守に躍動。昨季J1で7位の相手に、一歩も引かない戦いぶりを見せた。
「2点ともこちらから仕掛け、相手を崩して取れた」(楠瀬)、「周囲がサポートに動き、攻撃の選択肢を増やしてくれる」(北井)など、昨季は着手が遅れた攻撃面での手応えも聞かれた。
「微調整すべき点はあるが、チームとしてやることを整理できた。いい形でシーズンに入れるのは間違いない」と反町監督。自信と決意を胸に、チームは2季目の激闘に身を投じる。

J2は昨季と同じ22クラブが参戦。本拠地と敵地で1戦ずつ行うホーム・アンド・アウェー方式の総当たり2回戦、全42節で争う。順位は勝ち点(勝ち=3、引き分け=1、負け=0)の合計で決め、勝ち点が同じ場合は得失点差、総得点数、当該チーム間の対戦成績−の順となる。
3クラブがJ1下位(16−18位)と入れ替わり、1、2位は自動昇格。3−6位でトーナメント方式のプレーオフ(準決勝12月1日、決勝同8日)を行い、優勝者が昇格の残り1枠を手にする。
ただしクラブライセンス制度により、財務や組織、施設といった各分野でJ1基準を満たしていないクラブは昇格できず、プレーオフにも出場できない(山雅は今季J1ライセンス交付済み)。
また下部リーグのJFL(日本フットボールリーグ)でJ2基準を満たしたクラブが上位となった場合、下位2クラブが入れ替え戦など降格対象となる。
開幕戦でぶつかる栃木には、昨季リーグ戦で2度とも敗れた。今季の栃木は持ち味の堅守に加え、元日本代表のMF三都主など、前線を中心に実力者を補強。2月16日のプレシーズンマッチではJ1川崎を2−0で破り、順調な仕上がりをうかがわせる。

【チケットガイド】
ホーム試合は松本市神林の総合球技場アルウィンで21試合。前売り券はS席2500円(高校生以下1500円)、A席2000円(同1000円)、ホーム・アウェー側とも自由席1200円(同500円)など。コンビニエンスストアの情報端末などで購入できる。
当日券は各500円増し(高校生以下は前売りと同額)。未就学児は大人1人につき1人まで無料で、松本市と周辺の小中学生には学校を通じ、ホーム自由席の招待券を配る予定だ。ホーム全試合を観戦できるシーズンパスもある。問い合わせは松本山雅事務局・電話88・5490
(長岩将弘)
J2年目が始動 3月3日開幕に向け初練習   (2013年1月19日号より)
Jリーグ2部(J2)参戦2季目となる松本山雅FCは17日、今季のチーム練習を開始した。引き続き指揮を執る反町康治監督の下、昨季の12位を上回り、J1昇格プレーオフ圏内となる6位以内を目指す。
積雪のため、松本市のやまびこドームで室内練習。ファンやサポーター200人ほどが見守る中、昨季から残る16選手と、新加入16選手のうち大学生1人を除く計31人が約2時間、ランニングやパス回しといった軽めの練習に取り組んだ。
新加入選手が半数を占め、うち10選手が高校・大学生という顔ぶれ。反町監督は「もはや新しいチームと言える。昨季やってきたことをベースに精度を高め、積極的にゴールを狙うチームをつくる」と決意を話した。
チーム最長の在籍5季目となる鉄戸裕史選手は「プロの世界に飛び込む若い選手が多いことは、いい刺激と緊張感を生む。横一線のスタートなので、まずは試合に出られるようトレーニングを重ねる」と気合を込めた。
チームは1次(24日−2月3日、静岡県御殿場市)と2次(2月6−19日、鹿児島市)のキャンプを経て、3月3日の開幕戦に臨む。開幕戦カードは22日に発表される。
J2年目 試される年   (2013年1月3日号より)
サッカーの松本山雅FC(松本市)は今季、Jリーグ2部(J2)2年目のシーズンを迎える。続投する反町康治監督の下、J1昇格のプレーオフ圏内となる6位以内を目指す。
昨季は12位で終了し、Jの舞台で戦えることを証した山雅。しかし、若手選手育成システムの構築、専用練習場の整備など、組織や環境面での課題も浮かび上がっている。
Jリーグは今季からクラブライセンス制度を導入。各クラブは財務や人事組織、施設といった分野について毎年審査を受け、参加条件を満たさなくてはならない(山雅は今季J1ライセンス交付済み)。地域の活力源として期待が高まる中、Jに対応した組織として、いっそう力を試される年となりそうだ。
J2は22チームが参戦し、3月3日に開幕。本拠地と敵地で1戦ずつ行うホーム・アンド・アウェー方式の全42節で争う。
(長岩将弘)
J初年の経済効果と2年目の目標   (2013年1月3日号より)
観光・地域づくりのシンクタンク事業に取り組む松本市のNPO法人「SCOP(スコップ)」が12月、昨年の松本山雅FCによる県内への経済波及効果が約24億2000万円に及んだとの試算結果を発表した。山雅の力を地域づくりに生かすため、結果から見える手応え、課題、またJ2年目へのアイデアは−。クラブ運営会社、市内旅館組合連合会、ホームタウンである松本市に、それぞれ聞いた。

