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元選手の神田文之さん社長に 15年2月1日就任  (2014年12月18日号より)
サッカー松本山雅FCの運営会社・松本山雅(松本市鎌田2)は17日、元山雅選手で同社取締役管理本部長の神田文之さん(37)が2015年2月1日付で新社長に就任すると発表した。10年に会社を設立して以来、初の常勤社長が誕生する。
神田さんは山梨県出身で、00年にJ2ヴァンフォーレ甲府に所属。05年9月−06年2月、当時北信越リーグ2部だった山雅に在籍し、中盤の選手として2部優勝に貢献した。現役引退後は東京都内の不動産会社に勤め、12年4月に山雅へ入社。13年に総務部長、14年4月から取締役管理本部長を務める。
神田さんは「社員が一体となる仕組みをつくり、トップチームと同様、会社を成長させていく。地域にどう貢献できるかを常に考え、発信するクラブにしていく」と話した。
他の役員も併せて発表。加藤善之常務取締役GM兼チーム統括本部長と上條友也取締役事業本部長が、それぞれ現職務兼任で、副社長に就任。大月弘士現社長は代表取締役会長に就く。
J1昇格記念イベント 5万人が感謝の大声援  (2014年12月11日号より)
松本山雅FCとホームタウン4市村などでつくる実行委は7日、松本市の中心部で山雅のJ1昇格を記念する一連の催しを開いた。参加者はイベント全体で延べ5万人(主催者発表)。山雅色に染まった街で、人々は快挙を成し遂げたチームへの感謝や快哉(かいさい)を叫びながら、国内最高峰リーグでの活躍も願った。
朝は冷え込んだが、登城パレードの沿道は開始前から熱気十分。オープンカーと各町会の舞台(山車)に分乗した反町康治監督や選手らは、大声援に笑顔で手を振って応えた。
昇格報告会では、実行委員長を務めた井上保・松本商議所会頭のほか、ホームタウンの首長らも祝いの言葉を述べた。
反町監督は「沿道でお疲れさま、ありがとうと声をかけてもらったが、私たちこそそう言いたい」とあいさつ。「うれしく思うと同時に、来季、死力を尽くして頑張らなければとあらためて思う」と、表情を引き締めた。
選手代表であいさつに立った喜山選手は鐡戸や塩沢、飯田といった各選手にもマイクを向けた。永井や道上、玉林選手らがパフォーマンスを披露し、会場を沸かせる一幕も。
今季で引退する飯尾和選手が「この熱を、来季開幕に持っていきましょう」と締めると、集まった人たちは凱歌(がいか)「勝利の街」の大合唱で応じた。
子ども2人と訪れた井上あすかさん(松本市里山辺)は報告会を見届け、「本当にJ1昇格を成し遂げたんだなあと、あらためて実感した」と感慨深げ。
長女のことねさん(9=山辺小3)は田中選手のファンで、「早くけがを治して、来年も頑張ってほしい」と願っていた。
(取材班)
「山雅らしい」今季の総括  (2014年11月27日号より)
松本山雅は、23日の第42節水戸ホーリーホック戦でも自分たちのサッカーを表現し、J1昇格を決めた2014年シーズンをいい形で締めくくった。
前線から守備をし、ボールを奪ったら素早く前へ運んでシュートを打つ。点が取れなくても、そこで得たCK、FK、スローインなどから相手ゴールを何度も襲う。相手にボールを奪われたらすぐに複数人で体を寄せ、再びボールを奪って速攻を仕掛ける。
前線の選手が後ろまで来て守り、後列の選手が最前線まで攻め上がる「山雅らしい」ダイナミックな攻撃的サッカーで、見る者を魅了した。

開幕戦はアウェー東京V戦、船山のハットトリックで始まったが、ホーム戦でも心に残るプレーが数多く生まれた。4月26日岐阜戦の岩上のFK、8月10日栃木戦の船山のミドルシュート、7月26日東京V戦での村山のビッグセーブ…。5月24日磐田戦の激闘、11月9日千葉戦のJ1昇格凱旋(がいせん)試合での完勝など心を熱くする試合もあり、数え上げればきりがない。
サポーターをスタジアムへ向かわせた要因は、勝利だけではなく、90分間あきらめず、ひたむきにプレーする選手たちの姿だ。
選手は昨季J1昇格プレーオフ進出を逃した悔しさ、サポーターやボランティアの支え、チームメートへの思いなど、さまざまなものを抱いて戦った。その数が多かったからこそ最後まで全力で走り抜けられたに違いない。
チームはJ2フェアプレー賞を獲得。熱くてクリーンな戦いをした。熱くて礼儀正しく、フレンドリーなサポーターと共に、アルウィンにすがすがしい空気をつくり出した。
最終節戦後、ゲーム主将の飯田はサポーターにこう呼びかけた。
「皆さんの手はゴールが決まった時に隣の人と喜びを分かち合い、声は僕たちに勇気をくれるものであって、決して誰かを傷つけるものではありません。周りを見渡してください。このスタジアムには年配の方、子ども、車椅子の方など幅広い人がいます。中でも子どもたちはクラブの宝。皆さんと一緒に、10年後、20年後ここで試合をするかもしれない子どもたちが安心して夢を見られるスタジアムづくりをしていきたい」
選手とサポーターがこうした思いを共有した“仲間”(飯田)でいる限り、山雅は成長を続けるだろう。
(松尾尚久)
秘めた思い 3選手の今シーズン  (2014年11月27日号より)
J2昇格からわずか3季で、悲願のJ1昇格を成し遂げた山雅。「どの選手もかけがえのない存在。その集合体が大きな成果を生んだ」−昇格を決めた39節・福岡戦後に反町監督が話したように、経歴や境遇は違えど、あらゆる選手が努力を重ね、力を尽くした。それぞれの思いを秘めて戦い抜いた3選手の今シーズンに迫った。

【鐡戸裕史−自分に何ができるのか】
同一クラブで地域リーグからJ1昇格までを経験した選手は、おそらく鐡戸以外にいまい。
山雅で迎えた実に3度目の「昇格」。16番を背負って6季目のチーム最古参は、その瞬間をピッチ上で迎えた。号泣し、仲間とがっちり抱き合って、過去2回の昇格とは少し違う戦いが実った喜びを爆発させた。
北信越リーグ1部だった09年6月に加入。豊富なスタミナや高精度のキック、多彩な攻撃のアイデアなどを武器に、主に左サイドバックとして主力を担い、JFL、J2への昇格に貢献した。
J2参入初年の12年は37試合に出場したが、同ポジションを争うライバルが増えた昨季は22試合に減少。特にシーズン後半はベンチ入りさえ思うようにかなわず、「ネガティブな時期を過ごした」と振り返る。
だが、ある時に気づいた。「出られないからチームに貢献できない−では、選手としてここにいる価値はない。お金を払って見に来て、応援してくれる人たちがいるのは、とても幸せなこと。昨季を繰り返してはいけないと思った」
出られないときに何をするのか。チームの一員として何ができるのか−。飯尾和とも相談し、行動に移した。
普段の練習から決して手を抜かず「ゆるさ」を見せないのはもちろん、公式戦の翌日に行う控え主体のトレーニングマッチでも積極的に声を飛ばし、「公式戦のような雰囲気づくりや、公式戦と同じプレーの質を追求したつもり」。
ベンチに入れば、ロッカールームで出場メンバーにタオルを配ったり、あおいで熱を冷ましたり。「いい雰囲気をつくってくれた」と、飯田をはじめ何人もの選手が、鐡戸の献身を証言している。
その飯田とともに故・松田直樹さんの墓参りをしたのは、最終節前のオフの日。J1昇格を報告しながら「『山雅を全国区にする』というマツさんの願いは、まだ達成していないと思う。これからも自分がやれることをやっていく」と、新たな挑戦を誓った。
補強も見込まれ、来季のレギュラー争いはさらに厳しくなるであろうことは覚悟の上。「ピッチに立つことを目指すのは当然として、自分に何ができるかを常に考え続けていくのは、その先の人生にもプラスになるはず」。最終節を終えてなお、鐡戸の表情は引き締まっていた。
(長岩将弘)

【岩沼俊介−1対1勝負にこだわり】
昨季は不動のボランチだったが、今季第4節からポジションを左ウイングバック(WB)へ変更。「複数のポジションをできるのが自分の強み」との言葉どおり、新たな“職場”で安定した仕事ぶりを見せ、チームの躍進に大きく貢献した。
守備時は最後列まで下がり、攻撃時は最前線まで駆け上がるWB。CB、MF、FW、すべての選手たちとコンビネーションを組みながら上下動するため、体力のみならず、高度な戦術眼が必要だ。
その中で、岩沼がこだわったのは「1対1」の勝負。ボールを奪う、相手の攻撃を遅らせる、相手の攻撃をサイドへ追いやる、正確なクロスボールを上げさせない…。派手さはないが、岩沼がサイドを制することで、中で構えるCB、MF陣が助かり、試合の行方を左右した。
1対1の強さは日ごろの練習で磨いた。「なんといっても、紅白戦の相手が山雅の選手だから。最後まで全然動きが落ちない。毎週すごく鍛えられた」
けがで9月に3試合欠場。「全試合出場を目標にしているので、すごく悔しかった」が、けがが治ると、反町監督はすぐ岩沼をピッチへ送り出した。「『やれ!』という強いメッセージを受け取った。プレーで返すしかないと思って戦った」
12年のJ1札幌時代に30試合出場。J1のサッカーを肌で知る数少ない選手の一人だ。
「無理に攻めきらないのがJ1。守備の隙ができるまでじっくりパスを回し、ワンチャンスを決めてくる。我慢する時間帯が増えるだろう。でも、最後まであきらめずに走り切って戦う『自分たちの形』が出せれば大丈夫。走力や球際の強さなどを泥くさくやっていくことが大事」
昨年、他のJ1チームから声がかかる中で山雅へ来た。サポーターやアルウィンなど、数多くのやりがいを感じての決断だったが、「もっと成長したい」と飢えていた岩沼にとって、反町監督の存在も大きかった。
「反町監督の下なら成長できると思った。まだあらゆる面を伸ばさなきゃいけないし、伸びると思っている。来季は3年ぶりのJ1。自分がどれだけ成長したか試したいし、サポーターにそのプレーを見てほしい」
(松尾尚久)