【シャトルバスや空港利用へ─松本市政策部長・寺沢健さん】
金額の大きさに驚いた。プロクラブの力を実感するとともに、経済効果にとどまらないさまざまな面で、松本の強みのひとつになり得るという手応えを感じている。
ただ、中心市街地まで経済効果が及び、市民が実感できているかどうかについては、検証が必要だろう。
市は昨夏から、松本駅前とアルウィンを結ぶシャトルバスに助成し、1時間に1本だった便数が15分に1本になった。しかし、観客数から割り出した利用率は5%程度だ。
今季はガンバ大阪が降格し、観戦者増も予想される。訪れた人を中心市街地に導き、課題である駐車場対策や周辺の渋滞緩和などのためにも、シャトルバスの使い勝手を工夫し、利用率を上げたい。
昨季はスタジアムで観光パンフレットや農産物を配り、市のPRに努めた。今季はフジドリームエアラインズ(FDA)就航先であるコンサドーレ札幌も降格。空の便による相互交流の弾みになると期待している。

【県外サポーターにも着目─松本市内旅館組合連合会会長・小林磨史さん】
アウェーサポーターだけではなく、県外から来る山雅サポーターが1割近くもいたことに驚いた。しかし、松本市内に泊まる客はまばらだったのが昨年の印象だ。
彼らにどうすれば市の中心部に足を運んでもらえるかを考えたい。
例えば、お得な宿泊回数券を作ったり、街中の飲食店と協力してスタンプラリーをしたり。日帰りの人にも、観戦後にホテルで入浴や仮眠をし、長時間の移動に備えてもらうようなプランを作れば、宿泊客が少ない日曜のホテルの活用にもなるのではないか。各宿泊施設がアイデアを絞り、誘客につなげるチャンスだ。
昨年10月、松本、浅間温泉、美ケ原温泉の3つの旅館協同組合と、松本観光コンベンション協会、山雅が協力し、市内の宿泊施設や観光場所を紹介する「観戦・観光ガイド」を作成し、山雅ホームページにアップした。PRの場としてうまく活用したい。

【松本山雅社長・大月弘士さん】
われわれが1年やってきたことで大きな経済効果が生まれ、非常にうれしく思う。一方で、地域の中でそれだけ大きな存在ということでもある。謙虚な姿勢と感謝の心を忘れず、今後もサッカーを通して、まちづくり、人づくり、未来づくりに貢献していきたい。
昨年は昇格初年で、運営や広報など、何につけても「J仕様」に合わせるのがやっとだった。スタジアムでのイベント的な部分や、飲食を含めた物販は、もっと戦略的に進めたい。再入場の仕組みや、入場前にゲート外から楽しめる仕掛けなどを求める声も多く、考えていきたい。
松本市や中信地区だけでなく、県内の広範囲から多くの人が応援に来てくれていることが分かった。多くの県内出身選手がトップチームで活躍すれば、これをさらに促すことができる。そういった点からも人材育成は重要だ。今季は中川村出身の宮下周歩選手が加入し、南信からの来場者増も期待できるのではないか。