【山本大貴−鍛えられ多くを学んだ】
J1昇格を決めた決勝弾は、今季途中加入した大卒ルーキーの一撃だった。後半26分、船山からパスを受けると落ち着いてボールを運び、左足を振り抜いた。「あの時は妙に冷静になれた」と、山本は振り返る。
その10分ほど前、ピッチ上で「しっかりしろ」と、田中に頬を張られていた。冷静になれたのはそのためか。問うと「どうでしょう」と苦笑し、「でも、これまで半年の間に、このチームで得てきたものも大きかったと思います」と、力を込めて答えた。
熊本県出身。地元のルーテル学院高では、3年時に主将として出場した全国高校選手権で得点王。進んだ駒澤大でもエースとして活躍し、世代別代表の経験もある。
しかし、入団したJ1仙台では5月以降、試合から遠ざかった。攻撃陣の故障が相次いだ山雅の誘いを受け、移籍したのは6月初め。「試合に出て経験を積みたかった。ほぼ即答だった」という。
反町監督からは試合後の記者会見で「ダメ出し」をされることもしばしばだが、厳しさは期待の裏返しでもあるのだろう。
「意識が高まり、プレスバックもできるようになってきた」と指揮官が一定の成長を見て取れば、田中も「俺は言ってもできないやつには言わないから」と期待をかける。
その田中ら、ベテランから多くを学べたことも収穫だ。田中が右膝のけが(半月板損傷)を周囲に明かさずプレーをしていたことを知り、「尊敬し直したし、そういう背中を見て、自分ももっとタフにならなきゃいけないとも思った」。
一方で、プロ選手としての喜びを知ったのも山雅だった。「チャント(応援歌)をつくってもらったのは初めての経験だったし、結果が出せない時も声を枯らして応援してくれた。めちゃくちゃうれしかったし、支えられた」と、ファンへの感謝を明かす。
アルウィンでの最終節でもゴールを決め、過去最多の大観衆の前で成長の一端を示した。「(クロスを上げた岩上)祐三君のボールがよかっただけ」というものの、プロ初年で計7得点。確かな手応えをつかんだに違いない。
「山雅での全てが貴重な経験。精神面では鍛えられ、力不足ばかりを思い知り、それらも含めて、いいシーズンだった」。振り返る声音にも、半年前にはなかったたくましさがにじんだ。
(長岩将弘)
J2第42節 勝利で終幕 過去最高の入場者が選手激励  (2014年11月25日号より)
来季J1昇格を決めているJ2の松本山雅FCは、今季最終節の23日、松本市のアルウィンで水戸ホーリーホックに3−0で快勝し、有終の美を飾った。入場者数は過去最高の1万8496人を記録。観客たちは新たなステージへ向かう選手たちを激励した。
今季限りでチームを去る野澤洋輔選手が先発し、好セーブで場内をわかせたほか、同じくチームを去る玉林睦実選手と引退を表明した飯尾和也選手も終盤に出場。チームの功労者に応援歌の大合唱が起こった。
観戦した細野正志さん(52、松本市里山辺)は、今季を振り返り「飯尾和選手は大好きだったので引退が残念。山雅選手の一生懸命走る姿が好きなので、J1に上がっても今のスタイルは変えずに頑張ってほしい」と話した。
最終戦セレモニーでは、飯尾和選手が引退スピーチ。仲間やファンに感謝を述べつつ、「J1でも山雅旋風を巻き起こしてほしい」とチームにエールを送った。10年7月の運営会社設立時から務めた大月弘士社長が今季限りでの社長退任を表明し、スタンドからは驚きの声が起こった。
山雅は松本駅前にあった喫茶店常連客らの愛好会としてスタートし、来年は50年目を迎える。
支える(5) 試合運営担当・長谷川亘さん  (2014年11月20日号より)
長谷川亘さん(29)は、事業本部運営部で試合運営を担当する。
一口で言えば、「試合を滞りなく進めるタイムキーパー」だ。「試合と同じで、週に1度の90分間にいい仕事ができるかどうかは、準備にかかっています」という。
ホーム試合時はテレビ中継の時間を基準にチームやイベント関係先と折衝し、キックオフ時間を決めるところから始まる。
スケジュールが決まったら、相手チームや審判団、マッチコミッショナー、ボールパーソン−など、ピッチに関わる全ての人への説明や打ち合わせ。
アウェー試合時もチームに帯同し、ピッチサイドに立つ。準備の内容もほとんど変わらず、「1週間はあっという間です」。

新潟県十日町市生まれ。小学生でサッカーを始め、やがて選手より指導者を目指す気持ちが強くなり、新潟経営大(加茂市)2年生だった05年、部のマネジャーに転向。当時は大学リーグに加え、社会人カテゴリーの北信越リーグにも同じチームで参戦でき、指導や運営の基本的なノウハウを実地で学んだ。
大学を卒業した08年度は、地元の高校で非常勤講師を務めた。充実はしていたが「もっとサッカーに関わりたい」と翌09年、コーチとして母校に戻った。
山雅がJFL昇格を決めたのは同年末。試合運営のできるスタッフを探しており、山雅と縁があった部の指導者の推薦もあって、10年1月から山雅で働き始めた。
実は山雅との縁は、ともに北信越リーグに参戦していた大学時代にあった。
同大での試合時、近所からの要請で、急きょ応援団の鳴り物がNGに。それを山雅側へ伝えに走ったのが、長谷川さんだった。
「ずっと後で分かったのですが、僕は鳴り物を初めて止めた人物として、一部で知られていたそうです。今からすれば、何か運命的なものにも思えますね」とほほ笑む。

現在のスタッフの中でも古株という長谷川さん。J1昇格を決めた39節・福岡戦(1日)にも居合わせ、さぞ感慨深かったろうと思いきや、「選手もサポーターも想像以上の盛り上がりで…。感動に浸る余裕もなく、収拾に追われました」と苦笑する。
松本に戻り、報道に接してようやく実感が湧いてきたというが、「一番実感するのは、たぶん来季の開幕戦でしょう」という。
「これからやらなくてはいけないことはたくさんありますが、『お客さんに楽しんでもらう』という、最も大事にするところは変わりません」と長谷川さん。
「目指すのはJ1昇格ではなく、アルウィンを満員にすること。今まで山雅を知らなかった人にも来てもらい、もっと日常に根ざした、身近な存在になればいい。そのために、今後も頑張ります」
(長岩将弘)
来季J1ライバルからも祝福−事務所に花など続々  (2014年11月20日号より)
松本市鎌田2にある山雅事務所1階の車道に面した窓際に、J1昇格を祝って寄せられたコチョウランの鉢植えやスタンド花(花輪)が並び、祝賀ムードを感じさせている。
普段はカーテンを閉めている窓際に並べるだけ並べたスタンド花は30基、コチョウランは20鉢ほど。花が新鮮なうちに楽しんでもらおうと、並べきれないスタンド花は、花束にし、近所に「おすそわけ」したという。
クラブ広報によると、福岡戦の翌日(2日)から、続々と届けられた。その他祝いの品や祝電なども含めると、計100件ほど。多くはスポンサーからだが、地元の鎌田町会や湘南、甲府といった縁のあるクラブからもあった。
花がもつかぎり飾る予定。クラブ広報は「とてもありがたいこと。これらの花を見ると、社員やスタッフ一同、あらためてすごいことを成し遂げたんだと実感する」としている。
J2第40節 凱旋勝利「らしさ」失わず千葉に2―1  (2014年11月13日号より)
J2は9日、各地で40節を行った。過去最多の観客が詰め掛けたアルウィンにジェフユナイテッド千葉を迎えた山雅は、2−1で勝利。前節、大きな目標だったJ1昇格を決めた後も「らしさ」を失うことなく戦い、好調の千葉に9試合ぶりの黒星をつけた。
山雅は前半立ち上がりからボールに素早く寄せ、千葉に攻撃の形をつくらせない。14分にスローインの流れから岩上が上げた右クロスを、喜山が頭で押し込み先制。42分、左CKから失点と思われたが、相手ファウルでノーゴールに。リードしたまま折り返した。
後半23分には、飯尾竜の右クロスに岩上が頭で合わせ、追加点。
千葉は選手交代とともに並びを修正。徐々にリズムを取り戻し、終盤に攻勢を強める。ロスタイムに犬飼のクリアミスを森本に決められたが、直後に試合終了の笛が響いた。

試合前、千葉を「今J2で最も勢いのあるチーム」と評していた反町監督。仮想J1とは言い切れなくても、これまで積み重ねてきたものを確かめ、今後を占う1戦だったことは間違いない。
多くのファンの大歓声に迎えられた凱旋(がいせん)に値するチーム、選手であるか−。そんな問いも、「昇格決定後」の大きなモチベーションになっているだろう。
アシストという結果で起用に応えた飯尾竜が「もっとやらないと、(田中)隼磨さんからポジションを奪えない」と闘志をたぎらせれば、村山は「あと5秒、10秒、耐える力がなくては」と失点を悔やんだ。
「昇格を成し遂げたこのメンバーで戦えるのもあとわずか。集大成を見せなければ」。両得点に絡んだ岩上と、足をつらせるほど激しくピッチを駆け回った船山が、口をそろえた。
(長岩将弘、松尾尚久)
J1昇格決定後初のホーム戦白星 過去最多1万8114人祝う  (2014年11月11日号より)
サッカーJ2の松本山雅FCは9日、松本市のアルウィンでジェフユナイテッド千葉と対戦し、2−1でJ1昇格決定後初のホーム戦を白星で飾った。冷たい雨にもかかわらず、観客は過去最多の1万8114人。試合後は昇格報告セレモニーがあり、集まった人たちはあらためて昇格の喜びを分かち合った。
セレモニーで、反町康治監督はチームスローガンの「ワンソウル」とかけて「来年も『J1ソウル』で頑張りましょう」とあいさつし、喝采を浴びた。
チーム最古参で在籍6年目の鐡戸裕史選手は、JFL、J2と過去2度の昇格を振り返りつつ「今年は毎試合が『山雅劇場』だったんじゃないかと思う」と話した。
JFL時代の11年からアルウィンに足を運んでいる石曽根一能さん(44、松本市寿台)は「ピッチに立てない選手の思いも込めて応援した。鐡戸選手の言葉に感無量」と、しみじみ。「まだJ1のステージに立つ権利を得ただけ。横浜FMや名古屋を倒す力を付けたとき、初めて『昇格した』と言える気がしている。選手もサポーターも、今年以上のものを目指さなくては」と、来年に思いを向けていた。
夢の昇格果たした5選手の覚悟と決意  (2014年11月6日号より)
1日、敵地・福岡での大一番を制し、J1昇格を決めた松本山雅FC。試合後、選手たちが胸の内を明かした言葉からは、それぞれが秘めてきた覚悟や決意がうかがえた。サッカー人生を懸けた挑戦、サッカーに対する情熱、地元や亡きチームメートへの誓い−。印象的だった5選手のコメントを紹介する。

【FW船山貴之】
(先制弾は)ずっとあの形を狙っていた。ボールを足元に収めたときにはシュートを考えていた。コースは見えていたが、あまり良いシュートではなかった。気持ちで決めたゴール。
(J2昇格を決めた試合も点を決めたが)それは運に過ぎない。2度の昇格は人生にとってプラスだ。
(得点後サポーター席へまっしぐらだったが)あれが一番の喜び。体が自然と向かっていた。
栃木から山雅に来たとき、いろんな意味で次はないと思っていた。監督に出会って変わった。変わらないと試合に出られなかった。
一番変わったのは運動量の増加。攻守にわたり、出ていく力、戻る力が増した。周りに助けられての成長で、いい人たちとの出会いが成長の最大の要因。
J1で戦うには、もっと走らなければいけないし、カウンターの鋭さも磨かなければいけない。うちと戦い方が似ている鳥栖があそこまでできるなら、うちらにもできるのでは、との思いもある。
でも、今大事なのは、残り3試合をしっかり戦うこと。昇格が決まった後、だめな試合ばかりだったらみんな悲しいと思うから。

【MF岩間雄大】
前半得点できなくても、福岡に流れが行くような雰囲気ではなかった。後半は絶対に自分たちの方が走れるし、チャンスも多くつくれる。必ず自分たちの時間が来ると、みんな分かっていた。
東京都リーグから始まったキャリアだが、J1までたどり着いた。あきらめずにやってきて良かったし、多くの人に助けられたと、この年齢になって感じる。
松本への移籍当初は、なかなかポジションがつかめなかった。今でも手応えはないし、監督も納得していないと思う。もっと早くピンチの芽を摘みたい。攻撃のつなぎ役ももっとやりたい。
来年は国内最高峰リーグで山雅がどこまでできるか挑戦したいし、全国の人に松本山雅というチームを知ってもらいたい。
地域に密着し、昔から積み重ねてきたものが松本山雅を支えている。山雅に対する熱が昇格の一番の原動力だと思う。サポーターのみなさんにJ1に連れて行ってもらったのだと感じている。

【MF喜山康平】
監督には「戦える選手」にしてもらった。昔は「うまくやろう」と考えてプレーし、Jで通用せず、結果JFLへ行った。それが今、ユニホームを汚して相手のボールを奪い、走って戦うスタイルに。そういうところでしか生き残れないと今は思っている。
山雅加入直後は、先発できず、ポジションも定まらなかった。でも監督は、調子が悪くても使い続けてくれたし、失敗した後にもチャンスをくれた。それが自分にとっては一番大きかった。
ここでだめならサッカー選手としてもうだめだろう、という覚悟で山雅へ来た。チャンスをくれた山雅のために、ひたすら戦ってきた3年間だった。
客席の埋まったサッカー専用スタジアムでプレーできるのが一番の幸せ。サポーターには本当に感謝している。アウェーをアウェーと感じさせない。こんなチームはJ2にない。今日はなんとしてもいい思いをして帰ってもらいたかったし、一緒に喜べて本当に良かった。
ロッカールームで「あと3試合ある」と言い合った。自分たちのやってきたサッカーを最後まで見せたい。

【GK村山智彦】
率直にうれしいし、ほっとした。シーズン序盤のパフォーマンスが悪かった時でも、我慢して使い続けてくれた監督に感謝したい。
努力を重ねられたのは、個人的にはサッカーができる喜びが根底にあったからだと思う。(山雅以前に所属していたJFLの)SAGAWA SHIGA FCが解散し、サッカーができなくなるかもしれない境遇に置かれた。山雅に入団させてもらい、しかもJの舞台で、純粋にサッカーができることがうれしかった。
それから2年でJ1に上がれた。正直、できすぎだが、これまで自分がやってきたことに間違いはなかったと思える結果だし、とても幸せなこと。
でも、これで満足したら終わり。今はJ1で戦う資格を得た、というだけなのだから。
幸い、隼磨さんなどJ1経験も多い選手がいる。そういう人の助言や教えを聞きながら、もっと成長していきたい。

【DF田中隼磨】
今思えば、あのタイミング(昨季限り)で名古屋を退団になったのも何かの運命だったのかもしれない。たぶん、今が一番、サッカー人生の中で充実している。サッカーやってるなって感じがする。
いろんな覚悟を持ってこのチームに来た。右膝の件(5月24日の15節、磐田戦で右膝半月板損傷の大けが。周囲には伏せていた)もあったし、いろんな思いがあった。博多はマツさん(故・松田直樹さん)の出生地。きっと天国で見てくれていると思い、天国に向かって昇格を報告した。
マツさんの思いを伝えていくのが俺の責任だと思うし、マツさんは俺たちを見守ってくれている。マツさんはもう戦えないけれど、その目標だったJ1で、これからも一緒に戦える。
今季の始めに、すごく楽しみだと言った。いろいろ問題はあったけれど、チームのポテンシャルを見て、これは昇格できると思っていたから。J1で戦えるかはまた別の話だけど、ちゃんと修正すればこのチームはもっと良くなる。だから、来季も楽しみだよ。
でも、本当の勝負はこれから。昇格して盛り上がってるだけじゃダメで、すぐに落ちてしまったら意味がない。
でも大丈夫。俺はJ1での戦い方、勝ち方を知っている。このチームに植え付ける。
俺が子どものころは(地元のチームがJ1に行くなんて)信じられなかった。中学生のころ、Jリーガーになるといって松本を離れた時は、みんなにばかにされた。これで松本にJ1クラブができて、ファンや子どもたちに夢と希望を与えられるような姿を見せていきたい。
膝のこともあるし、俺の勝負もこれからだね。来季開幕に間に合えばいいけれど、焦らずしっかり治したい。ここからしばらくは、自分のサッカー人生を優先させてください。
(松尾尚久、長岩将弘)
県初のJ1クラブへ 今季2位確定  (2014年11月4日号より)
来季、長野県初のJ1(サッカーJリーグ1部)クラブが誕生する。J2の松本山雅FCは11月1日、リーグ戦第39節にアビスパ福岡と敵地で対戦し2−1で勝ち、J1に自動昇格できる今季2位を確定させた。現地にはファンやサポーター1216人が集結。松本市など地元でも多くの人が観戦イベントに集まり、歴史的な瞬間に酔いしれた。
J2昇格から3年目でのJ1昇格は、Jリーグで最速となる。J1クラブの大半は企業チームが母体。地域のサポーターとスポンサーが支え、トップリーグへ参戦する市民クラブは数少ない。
試合は午後7時に開始。互いに無得点で折り返すと、後半12分に船山貴之選手が先制し、26分には山本大貴選手が追加点を挙げた。34分にはPKを献上し1点を返されたが、リードを守りきった。
J2に参入した2012年から反町康治監督が指揮を執り3季目。序盤に波に乗り切れない時期が続いた過去2季の反省から、今季は「スタートダッシュ」を目指し、開幕前からトレーニングを積んだ。
開幕戦で2年前には完敗した東京ヴェルディに3−1で快勝。序盤から手堅く勝ち点を積み上げ、22節(7月20日)以降、2位を維持してきた。
9月は白星がなく、思うように勝ち点を伸ばせなかったものの、10月は無敗で、自動昇格をたぐり寄せた。
山雅は一部条件付きながら、来季のJ1ライセンスを取得している。12月のJリーグ理事会で、J1参入が正式に決まる見通しだ。
(山雅取材班)
J2第39節 魂一つ 大一番で福岡に勝利  (2014年11月4日号より)
昇格のかかった大一番は、まさに選手、スタッフ、サポーターの魂が一つになった戦いだった。山雅の動きに硬さはなく、仲間を信じ、己を信じ、がむしゃらに戦ういつものサッカーを貫いて、ピッチ上を躍動した。
試合開始直後、センターサークル付近から放たれた岩上のロングシュートに、山雅とつながるすべての人の気持ちが込められているように見えた。
火が付いたように走り回る選手たち。前線から激しくプレスし、自陣でボールを奪えばロングボールを最前線へ入れてこぼれ球を狙ういつものスタイル。球際の競り合いの強さに、この一戦にかける選手の気持ちが伝わった。
空中戦を圧倒する飯田、サイドを激しく上下動する田中と岩沼、どう猛なまでにゴールへ向かう犬飼、空いたスペースをきっちりカバーする岩間や喜山など、全員がやるべきことを遂行。
得意のセットプレーから何度も得点機をつくるものの無得点だったが、「後半には絶対の自信がある。自分たちのペースだと声を掛け合った」(喜山)と、より前向きな気持ちで後半へ突入した。
その中で生まれた2点はまさに山雅の形。
先制点は、最終ラインの大久保のロングキックを最前線の山本が競り、こぼれ球をエースが決め、追加点は、自陣から船山−岩上−船山とつないだこぼれ球を、山本がワンドリブルしてニアサイドへたたき込む高速カウンター。
34分、PKで1点返されると、昇格へ向けた最後の試練の時間に。すかさず鳴り響いたのは、サポーターの「今日も一つになって追い求めろ俺らと−」という魂のチャント。ロスタイムに突入すると「ワンソウル」コールで選手を後押した。
最後まで鬼気迫る動きを見せ、チームを奮い立たせた田中。試合終了直後、脱いだユニホームの下からは「3松田直樹」と書かれたシャツが現れた。亡き人の思いまで大切に抱き続けるチームは、これからも一丸となって戦い続ける。
サポーター現地に1216人 翌日空港でもファン出迎え  (2014年11月4日号より)
山雅側の応援席には1216人が詰め掛け、降りしきる雨の中、大一番を後押し。試合終了の笛が鳴ると、歓喜の雄叫びが夜空にこだました。
孫を連れて夫婦で駆けつけた澤谷明さん(60、松本市神林)は「(J1という)夢を追うのも良いと思い、選手たちを応援してきた。彼らがそれを実現した瞬間は涙が出た」。妻の順子さん(60)は「勝っても負けても無条件で応援する。選手は家族のような存在」と、昇格決定を喜んだ。
会社役員の荒木信明さん(54、同市大手3)は「今季は昇格の二度とないチャンスと思い、皆で押し上げるつもりで応援してきた。J1でも山雅らしいサッカーをしてもらい、われわれは今と変わらない応援をしたい」。
06年から観戦、10年からボランティアとしても活動する高梨光子さん(62、同市蟻ケ崎2)は、J2入りから3季で昇格を争うまでになった要因を「(生活習慣など)『駄目なことは駄目』と言える監督を迎えて選手が変わった。戦い方も、J1チームのような『ぶれない姿勢』を確立した」と分析した。
コールリーダーの小松洋平さん(28、東京)は「試合後、田中選手から『これからだ』と声を掛けられた。山雅がJ1に上がる、その価値をつくるのはこれから」。
サポーター集団「ウルトラスマツモト」を創設した疋田幸也さん(38、松本市波田)は「(J1昇格で)日本の最上位リーグの試合を見ることができ、地域の子どもたちのためになる。クラブが地域に在り続けるためにも、昇格の意義は大きい」と感慨深げだった。