【山雅の昨季の経済波及効果】
観客へのアンケート結果(有効回答数1895人)やクラブからの提供データなどを用い、より「実測」に近い形で導き出した。シーズン開幕前の試算14億1千万円を大きく上回り、JFL時代(11年)の6億6千万円の4倍近い。新潟や仙台など地方主要都市のクラブと同規模で、「経済効果は破格の大きさ」という。
SCOPは、試算額が予想を大きく上回った要因として▽中信以外の地域や県外など、広域からの来場者が多かった▽来場者のスタジアム内外での消費活動が活発だった▽県外へアウェー観戦に出向く人が多かった(交通費他)−などを挙げている。
(長岩将弘、倉科美春)
夢はアルウィンの大声援 ユースアカデミー   (2013年1月3日号より)
松本平育ちのJリーガーの輩出は、地域に夢を与え、地元に根ざすクラブの使命だ。山雅の選手育成組織「ユースアカデミー」のU─18(18歳以下=高校生年代)チームにとって、Jの監督を務めた岸野靖之氏を指導者に迎える今年は、目標の実現に向けて本格的に踏み出す年になる。専用練習場がないなど課題はあるが、過酷な環境でも若者はひた向きに夢を追う。選手や監督の思い、育成に定評があるJ1サンフレッチェ広島の取り組みを探った。

午後7時。松本市の中心地から離れた梓川ふるさと公園で、選手たちはボールを追っていた。現在25人。主力は山雅U─15(15歳以下)出身の1年生だ。県外出身者もいる。
高校の授業後、約2時間の練習を週4日行う。練習場所は市内の中学校や市営のグラウンド。土・日曜は高校の部活動チームなどと練習試合をし、山雅のホーム戦の日は試合運営を手伝う。
山崎生希君(15、松本美須々ケ丘高1)は「いつか、サポーターの応援を受けてアルウィンでプレーしたい」と、笑顔で夢を語る。

岸野さんは、昨年11月からアドバイザーとしての活動を始めた。まず、目指すのは意識の変革だ。
「同年代の選手に負ける。これが今の実力」。松商学園高との練習試合後、敗れた選手に厳しい言葉を掛けた。
県内の高校と競う「U─18県リーグ」の3部に所属する山雅にとって、現状は松商など1部の強豪校にも勝つのが難しい。だが、同世代との競争に勝ち、全国に通用する力を付けなければJリーガーにはなれない。
「みんなの意識が、『負けてもいい』から、負けると悔しいに変わった」と、古市真也君(15、松本県ケ丘高1)。岸野さんの言葉を真剣に聞く選手の表情に、諦めない闘志が表れた。

クラブはU─18強化に向け、新1年生の獲得に力を入れた。県内各地で開かれた中学年代の試合に足を運び、いい選手をスカウト。選考会も2度開き、県内外から45人が応募した。山雅U─15出身選手を合わせ、今年の入団選手は13人前後になる見込みだ。

【サンフレッチェ広島では─地域密着ユース 選手は町の誇り】
「育てて勝つ」。2012年のJ1年間王者に輝いた「サンフレッチェ広島」の理念だ。昨年のトップチームの広島ユース出身選手は9人。どんな環境で選手を育て、彼らは地域にどんな影響を与えているのか。育成の先進地に聞いた。
広島の専用練習施設「吉田サッカー公園」は、広島市内から約40キロ離れた安芸高田市吉田町にある。サッカーで町おこしを望んだ旧吉田町が同市に合併する前の98年、整地費用も含め約25億で設置。ユースのグラウンドは人工芝。約8000平方メートルある。
ユースは全寮制で、全員が同町にある県立吉田高校に通う。
クラブは、選手の人間性の育成を最も重視しており、日常生活でのあいさつを徹底。ユースの監督は、頼まれれば市内の中学や高校サッカー部にも指導に行くなど、非常に地域に密着している。そのためユース自体のファンもおり、Jユースカップや全日本ユース選手権の決勝などには市民約100人がバスで応援に行くという。
「同じ高校で学んだ子どもにとってJリーガーは友達であり、市民にとっては、道でよくあいさつをしていた子。『あの子を応援しよう』と、自然にスタジアムに足を運ぶ。地元の誇りでもあり、身近な存在でもある」(同市教育委員会文化スポーツ振興室)という。