昇格決定から一夜明けた2日、信州まつもと空港には選手や監督を迎えようと、ファン650人が集まった。
ファンたちは、到着ロビーに選手たちが出てくると、「おめでとう」「ありがとう」と言葉をかけ、拍手で迎えた。
辰野町の60代夫婦は「ずっと思っていれば願いはかなうと山雅が証明してくれた。結婚して普段は別々に住む子どもたちともアルウィンで会い、一緒に応援して楽しかったし、感謝の気持ちでいっぱい」と笑顔。
家族4人で訪れた横山晃大君(寿小学校6年)は「選手たちもうれしそうだった」、妹の智香さん(同小5年)は「J1に上がる来年からは、いろんな有名選手が松本に来るので楽しみ」と話した。
J2第38節 富山に2−1で勝利し2位確定に王手  (2014年10月30日号より)
J2は26日、各地で38節を行った。J1自動昇格圏内の2位を維持する山雅は、最下位のカターレ富山とアルウィンで対戦。躍動する相手に苦しむ時間帯もあったものの、しぶとく山雅らしさを貫き、2−1で勝った。勝ち点3を上積みしたことで、アビスパ福岡との次節にも今季2位が確定する可能性があり、ついに昇格に王手をかけた。
富山にとって、負ければJ3降格が決まる可能性のあった今節。反町監督が「相手は捨て身。ボールへの執着心や球際の激しさに少し押された」と振り返った通り、前半は富山の気迫あふれるプレーの前に好機をつくれず、0−0で終えた。
山雅が均衡を破ったのは、得意のセットプレーから。後半17分、右サイド深くで得た岩上のFKに、大久保が頭で合わせて先制。さらに26分、飛び出した相手GKの隙を突き、飯田が体勢を崩しながらも相手クリアボールを左足で押し込む。
2分後に相手FKから1点を返されたが、勢いづいた富山の攻勢をしのぎきった。
山雅は次節に勝てば今季2位が確定。引き分けや負けでも、他チームの動向によってはその可能性がある。
試合後の指揮官や選手は異口同音に、「目の前の試合だけを見据える」と、これまでと変わらない姿勢を強調。「俺たちは強いチームじゃない。ただ、粘り強く戦っている」という田中の言葉からは、チーム内に漂う充実感や自信もうかがえた。
自動昇格争いにピリオドを打つべく、揺るぎない信念で敵地に乗り込む。
(長岩将弘、松尾尚久)
後援会安曇野支部が穂高神社で昇格祈願  (2014年10月30日号より)
安曇野市の山雅後援会安曇野支部は11月1日、松本山雅FCのJ1自動昇格祈願のイベントを開く。「安曇野から山雅を盛り上げよう」を合言葉に、地域の清掃と、穂高神社での祈願を行う。
午前8時、安曇野市の穂高神社北側駐車場に集合。30分ほど神社やJR穂高駅周辺のごみ拾い。その後、穂高神社で、昇格祈願をする。
秋の観光シーズンで、安曇野スタイルの期間中でもあることから、「山雅、安曇野のイメージアップを図ろう」と実施。自動昇格が見えたため、地域のファンの裾野もさらに広げたい考えだ。
辻谷洋一支部長(37)は「この絶好のチャンスをつかみ、一気に突っ走ってほしい。J1に昇格することが、地域の活性化にもつながる。気持ちを1つに、みんなで応援しよう」と張り切っている。
軍手持参。雨天決行。辻谷支部長・電話080・1604・9472
初勝利を飾るも課題残す Jユースカップ  (2014年10月23日号より)
Jリーグのユース(育成組織の高校生年代)日本一を決める「2014Jユースカップ第22回Jリーグユース選手権大会」の予選が4―26日、各地で開かれている。予選2試合目の山雅U―18は18日、松本市のアルウィンでYSCC横浜U―18と対戦し、6―1で快勝。同大会参戦3年目にして初勝利を飾り、悲願の決勝トーナメント進出へ望みをつないだ。
J1、J2の39クラブ(讃岐を除く)と予備予選を勝ち上がったJ3などの5クラブの計44チームが出場。11組に分かれ、各組1回戦総当たりのリーグ予選を行い、各組1位と、2位の上位5チーム、さらに地域代表4クラブを加えた計20チームが決勝トーナメントに進む。
山雅はアルビレックス新潟(J1)、京都サンガFC(J2)、YSCC横浜(J3)の各下部組織と同組。5日の初戦は、敵地で京都に1―3で敗れた。

横浜戦は前半34分、右CKからのこぼれ球をMF塩原健が右足で先制すると、その2分後、今度はFW小松蓮が相手GKのキックミスしたボールを奪い、2点目を挙げた。
調子を上げた後半は、途中出場のFW高橋晟弥が活躍。26分に中央をドリブルで突破しシュート、33分も中央から今度は左足でゴールを決めた。
41分に1失点したが、終了間際に、高橋が強烈なシュートで自身公式戦初のハットトリックを達成。ロスタイムには、さらに高橋がダメ押しとなる追加点を奪った。

岸野監督就任2年目となり、山雅ユースは着実に力を付けてきた。一昨年初出場した同大会は予選リーグ無得点のまま敗退。昨年も3戦全敗のグループ最下位に終わったが、今大会では、昨年0―8で大敗した京都戦で1点を返す底力を見せ、横浜戦では最後まで攻撃の手を緩めず、勝利へのこだわりを見せた。
しかし、試合終了後、岸野監督は「内容は最悪。フリーでのミスが多く、普段練習でできたことが試合でできないのはまさに力不足」と厳しい声。DF古市真也主将も「勝ったことはうれしいが、正直気持ちのいい勝ち方ではなかった。攻守とももっといいプレーができたはずだ。次戦までにチームの気持ちを高めたい」と話した。
最終戦は25日、昨年8強の新潟と敵地で対戦する。決勝トーナメントに進むには、勝ち点で並ぶ新潟に大差で勝つことが最低条件だ。

○…FW高橋晟弥(4得点) 「自分がゴールを決めるという強い気持ちで臨んだ。サポーターの熱い声援が力になった。次も積極的に点を取りに行く」
(高山佳晃)
プレーオフ確定に観客沸く 塩尻エキサイティングビジョン  (2014年10月23日号より)
山雅後援会塩尻支部(深澤俊英支部長)は19日、「塩尻エキサイティングビジョン」と銘打ち、山雅−京都サンガのアウェー戦のテレビ中継を観戦する催しを、塩尻市大門一番町のウイングロードで開いた。0−0で引き分け、J1昇格プレーオフ出場が確定すると、観客は喜びを爆発させた。
ビル内駐車場の4階特設会場では、約350人が大型スクリーンで観戦。京都が攻める時間が多く厳しい試合展開となったが、的確な動きでゴールを死守する選手たちに観客は試合会場にも負けない声援を送った。
観戦した古谷正実さん(45、塩尻市片丘)は「京都は強く厳しい試合になるのは覚悟していたので勝ち点1でも御の字。J1自動昇格に向けてまだまだ気を緩めないで応援したい」と話し、岩崎利雄さん(71、松本市松原)も「引き分けに持ち込めてよかった。次節は勝利してほしい」と期待した。
エキサイティングビジョンは昨年6月から始めた。ホーム戦はビル内3カ所の常設スクリーンで観戦。アウェー戦は、4階に大型スクリーンを設置している。
J2第36節 2カ月ぶりホーム勝利 大分に2−0  (2014年10月16日号より)
J2は11日、各地で36節を行い、2位の山雅は6位の大分トリニータをアルウィンに迎え、2−0で勝った。1万1238人が詰め掛けたアルウィンは、26節(8月10日)以来2カ月ぶりのホームでの勝利に沸いた。勝ち星のなかった9月から一転、今月はここまで2連勝。結果次第では次節、昇格プレーオフに進出できる6位以内が確定する。
前半は大分が開始3分で最初のシュートを放つなど、直近5試合無敗の勢いそのままにボールを支配。試合を優勢に進めた。
前半を0−0でしのいだ山雅は後半、運動量が落ちる相手に対し攻勢に出た。
26分、相手パスをさらった岩上が船山に渡すと、船山は落ち着いて相手選手をかわし、クロスバーに当てて先制弾をたたき込んだ。
10分後には相手のクリアボールを拾った岩沼が大久保へ。大久保は前線の船山に送り、エースがループシュートで追加点を挙げた。

大分は後半、疲労もあってかミスや不用意なプレーを連発。「大分が自滅した」(反町監督)感も否めない。
とはいえ、田中は前半を「後半に必ず流れが来ると思っていた。自分たちで自分たちの流れを引き寄せることができた」と表現。「相手が少し緩んだところにつけ込めた」と岩上も振り返った通り、好機を逃さずしたたかに結果に結びつけられたのは、チームの力だろう。
殊勲の2ゴールを挙げた船山は「自分の得点より、アルウィンで勝てたことのほうが大きい」と冷静だったが、「先月はずっと悔しい思いをしていた。今月はいいスタートを切れたので、これを続けていければいい」。
まずはプレーオフ進出圏内確定に向け、次節へ闘志をたぎらせた。
この日は首位湘南が引き分け。山雅は勝ち点で上回れなくなり、湘南の優勝が決まった。
(長岩将弘)
支える(4) イベント担当・武居紘基さん  (2014年10月9日号より)
事業本部運営部の武居紘基さん(23)は、抽選会などホームゲームのイベントを主に担当。スポンサーデーは先方の担当者と企画段階から会議を重ねることもあり、ファン感謝デーやキックオフイベントにも携わる。
予算や会場設備との兼ね合いもあり、何でもできるわけではない。かといってマンネリに陥らず、いかに新しいこと、面白いことを仕掛け、お客さんを引きつけていけるか−。「その辺りの折り合いをどう付けるか、いつも頭を悩ませます」。

塩尻市みどり湖出身。スポーツ好きの家庭で小さいころからサッカーとスケートに親しみ、特にサッカーは大学まで続けることになる。
松本美須々ケ丘高校を卒業後、順天堂大学スポーツ健康科学部へ。「スポーツに関わる仕事がしたい」と、首都圏にあるサッカーや野球のプロクラブでインターンシップに取り組んだ。
知り合いの縁などもあり、インターンで山雅を訪れたのは大学3年になった11年春。当時はJFLだったが、武居さんの知る山雅は、観客も少なかった北信越リーグ時代。「盛り上がりは家族や地元の友達から聞いていたが、来るまで実感は湧かなかった」
以降は長期休みや大型連休など、まとめて時間が取れるときに訪れ、数試合だったが、実際にホームゲーム運営の手伝いもした。
そのシーズン、山雅はJ2に昇格。同年度の終わりには新卒採用の打診を受けた。
「生まれ育った県で初のJクラブ誕生はすごいこと。地域の熱を肌で感じていたし、その中で働ければ、やりがいもあると思った」と振り返る。

武居さんは「地域とともに歩み、特に中高生など若い人たちの目標や憧れになるようなクラブにしていきたい」と語る。その思いの底にあるのは、高校までのサッカー経験だ。
「僕たちのころは、全国高校選手権がいわば最終目標。その先は想像しようにもできなかった。でも、今は身近にJクラブがあり、未来を見せることができる」と力を込める。
「特別な能力も資格もない自分が、しかも新卒で採ってもらえたということは、地元出身者ならではの熱意や、懸ける思いを買ってもらえたと思っている」と武居さん。
「好きな仕事をできている以上、言い訳はできない。いろいろな場面で勉強しながら、頑張っていきたいです」
(長岩将弘)
観戦を楽しみに応援グッズ作り 知的障害者の親の会  (2014年10月9日号より)
知的障害者の親の会「松本市手をつなぐ育成会」は、ジェフユナイテッド千葉戦がある11月9日を、「障害者デー」とした。いろいろな人の夢をかなえる、松本山雅の「フィールドドリームプロジェクト」の一環で、招待券400枚を提供されたため独自に設定。「自分たちなりの方法で盛り上げたい」と同会事務局でもある福祉サービス事業所ドリームワークスなどで応援グッズを作っている。
グッズは、手ぬぐいサイズの布を数カ所縫うだけで、ちょっとかぶれる帽子になる「フレフレシャッポ」。新聞に出ていた作り方を参考に、芯を入れてひさしを作るなどオリジナル性を出した。
ひさしを前にしてかぶり、後ろをしばれば帽子になる。暑い時は帽子、寒ければ首にまいてもいい優れもの。応援時は、タオルのように振り回せる。
50個ほど作り、応援する計画。小野澤ハレル施設長(51)は「1人でも多く参加し、盛り上げたい」と話す。
家族が引率できず、応援を諦める障害者がいるため、引率できるボランティアを募集中。ドリームワークス電話86・8812
J2第34節 札幌に敗れ9月勝利なし  (2014年10月2日号より)
J2は9月28日、各地で34節を行った。2位の山雅はアルウィンで11位のコンサドーレ札幌と対戦し、1−2で敗れた。失点はいずれも山雅のお株を奪うようなセットプレーからで、船山の自身7試合ぶりのゴールも及ばなかった。12戦連続無敗だった30節までから一転、その後は2分け2敗。勝ち星なしで終える、試練の9月となった。
前半12分、山雅は自陣右から札幌に与えた最初のCKを頭で合わせられ、あっさり失点。勢いづいた相手に押し込まれる中、24分にはゴール左前で与えた直接FKを沈められた。
後半開始早々から攻勢に出た山雅は8分、相手GKのパスミスを喜山が拾うと、受けた船山がミドルシュートを突き刺す。
これで息を吹き返したように攻めたが、リードを保つ札幌は守備に注力。最前線にサビアを、終盤には最終パスの精度を上げるため尹誠悦を投入したが、得点はならなかった。

試合後に反町監督は「セットプレー2つでやられたことに尽きる」と絞り出した。前半は相手ペースだったとはいえ、決してピンチの連続だったわけではない。まして後半は多くの決定機をつくれただけに、早い時間帯の2失点が重くのしかかる結果になった。
「負けは悔しいけれど、危機とは思っていない。どこも必死。自分たちの力不足を謙虚に受け止め、また1週間しっかり準備したい」。そう言って、今節の問題点を冷静に並べた喜山の姿は印象的だった。
相手の分析・対策の上を行くためには、細かく課題を洗い出し、丁寧に修正する−そんな真摯(しんし)な努力を続けるしかないだろう。スタイルをぶれさせることなく、殻を破れるか。
同日は3位磐田が勝ち、勝ち点差は5に縮まった。「下を向いてる時間はないぞ」。試合後の観客席から飛んだ叱咤(しった)は、選手たちの内なる決意とも重なったはずだ。
(長岩将弘、松尾尚久)
下位相手に足踏み−J2第32節・讃岐と0−0  (2014年9月23日号より)
J2は19、20日、各地で32節を行った。2位の山雅は20日、21位のカマタマーレ讃岐をアルウィンに迎え、0−0で引き分けた。「次につながる勝ち点1だと前向きにとらえている」と反町監督は一定の評価をしたが、同日は3位磐田が勝ち、勝ち点差は7に。9日間で3試合を行う今季最後の過密日程は、厳しい幕開けとなった。
警告累積の喜山に加え、前節でけがを負った岩沼も欠いた山雅。岩沼の左サイドには田中をまわし、田中の右サイドには飯尾竜を起用。ボランチには前節に続き尹誠悦が入る布陣で臨んだ。
前半序盤からサビア、船山らが積極的にゴールを狙い、決定機もつくったが、引いて守りを固める相手を攻めあぐね、じりじりと時間が過ぎた。
後半の展開も大きくは変わらない。終盤の讃岐は足がつったり、もつれたりする選手が相次ぐものの、集中は切らさなかった。讃岐の3本に対し、山雅は16本ものシュートを浴びせたが、得点はならなかった。

12戦無敗だった前々節までからすると「失速」との印象も持ちたくなるが、指揮官は「1勝する、1点取るというのは大変なこと」と強調。分かりやすい結果や勝利にはやる周囲をたしなめ、また自分たちをもいましめるように「もう一度、謙虚にフットボールに向き合わなくてはいけない」と話した。
次節は中2日で、3カ月前に敗れた難敵・北九州戦を迎える。
田中は「すぐに試合があるのはいいこと。次に向け、しっかり切り替えてやっていきたい」と、前を見た。
(長岩将弘、松尾尚久)
J2第31節 13試合ぶりの敗戦 岡山に1-2  (2014年9月18日号より)
J2は14日、各地で31節を行った。2位の山雅は5位のファジアーノ岡山とアルウィンで対戦し、試合終了間際に勝ち越され、1−2で13試合ぶりに敗れた。アルウィンに詰め掛けた観客は1万7044人。今季最多、昨季のG大阪戦に次ぐ歴代2位の大観衆と、勝利の歓喜を分かち合うことはできなかった。
ここまで全試合出場の岩上を警告累積で欠いた山雅は、その位置に喜山を起用。空いたボランチに尹誠悦を据えた。
前半立ち上がりから田中が接触プレーで顔面を切るなど、激しい攻防に。まずリズムをつかんだ山雅は船山、サビアらがゴールに迫るが、決められない。
逆に20分、スローインから相手選手に自陣右サイドを駆け上がられ、そのまま先制を許した。
勢いづいた岡山は攻勢に出る。ロングボールを多用し、ボールを奪ってはカウンターを仕掛ける相手に対し、スピードや球際の競り合いで劣る山雅は後手に回る部分が増えた。
後半も岡山ペースで進んだが36分、村山のFKを相手選手がクリアし損ねると、途中出場の山本が拾って同点弾を放った。
しかし4分間のロスタイム、山雅は3回連続のCKのチャンスをものにできず、逆に3回目のこぼれ球をつながれ、土壇場で痛恨の失点。試合終了の笛が鳴ったのは、それから2分足らずだった。

悪い形で無敗が途絶えたが、田中が「特に大きな問題ではない。1回負けたくらいで崩れるチームじゃない」とぶれない思いを強調すれば、船山も「いつかは必ず負ける。その後どうするかが大事」と冷静だ。
順位は変わらないものの、3位磐田が引き分けて勝ち点差は9に縮まった。4度目の警告を受けた喜山が次節出場停止。厳しい戦いが続く。
反町監督は3カ月前の北九州戦を引き合いに出し「今回もふんどしを締め直し、いい内容でいい勝ち方をしなければ」と、次節をにらんだ。
(長岩将弘、松尾尚久)
残り12戦、J1昇格成るか−中盤戦を振り返り終盤を展望  (2014年9月11日号より)
首位をひた走る湘南に食らいつき、勝ち点1をもぎ取った6日の30節を終え、山雅は18勝8分け4敗で勝ち点62。12試合無敗で、J1自動昇格圏内の2位を維持している。シーズン中盤の夏場の戦いぶりを振り返りながら、終盤戦を展望する。
16−30節の15試合の成績は、9勝5分け1敗。同期間の順位推移を過去2季と比べると、順位そのものも安定感も、まるで別チームのようだ。
1−15節は、序盤に波に乗れなかった過去2季の課題を克服し、9勝3分け3敗と「スタートダッシュ」(反町監督)に成功。中盤も失速することなく勝ち点を積み上げた。
15節・磐田戦で塩沢が左アキレスけんを断裂し長期離脱。戦力低下が心配されたものの、直後にJ1仙台から期限付き移籍で加入した山本が上々の働きを見せてもいる。
注目すべきは失点の少なさだ。山雅はここまで総得点49、総失点25。総得点は51点の磐田に2点差で次ぐリーグ3位だが、総失点の少なさは湘南(14点)に次ぐ2位。3位の磐田(38点)を大きく引き離している。
16−30節に限ると計11失点で、1試合で2点以上の失点はない。過去2季に自動昇格を果たした4チームのシーズン総失点の平均は41・25点。安定した守備は、これからも大きなポイントと言える。

ただ、それらはあらゆる相手に全力でぶつかったからこその結果だ。「われわれに横綱相撲はできないし、楽に勝てる相手もいない。毎試合が正念場」と指揮官が繰り返す通り、リーグ戦を引っぱる湘南、磐田との対戦を終えたとはいえ、厳しい対戦は続く。
岡山、北九州、大分などプレーオフ進出圏内にとどまる上位チームに加え、J1経験を持つ京都、千葉、札幌といったチームは高い地力がある。
ほかにも現時点で山雅を上回る13戦無敗と勢いのある横浜FC、今季10節で苦杯をなめさせられた富山など、難しい展開を予感させる相手がめじろ押しだ。
先制を許した場合のもろさも気になるところだ。今季先制された8試合中、逆転勝ちは21節の福岡戦と24節の熊本戦だけ。ここまでの4敗は全て先制されており、いかに逆境を覆せるかが課題として残る。

また主力がほぼ固定している現状で、警告累積やけが、病気などによる欠場者が出るのも痛手。「目の前の試合に集中することで精いっぱい。(欠場者が出たら)そうなった時に考えるしかない」と、反町監督も台所事情の苦しさを認める。
次節は警告累積により岩上が出場停止。さらに喜山、岩沼、多々良が、あと警告1回で出場停止になる。
次節を終えると昼間の試合が復活する。9月とはいえ、日によっては厳しい残暑もあるだろう。たまった疲れが出てくる時期でもある。警告を招く不用意なプレーに気を配るのはもちろん、万全の状態を維持する体調管理もさらに重みを増す。
鍵の一つは、主力以外の選手たちの一層の奮起だろう。「自分たち控え組や若い選手がもっと試合に絡み、結果を残せられれば、終盤へ向けて勢いを加速できるはず」と話すのは椎名だ。
今季の新卒ルーキーの中ではひときわ多い16試合に出場。先発こそないが「出た状況による役割を理解しながら、目に見える結果にこだわりたい」と、闘志を燃やす。

昨季は31節で8位に浮上すると、以降は7−9位をキープ。プレーオフ進出の可能性を最終節まで残しながら、7位で涙をのんだ。
残り12試合を仮に昨季と同じ7勝2分け3敗で終えたとすると、勝ち点は85に達する。昨季2位だった神戸の83を上回り、優勝したG大阪の87に迫る数字だ。
全てが「正念場」の12試合を乗り越え、歓喜の瞬間を迎えられるか。本当の力が試されるのはこれからだ。
(長岩将弘)
支える(3) セキュリティー担当・岩崎悟さん  (2014年9月4日号より)
岩崎悟さん(34)は事業本部運営部で、主に会場のセキュリティーを担う。
「場内を安全・安心で、快適に試合を楽しめる空間にするための全て」が仕事だ。駐車場の手配や警備員の配置を計画・実行し、当日は現場だけでは対応できないトラブル処理にも追われる。
試合中も観戦の余裕はない。警備員らと連携し、状況による観客席の空気を読んで、試合の妨げとなるような事態を未然に防ぐ。
「当たり前にスタジアムを訪れ、当たり前に楽しんでもらうため、僕たちは常に『影』となる存在。表に出ないに越したことはないんです」とほほ笑む。

大阪府で生まれ、生家のすぐ近くに、現J1C大阪の本拠地がある長居公園があった。小学校入学時に転居した神奈川県では、やはり現J1川崎の本拠地である等々力陸上競技場が近所に。「いつの間にかサッカーに興味を抱いていた。そういう環境も影響しているかもしれません」
大学を卒業し都内の会社で5年ほど働いたが「やりたいことをやってみよう」と一念発起し、28歳で専門学校のJAPANサッカーカレッジ(新潟県)に入学。実習でJ1新潟や甲府の公式戦に携わり、プロクラブの運営理念やノウハウを学んだ。
山雅関係者が同校に講演に訪れた縁などもあって、JFL昇格初年の10年秋から松本へ移り、働き始めた。