【夢追う生活大忙し U─18の一日】
ユースの県外出身者3人は、松本市内のアパートで共同生活しながら練習に励んでいる。いずれも松商学園高校1年の篠原貫太君(16、埼玉県坂戸市出身)、岡野大貴君(16、同県日高市出身)、松原隼君(16、岐阜県瑞浪市出身)。親元を離れ、どんな生活をしているのか、昨年12月上旬に訪ねた。
午後10時、練習から帰った3人は部屋で夕食。朝食、昼食は高校の学食で食べ、夜は学食がパック詰めしてくれた夕食を持ち帰る。この日のメニューはシチューとハンバーグ。1台の電子レンジで、交代で温めて食べた。
毎日の生活は忙しい。大部分を占めるのは授業と練習。帰ったら洗濯をし、合間に勉強する。皿洗いと風呂掃除は当番制、ごみ出しはじゃんけんといい、「家事は大変。親のありがたみを実感した」と口をそろえる。
苦労は協力し合って乗り切る。誰かが寝坊したら起こして登校。夜中にトイレが壊れ、みんなで知恵を絞り、応急処置したこともあるという。練習後も「今日の練習きつかったな」「やりきったね」と、励まし合いながら帰途に就く。
「(サッカー選手として)中途半端なことはしたくない。地元の誇りとなる選手になりたい」。その言葉から、3人の覚悟が見えた。
「この料理もおいしいけど、やっぱり母ちゃんの料理が食べたいですね」と篠原君。
みそ汁、シチュー、ミートソース…。母や祖母が作ってくれた大好きな料理を挙げる時、3人は子どもらしい表情に戻った。
「あるのが当たり前だったけど、思い出すと恋しくなる」と松原君。家族や友人の応援を支えに、故郷を離れ夢を追う。

【岸野靖之さんに聞く】
─昨年11月から選手を指導している
ボールを止める、蹴るといった基礎から教えている。相手と1対1になった時、どうすれば味方に有利なパスができるか、などの基本的な判断力もまだ低い。
大切なのは、勝負へのこだわりを持つこと。意識が変われば、普段の練習や日常生活でも、勝つためにはどうすればいいか考えるようになる。
他のJユースなどに大敗してきたので、負けることへの抵抗感が薄い。勝つ喜びや、勝ち続ける難しさも知らない。今年の目標は、Jユースと対戦して、1得点でもする。そして、まず1勝したい。
─今年入団する選手は、よりレベルが高い人材を選んだ
「普及」から「強化」に変わる年。新1年生と現1年生の間で競争が生まれる今年が本当の始まりだ。
選手の獲得には苦労した。僕も何人かの候補者の両親に会って話をしたが、良いグラウンドや寮がある高校の部活に比べると、山雅を選ぶメリットは低いと難色を示す人も多かった。
トップがJFLから一気にJに上がったが、そのスピードに、環境整備を含め、育成は付いていけてない。そもそも長野県では、クラブユースの仕組みが理解されていない。ユースからプロを早く育てる必要がある。
10年かかるなら、5年、3年と短くするのが僕の仕事。礼儀や、仲間を思う気持ちなど、人間として一番大切な部分はきちんと備わった子どもたちなので、そこは苦労していない。責任と愛情を持ち、持っているものを全て伝えたい。

【きしの・やすゆき】1958(昭和33)年、和歌山県生まれ。2007年から当時J2のサガン鳥栖、10年から12年3月まで横浜FCの監督。現在は山雅ユースのアドバイザーを務め、2月から監督に就任。
(倉科美春)


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