今季、国内でも相次いでいる差別的行為問題には衝撃を受けつつ、胸を痛めている。
「われわれよりはるかに経験豊富でトラブル防止に慣れているクラブでも起きてしまっている。確かに個人の問題という側面もあるが、それで片付けてはいけない」と岩崎さん。
しかし、警備員を増やす、ルールをつくる−といった策は取りたくないのが本心だ。「試合を無事行えるのは、警備員やボランティアスタッフはもちろん、お客さんや地域の方の協力があってこそ。だからこそ、訪れる人たちの自由は尊重したい」と力を込める。
その思いを支える実体験がある。
今季初頭、なかなかホームで勝てなかった時期のこと。ある日の試合後にファンから「今日も勝たせてあげられなくてごめんね」と、声をかけられた。
チームが勝てず、気が立っても不思議ではない中、一緒に戦い、ともにスタジアムの空気をつくってくれている。同じような声をかけてもらったスタッフが多数いることも分かり「胸が熱くなった。この信頼できる人たちを裏切ることはできないと思いました」。
周辺の渋滞や迷惑駐車をはじめ、運営をめぐる課題はまだまだ多い。だが、その対策も一方的なクラブの都合ではなく、「ファンやサポーター、地域からみてどうかという検証と、理解や協力を得る努力を、常に心掛けています」という。
「万能の策はないし、誰もが100%満足するのは難しい。でも、1%ずつでも近付けていけるよう、今後も頑張っていきます」
(長岩将弘)
※岩崎さんの「崎」の字は崎の大が立
松本市社協が11月15日にPV 障害者や高齢者も観戦を  (2014年9月4日号より)
松本市社会福祉協議会(社協)は11月15日午後2時、同市双葉の市総合社会福祉センターで、障害のある人や高齢者向けのパブリックビューイングを開く。敵地で行う41節・岐阜戦を大型スクリーンで中継。9月30日まで参加希望者を募集している。
同社協が昨季、山雅のパートナースポンサーになったことを機に、生で観戦する機会の限られる人向けに初めて企画した。
応募資格は同市に住み、障害者手帳や療育手帳、精神障害者保険福祉手帳を持っている人と介助者、または65歳以上の人。
はがきに住所、氏名、年齢、電話番号、障害者の場合は手帳の種類と介助者の氏名も記入し、申し込む。当日消印有効。
同社協地域福祉課は「こういう機会に交流も兼ねて出掛け、大勢での観戦を楽しんで」としている。同課電話25・7311
J2第28節 山形との堅守対決は0-0  (2014年8月28日号より)
J2は24日、各地で第28節を行った。山雅は前節まで9位のモンテディオ山形とアルウィンで対戦し、0−0で引き分けた。J1・F東京に完敗した天皇杯3回戦から中3日で迎えた一戦。雨がちの天気にもかかわらず詰め掛けた1万2000人超に勝利こそ届けることはできなかったが、労を惜しまないプレーや激しい闘志など、天皇杯では鳴りをひそめた持ち味を取り戻して得た勝ち点1の意味は大きい。
順位こそやや離れてはいるが、総失点で見れば、少ない方から2位(山雅=23点)と3位(山形=25点)の争い。堅守を誇るチーム同士、1点が勝負を分けると思われた。
先の天皇杯から先発変更を4人にとどめた山雅に対し、山形はフィールドプレーヤーを総入れ替え。体力面では分の悪い状況だったが、「給油警告灯がついてからも、ガス欠になるまで走ることだけはしっかりやらなければならない」。反町監督は独特の言い回しで、選手に奮起を促したという。
山雅は序盤から疲れを感じさせない戦いぶりで山形を攻めたが、GKを中心とした相手の守りを崩せず手詰まりに。山雅のシュート6本に対し、山形も5本と、互いに1歩も引かない攻め合いを演じた。
後半はそれぞれ前半の倍のシュートを放ち、激しい打ち合いの様相を呈したが、それでもゴールをこじ開けることはできない。試合終了の笛が鳴り、思わずその場にかがみ込んだ両軍の選手たちの姿が、激闘を物語っていた。
しかし、山雅の選手たちから納得の言葉は聞かれない。「今日は自分たちの戦いができていた。だからこそ勝たねばならなかった」と田中が言えば、「あれだけチャンスがあったのに点が取れなかったのは課題。『惜しい』で終わってはいけない」と、岩上も険しい表情を崩さなかった。
1週間でアウェー2試合を含む3試合を終え、反町監督は「移動を含めた苦しい3連戦をよく乗り越えた」と、選手をねぎらった。
チームの連続無敗を、勝利で11に伸ばすべく、31日は群馬とのアウェー戦に挑む。
(長岩将弘)
暑さに負けない秘策−夏場に強い選手たちに聞く  (2014年8月21日号より)
中信地方の多くの学校では、夏休みもほぼ終わったが、これからが残暑本番だ。スポーツ大会や部活に励む人も多いだろう。山雅は今季も「夏場に強い」との定評にたがわず、現在9戦負けなし。厳しいトレーニングはもちろんだが、選手たちは暑さに負けないため、どんな点に気を付けているのだろうか。スポーツに取り組む子どもたちへのアドバイスも含めて聞いた。
多くの選手が挙げるのが、食事の大切さだ。「食事は試合までの日数に合わせて変えていく」(喜山)、「練習後はなるべく早くたんぱく質を取るなど、いつ食べるかも大事」(岩沼)など、一様に高い意識がうかがえた。
「体が欲しがるときもあるが、おなかが弱いので、冷たいものは取り過ぎないよう気を付けている」という飯田のように、自分の体質をつかむこともポイントのようだ。
「暑くても特に食欲は落ちない」という犬飼や多々良、山本らに対し、「食が細り、体重もすぐに減ってしまう」のは岩間。しかしそんな時も「詰め込む感じで、無理をしてでも食べる」。船山は「さっぱりしたものを選んで、食事量を落とさないようにしている」そうだ。

休養の大事さも多く聞かれた。「20代前半と今とでは、疲れの抜け方が全然違う」と実感する岩間は、午前練習のときは昼寝もして、しっかり体力を回復させる。「もっとも、疲れて寝ちゃうだけなんですが…」
飯田は暑さで体力・集中力が落ちないよう、試合前やハーフタイムに冷たいシャワーを浴びるなどの工夫をしていると明かす。「ハーフタイムに熱を冷ますと、後半の入りに体の重さがはっきりと違う」そうだ。
喜山は「夏だから特別なことをするのではなく、普段から規則正しい生活を送るのが大事。それが結果的に夏に生きてくる」と助言する。
飯田は子どものころを「サッカーが楽しくて、暑さ、つらさは感じなかった気がする」と振り返る。「暑いと感じるということは、集中できていないとか、楽しめていない可能性もあるのでは。そういった部分を考え直してみるのもいいかもしれない」
田中は夏の過ごし方について「長年やってきているので、細かい点を挙げればきりがない」という。
「ただ、それらは自分で調べたり、人に教わったりして築き上げてきたもの。良いことはどんどん取り入れ、自分なりのスタイルやリズムをきちんとつくることが大事ではないか」と、ベテランらしい貫禄をにじませた。
(長岩将弘、松尾尚久)
学生の発想でイベント−24日のレディースデーで  (2014年8月21日号より)
山雅が本年度、信大全学教育機構(松本市)で初めて行った寄付講座を受講した学生20人が、24日にアルウィンで行う山形戦で、企画したグッズ販売やイベント実施をする。全13回の授業の仕上げで、学生らは「多くの人に楽しんでもらえる1日にしたい」と意気込んでいる。
当日が「レディースデー」であることに合わせ、学生らはグッズ開発とイベント企画について各2班ずつに分かれ、女性向けの内容を考えてきた。
グッズは扇子とネイルシールを販売。イベントは女性による選手イケメンコンテストを行い、投票者を対象とした抽選会も行う。また選手と一緒に入場するエスコートガールやフェアプレーフラッグの持ち手を公募。選ばれた女性らは、学生が案内するスタジアムツアーにも参加できる。
イケメンコンテスト班で、松本市出身の太田諒馬さん(医学部1年)は、地域リーグ時代からのファン。違う角度から山雅に関わってみたいと受講し「女性の感覚や実現可能性も探りながらで、苦労した。多くの人に楽しんでもらうためには、綿密で入念な準備が必要と分かった」。
授業のコーディネーターを務めた山雅の上條友也・事業本部長は「学生からいろいろなアイデアが出てきて、議論も活発に行えた。クラブにとっても貴重な経験」と話した。
グッズやイベントの詳細は、山雅ウェブサイトで紹介している。
突き放し8戦負け無し J2第26節栃木に2−1  (2014年8月14日号より)
J2は10日、各地で第26節を行った。山雅は前節まで15位の栃木SCをアルウィンに迎えて2−1で勝ち、8戦連続無敗で2位を維持した。台風が迫る荒天の中、詰め掛けた8600人余の思いに応えるように、一時は同点に追い付かれながらも突き放し、勝ち切る力を示した。
前半、風下に立たされた山雅は序盤から右サイドの田中を中心に何度もチャンスをつくるが、次第に手詰まりに。互いに中盤でのボール回しが多くなる。
試合が動いたのは前半ロスタイム。岩上の左CKの流れから相手選手が収め損ねたボールが、ペナルティーエリア外のゴールほぼ正面で待ち構えていた岩間の前へ。
「分析で、こぼれ球があの位置に来るのは分かっていた。易しいボールだったので、蹴るだけだった」と右足を振り抜くと、ボールは相手選手の足に当たり、自身のJ初ゴールとなる先制点。リードして折り返した。
しかし後半27分、自陣右サイドからの相手クロスを、長身FW大久保に頭で合わせられ同点。これで息を吹き返した栃木は攻勢を強めた。
だが、このままでは終わらないのが今季の山雅だ。36分、またも岩上の左CK後の混戦から、相手選手のクリアボールが、後方に引いていた船山の正面に。
「(ペナルティーエリア外からのシュートは)個人でもチームでも昨季は少なかったので、今季はいつも狙っている」という船山のシュートはゴール右上隅に吸い込まれ、試合を決めた。

この日は3位磐田が敗れ、ここ3節変わらなかった勝ち点差を広げることにも成功した。
とはいえ、「俺たちは決して、すごく強いチームというわけではない。毎試合、誰ひとり手を抜かずやって、何とか勝てている」という田中の冷静な言葉も、また事実だろう。
次週は水曜(20日)に天皇杯3回戦を挟む。反町監督は「ここで頑張らなくてはならない、大事な3連戦だ」と前を見据えた。
(長岩将弘)
支える(2) グッズ開発担当・塩川由貴さん  (2014年8月7日号より)
事業本部企画部商品担当の塩川由貴さん(24)は、オフィシャルグッズの開発を担っている。
山雅はJ昇格後、ホーム試合ごとに数種の新商品を発表。これまでに発売したグッズは色やサイズ違いなども含め、ざっと500種にものぼる。
さまざまな情報媒体に触れ、トレンドに耳を澄ます。ファンやサポーターの意見・要望、同じJクラブのグッズ開発担当者との情報交換も、貴重なアイデアのもと。ファンシーショップやテーマパークなどに足を運んでの調査も欠かせない。
それでも「反応は実際に販売してみるまで分からない。毎試合ドキドキです」という。

静岡県富士宮市出身の塩川さんは、高校時代からスポーツビジネスに携わりたいと考え、2009年、専門学校のJAPANサッカーカレッジ(JSC、新潟県)サッカービジネス科に進んだ。
山雅との出合いはそのころだ。当時はJSCと同じ北信越リーグ所属。アウェー試合会場のJSCグラウンドに多くの山雅サポーターが訪れ、声をからして応援する様子を見て、「その熱さに興味を抱いた」と振り返る。
当時JSCを率いていた辛島啓珠監督(現・佐川印刷京都SC監督)が山雅の監督を経験した縁などもあり、山雅の就職試験を受験。クラブの求めに応じ、JFL昇格初年である10年の秋から、松本に移って働き始めた。

気を付けていてもなかなかつかめないのは、「自分の感覚とのギャップ」だという。
一例は、昨年春に発売したアームカバーだ。
松本平の紫外線の強さは全国トップクラス−との情報を得た塩川さん。車社会である長野県で、運転時にアームカバーを着ける女性が多いことにも気づいた。「自分は使わないので、個人的にはあまりぴんとこなかった」というが、売り出してみれば予想以上に好評で、今季も販売。他クラブの担当者にも紹介している。
「もっとも、逆のパターンも多いんですけどね…。難しいです」と、塩川さんは苦笑する。

今季の開幕前、チームの練習会場でうれしい経験をした。
会場出口で、母親と就学前らしき女の子が、ある選手にサインをもらっていた。
なごやかなやりとりが交わされ、笑顔をこぼす女の子の腕には、ぼろぼろのリストバンド。それはJ昇格当初に発売した、選手ごとのものだった。
「あんな小さな子が、思いを込めてずっと大事にしてくれている様子が伝わってきた。感謝と同時に、『ものづくり』の喜びも感じました」という。
「まだハードルは高いけれど、ファンやサポーターとの共同開発などができればいい」と、塩川さんは願う。
「グッズは、選手やクラブへの思いを託し、つなげられるもの。本当に求められ、愛用してもらえるものを生み出していきたいですね」
(長岩将弘)
JY肌で感じる 小6生が体験会  (2014年8月7日号より)
山雅ユースアカデミー(育成組織)は4、7、8日、松本市サッカー場でジュニアユース(JY、中学生年代)の練習体験会を開いた。
来年度の入団を検討する小学6年生に参考にしてもらおうと、昨年に続き企画した。初日の4日は18人が参加。矢畑智裕JYコーチ(34)ら4人が指導し、今年は中学1年のJY生4人もアシスタントで加わった。
足や体の部位を使い分けるリフティング、30メートルほど離れてのロングキックなど、基本的ながら普段よりワンランク上の練習に、参加者は苦戦。
仕上げは6対6のミニゲーム。最後に、参加者らが交代でJY生チームに挑戦。参加者チームがチャンスをつくる場面もあったが、JY生チームは無失点で貫禄を見せた。
三郷小6年の後藤大君は「先輩たちは技術もあり強い。もっと練習し、セレクションを受けたい」と話した。
J2第23節 もどかしい試合 東京Vと1-1  (2014年7月29日号より)
J2第23節は26日、各地で11試合を行った。松本山雅FCは松本市アルウィンで東京ヴェルディと対戦し、1−1で引き分けた。山雅は、先制されてからギアが入るもどかしい試合を展開。逆転するには時間が足りず、勝ち点1の上積みにとどまった。
前半の立ち上がり、山雅はセットプレーを生かした自分たちの攻撃を繰り返し、サビアが何度かゴールを脅かした。
短いパスをつなぐ攻撃が特徴のヴェルディも、序盤はロングボールを多用。長いパスが行き交う間延びしたリズムに身を委ねたか、30度を超える暑さの影響か、山雅の動きは徐々に切れ味をなくしていき、一方のヴェルディは、時間を追うごとにパスをつなぐ本来のサッカーを取り戻していった。
後半、ギアチェンジできないままの山雅に対し、ヴェルディは19歳のMF安西を投入して攻撃を活性化。20歳前後の選手が多いヴェルディは押せ押せの状態になり、30分、21歳のFW杉本の右足が火を噴き、山雅の守備をこじ開けた。
しかし、そこからは山雅の時間。目の覚めた選手たちは波状攻撃を開始。35分、反町監督は玉林をピッチへ送り出して最終ラインに入れ、飯田を前線へ投入すると、1分後に岩上のCKを犬飼が同点ヘッド。
さらに、船山のドリブル、田中のクロス、山本のくさびのプレーなど、あらゆる手段でゴールを強襲。ロスタイムに岩上が2発シュートを放つなどあと一歩まで迫ったが、逆転はかなわなかった。
試合後、反町監督は「全試合ぴりっとはできない。だからこそ、次節を大きなターニングポイントにしなければいけない。『最後の15分は走り勝った』ではなく、『最後の15分も走り勝った』にしなければだめ」と強調。
30日の熊本戦は、サポーターの胸を熱くする「がむしゃらなプレー」を期待したい。
(松尾尚久、長岩将弘)
小松憲太 覚悟と決意の移籍「タイでトップに」  (2014年7月24日号より)
山雅は13日、塩尻市出身のMF小松憲太が、タイ2部リーグのアユタヤFCに移籍すると発表した。「選手として日本に戻るつもりはない。まずはタイでトップに行き、さらに上を目指す」と小松。大きな覚悟と決意を持ち、新たな道を歩み始めた。

移籍発表の日は、アルウィンで行ったファン感謝デー当日。閉会セレモニーであいさつに立った小松は、声を詰まらせながら言葉を紡いだ。
JFL昇格初年の2010年シーズンに、大卒で入団。当初は別に仕事を持ちながらプレーした。尊敬する松田直樹さんとの出会いと別れ、J2昇格、アルウィンでのゴール−など、さまざまな思いが去来しただろう。
「下手くそで、走ることしかできない自分をずっと応援してくれて、ありがとうございました」。そう締めくくると、大きな拍手と声援が送られた。
「地元だし、他のチームを知らないというのもあるかもしれないけれど、やっぱり自分の中では日本一のチームです」。全てが終わった後、小松は晴れやかな笑みを浮かべた。

今季は出場機会を得られず、かねてから考えていた海外挑戦を具体的に検討。移籍希望先をタイに定め、クラブに意向を伝えた。
チームがJ1昇格に向けて一丸となっている雰囲気に、水を差しはしないか−。そんな心配もあったが、反町監督は「頑張ってこい」と後押ししてくれた。「普段のコミュニケーションは多くないが、それだけに重く響いたし、心強かった」と、小松は振り返る。
7月初めに1週間ほど現地に赴き、練習に参加。「やってやる、という楽しみな気持ちしかない」と手応えを得ている半面、気になるのは国民性や価値観の違いだ。
一例として、時間に関して非常に「ゆるい」という。公共交通が大幅に遅れても、怒る客もいなければ、運行側が悪びれる様子もない。現地でプレーするうちに、サッカーを取りまく環境についても、それを感じる機会は多くなるだろう。
「『タイ流』を受け入れつつ、染まらないように自分らしさを保つのが大事。生活や練習態度は変えるつもりもないし、変えちゃいけない部分だとも思う」と言う。

「わがままを聞いてもらったクラブや、温かく送り出してくれたファン、サポーターの皆さんには、すごく感謝している」と話しつつ、「もしかしたら、そういう部分に甘える意識もどこかにあったのかもしれない、とも思う」と明かす。
移籍先ですぐに活躍できる保証はない。「タイに行けば『外国人』。プレーや言動により責任を持たなければいけないし、結果やチームの勝利にも、もっとシビアにならざるを得ない」と表情を引き締める。
7月中にはタイに渡り、チームに合流する。全18チームで争う2部リーグは20日現在、21試合を終えており、アユタヤFCは9勝3分け9敗で9位だ。
「常に山雅の名を背負って戦うことになる。こちらにも評判が聞こえてくる選手になるよう、頑張ります」。力を込めた言葉に、決意がにじんだ。

【こまつ・けんた】1988年1月19日生まれ。桔梗小−広陵中−武蔵工大二高(現・都市大塩尻高)−東海学園大。高3時(05年)は主将を務め、全国高校総体に出場した。173センチ、70キロ。
(長岩将弘)
触れ合う力後半戦へ ファン感謝デー2500人が選手らと交流  (2014年7月17日号より)
山雅は13日、松本市のアルウィンで、サポーター会員を対象とした「ファン感謝デー」を開いた。雨がちの天気だったが2500人ほどが訪れ、試合中とは違う表情をのぞかせた選手たちと多彩なイベントで交流。「シーズン後半戦も頑張って」と声援を送りながら楽しんでいた。
来場者はサイン会やミニサッカー、バドミントンといったゲームなどの他、グッズ売り場の手伝いに参加した選手らと触れ合った。ピッチで選手たちによる絵のうまさを競い合うコーナーや、お題に沿った選手を発表し合うトークショーなどは、オーロラビジョンでも中継した。
選手チームと指導陣チームとのPK対決は会場じゅうが注目。敗れた指導陣は、普段選手に課しているシャトルランを罰ゲームとして披露し、喝采を浴びた。
閉会セレモニーでは、イベント中とは打って変わって表情を引き締めた反町監督が「これからが勝負。一層の応援をよろしくお願いします」。同日、タイ2部リーグのアユタヤFCへの移籍が発表された小松も、声をつまらせながらあいさつに立ち、温かな拍手が送られた。
(長岩将弘)
辛勝内容に課題 松本山雅天皇杯2回戦 讃岐に1−0  (2014年7月15日号より)
サッカーの第94回天皇杯全日本選手権は12、13日、各地で2回戦を行った。初戦の山雅は12日、同じJ2のカマタマーレ讃岐をアルウィンに迎え、1−0で下した。2年連続で3回戦(8月20日、J1FC東京と)に駒を進めたが、主体となった初先発の選手たちは消極的なプレーも目立ち、内容には課題を残した。
前週のリーグ戦21節から前線の3人を含む先発7人を入れ替えた山雅。前半は、その前線から、リーグ戦とほぼ同じ陣容の相手にプレスをかけられず、後手に回る場面が目立った。
守備陣がよく対応し決定的な場面はつくらせなかったものの、自軍のシュートは前半16分、GKに止められた道上の1本のみ。
山本をトップに据えた後半は徐々に積極的な姿勢を取り戻し41分、田中の左クロスに右から走り込んだ椎名が頭で合わせ、これが決勝点となった。
反町監督が「特に前半は見ていて恥ずかしかった」と振り返れば、田中も「前半はサッカーになっていなかった」と切って捨てた。
厳しさを増すリーグ後半戦、これまで思うように出場機会を得られていない選手たちの奮起は欠かせない。
田中は「俺が単に答えを教えるんじゃなく、いいコミュニケーションを取り、若い選手が力を発揮できるよう、しっかり伝えていきたい」と力を込める。
「緊張もあって消極的なプレーが出てしまった」(道上)、「得点は素直にうれしく思うが、ハーフタイムの監督のげきでエンジンがかかるようではいけなかった」(椎名)−など、得られた手応えと課題をどう生かすか。
シーズン折り返し地点にあるこの1戦の価値を決めるのは、選手たち自身だろう。
(長岩将弘、田中信太郎)
白星で今季折り返し・好調の福岡に逆転勝利(J2第21節)  (2014年7月10日号より)
J2は7月5日、各地で第21節を行った。山雅は前節まで5位のアビスパ福岡をアルウィンに迎え、先制されながら2−1で勝ち、3連勝を果たした。シーズン前半戦最後の試合にして、逆転勝ちは今季初。順位は変わらず3位ながら、4連勝中と好調だった福岡の勢いをそぎ、いい形で今季の折り返しを迎えた。
互いに攻め合いながら決め手を欠いていた前半だったが35分、自軍ゴールほぼ正面で与えたFKから先制を許す。しかし6分後、右CKの流れからサビアのヘディングを相手GKがはじくと、詰めていた犬飼が蹴り込み同点。試合を振り出しに戻して折り返した。
決勝点を挙げたのは、ひと月前に加わった新戦力だった。後半29分、相手パスミスからショートカウンターで船山がシュート。相手GKははじいたものの、逆の左サイドから走り込んだ山本が、頭で押し込んだ。
終盤は、交代で攻撃の選手を増やしていた福岡の激しい攻撃にさらされたが、村山が好守を連発。ゴールを割らせなかった。

開幕前、7位だった昨季を上回る成績を目標に掲げていた反町監督は、前半戦を終えて「6位以内に入っていたいとは思っていたが、この位置はある意味で予想以上」と明かした。
過去2季の課題だったスタートダッシュに成功し、序盤から上位を維持してきた。その要因として、「選手の意識も含め、仕上がりのいい中でシーズンに入れたし、昨年の反省をもとに、勝ち点1や得点1、失点1などの重みについて、普段の練習からこだわりが見られる」と指揮官。
「苦しい時間帯や踏ん張りどころは、俺が言わなくてもみんな意識できている」(田中)、「昨季みんな悔しい思いをしているから、勝ったことでまたシーズン後半戦につながる」(岩上)など、選手からはそれを裏付ける言葉が聞かれた。
厳しい試合で勝ち切る力が付いてきた一方、安定感のある試合運びは課題と言える。警告累積やけが人も考慮すると、山本ら若手の一層の奮起も欠かせないだろう。
天皇杯全日本選手権2回戦(12日)を経て、後半戦は20日に始まる。
(長岩将弘、松尾尚久)
支える(1) ホームタウン担当・内田佑介さん  (2014年7月3日号より)
内田佑介さん(32)は事業本部企画部ホームタウン担当だ。ホームタウン担当と聞くと、元山雅選手の「ガチャ」こと片山真人さんを思い浮かべる人も多いだろう。同担当は2人おり、片山さんとコンビを組むことも珍しくない。
ホーム試合時は、飲食ブースの運営やシャトルバスの運行状況管理が主な仕事。「○○市デー」など自治体関連の催しがある場合、首長ら来賓への対応も行う。
ホーム試合時以外は、選手らが出演するイベントやサッカー教室の企画・調整、実行に携わる。
「世代や地域を絞り、もっと明確な狙いを持って催しなどを仕掛けていければいいんですが、その辺りは課題ですね」と、内田さんは苦笑する。

企業や病院、競技場などのフードサービスを手掛ける東京の会社で働いていた内田さんが山雅への就職を希望したのは、2011年末。山雅がJ2昇格を決め、「いつかは松本で働きたいと思っていた。今しかないと思った」という。
スポーツと社会との関わりなどを学んでいた信大4年時の05年、授業で山雅の試合運営ボランティアを知り、その活動に取り組んだ経験がある。
北信越リーグだった当時は、環境面も観客数も今とは大きく違ったが「お客さんとじかに接しながら、知恵と工夫で試合を盛り上げる楽しさを知った」。
しかし入社当初は、組織も「プロ」へのいち早い変革を求められていたとき。会社内もばたついており「仕事を教わるという状況ではなかった。できる仕事を探して積み重ね、手探りで役割や居場所をつくっていった」と振り返る。

忘れられない体験がある。昨年、筑北村の女子中学生の職場体験学習を受け入れた時のことだ。
「山雅が好き」と、毎日はるばる電車と徒歩で通う彼女に、好きになったきっかけを聞いた。すると前年、地元の祭りに山雅の選手が訪れ、優しく接してくれたから−という答えだった。
「仕事として多くの催しをこなしているとルーティンになりがちな部分もあるが、その中の1つをずっと大事にしてくれる人がいる。うれしくて感動しつつ、気持ちが引き締まった」という。
「山雅を知らない人、まだアルウィンに来たことのない人に魅力を伝え、アルウィンに足を運んでほしい。そのために、今後も頑張ります」

今季のサブスローガンに「走力×創力×総力」を掲げる山雅。力の結集に欠かせないのが、運営会社スタッフの存在だ。スポットライトが当たることは少ないが、陰に日なたにクラブを支える彼らの仕事や、懸ける思いに迫る。月1回掲載予定。
(長岩将弘)
チームつくって参加を 小2、3生向けミニサッカー大会  (2014年7月3日号より)
山雅は27日午前9時―午後1時半、安曇野市のGAC穂高工場芝生グラウンドで「ESCO・松本信用金庫プレゼンツ松本山雅FCミニサッカー大会」を開く。小学2、3年生を対象に、10日まで参加チームを募集している。
競技経験は問わず、学校やクラブに帰属しない「草チーム」も可。「友達と誘い合ってチームをつくり、積極的に参加して」と呼び掛けている。
1チームは選手5−10人と、大人の引率者(監督)1人で構成。試合はGKを含め5対5で行い、成績上位チームには賞品もある。最大24チームで、先着順に受け付ける。
担当の恒本大輔さん(31)は「未経験者はサッカーの魅力に触れる場として、経験者は同世代と切磋琢磨(せっさたくま)する場として、思い切り楽しんでほしい」と話す。
参加費は1人500円(当日徴収)。ユースアカデミー事務局電話88・5523
持ち味のセットプレーで3得点 リーグ戦未勝利の群馬に快勝  (2014年6月26日号より)
J2は6月21日、第19節を各地で行った。山雅は前節まで17位のザスパクサツ群馬をアルウィンに迎え、3−1で快勝した。3得点とも持ち味のセットプレーからで、「対策されるなら、それ以上のものを出さなければならないということ」と反町監督。工夫と気迫で、J2昇格後リーグ戦で未勝利だった相手から勝ち点3をもぎ取った。
前半30分に得た右CKを蹴ったのは岩沼。短いパスで再開するショートコーナーでボールを受けた岩上が豪快なミドルシュートを突き刺し、先制した。
その9分後に左CKを蹴った岩上も、ショートコーナーを選択。ボールを返された岩上がゴール前に送ったクロスを相手GKが取り損ねると、詰めていた大久保が蹴り込み、2−0で折り返す。
後半39分にPKを与えて1点を返されたが44分、右CKの流れから岩上のクロスに飯田が頭で合わせ、駄目を押した。
全得点に絡んだ岩上は3試合ぶりの勝利にほっとした様子ながら、「セットプレー対策をしてくる相手を、どれだけこじ開けることができるか。こういう戦いを続けていかないと、上には行けない」と、難敵・千葉との次節をにらむ。
(長岩将弘)
復帰へ、リハビリに励む塩沢  (2014年6月26日号より)
15節(5月24日)磐田戦で左アキレスけんを断裂し、全治5カ月と診断された塩沢が、松本市の丸の内病院に通い、懸命のトレーニングとリハビリに励んでいる。
チームドクターの百瀬能成医師(38)によると、復帰は早くて10月下旬−11月初旬の見込み。塩沢は「戻れるころは一番大事な時期。そこでチームに貢献できることを、4カ月のモチベーションにしたい」と前向きだ。
5月26日に手術し、その2日後から筋力・体力維持のためのトレーニングを開始。2週間余の入院中は田中ら選手仲間もよく面会に訪れ、「チーム内の日常や、たわいない話になごみ、励まされた」という。
6月23日にはギプスが外れ、今後は患部の機能を回復するリハビリに、本格的に取り組んでいく。
「あんな形でピッチを離れてしまったけれど、たくさんの温かい励ましをもらい、サポーターに支えられていると、あらためて感じた」と塩沢。「その感謝をピッチで表現するためにも頑張ります」と誓った。
J2第18節 北九州に0−1 敗戦糧に踏み出せ  (2014年6月19日号より)
J2は14日、各地で18節を行った。前節まで3位の山雅は、同5位のギラヴァンツ北九州とアルウィンで対戦し、0−1で8戦ぶりの黒星。今季未勝利で最下位だった富山に敗れた10節を引き合いに出し、反町監督は「富山戦後のように、これを糧にチームとしてもう一度、新たに大きく踏み出さなければ」と活を入れた。
山雅は前半序盤から押し込んだものの、引いて守る相手を崩せない。逆に31分、大久保がクリアしようとした相手ボールにさわれず通してしまうと、それを相手FWがシュート。先制を許した。
後半もじりじりした展開が続く。山雅は23分の山本を皮切りに椎名、鐡戸ら攻撃的な選手を相次いで投入。
しかし、「この1週間、松本への対策を講じ準備をしてきた。ある程度、イメージ通りのゲームができた」。試合後、北九州の柱谷監督にこう言わしめてしまったように、相手のプランを打破する力が1歩足りなかった。
田中は「このところチャンスをつくりながら決められていない。0点で抑えることも大事だが、点を取らなければ勝てない」と、前節に続き無得点の現状を指摘。「それは俺たち全員の課題。ここが踏ん張りどころ」と、気合を入れ直した。
ただ、山本、椎名ら、チャンスをつかみたい若い攻撃陣を中心に、ゴールに向かい続ける姿勢は見られた。
初めてアルウィンのピッチに立った山本は「緊張やプレッシャーより、こんな環境でプレーできる喜びの方が大きい」。それだけに悔しさもひとしおの様子で「次は勝ちます」と、ホーム2連戦となる次節へ闘志をたぎらせた。
(長岩将弘)
W杯いよいよ開幕 選手・監督はこう見る  (2014年6月12日号より)
サッカーワールドカップ(W杯)ブラジル大会が12日(日本時間13日)、いよいよ開幕する。日本代表の成績も気になるが、世界レベルのプレーや熱気を目の当たりにできる4年に1度の機会。松本山雅の反町監督や選手たちの「プロの目」は、大会をどう見るのか。注目の選手やチーム、日本代表の成績予想などを聞いた。

開催国ブラジル出身のサビアは、母国の優勝を予想する。「ブラジル人なのでそこは譲れない」といい、注目選手はやはりネイマール。「ドイツも競争力があり、W杯でも力を発揮するだろう」と見る。
日本は最近レベルが上がってきているので「そこそこ頑張れる」と思うが、「正直、あまりW杯には関心がない。自分にとって、今プレーしているチームが一番大事。真夜中に起きてまでW杯を見ることはないだろう」と冷静だ。
田中が注目するのはドイツ。前回W杯から指揮を執るレーウ監督の下、戦術の完成度を高めていること、経験豊富な選手と若手のバランスが取れていることなどを挙げる。
選手では特に、主将の右SBラームに熱い視線を注ぐ。「どういうときに上がり、どういうときにバランスを見るのか、その判断がとても勉強になる」
日本代表では12年以来の招集となった大久保にエールを送る。「10代のころから知っている。いろんな経験をして、いま一番いい時だと思う。がんばってほしい」
多々良の注目もドイツ。「連動性があり、チームの一体感もある。ああいうチームが乗ってくれば強いと思う。完成度が高いし、優勝するのでは」。中でもCBフンメルスについては「体は強いし、視野は広い。とにかく全てがいい」と賞賛を惜しまない。
清水東高校(静岡)時代の同期、内田については「すごいとしか言いようがない。どんどん行ってほしい。彼の存在は刺激になる」と話した。
犬飼の一押しはベルギーだ。「若い選手が多く、今乗ってきているチーム。ブラジルやアルゼンチンなど南米勢が当然勝ち上がってくるだろうが、個人的にアザールが好きなので」と強く推す。
日本は「初戦のコートジボワールに勝てれば、予選通過もありうる」と予想。「W杯は、質の高い世界のサッカーが見られるチャンス。練習に支障がない限り、早起きして見たいし、プレーの参考にもなる」
喜山は「チリが一押しだったんだけれど…」。最後の言葉を濁すのは、チームの中心選手、ボランチのビダルが手術明けで出場が不透明だからだ。「チリは前回大会から面白かった。今回も独特の攻撃をするので注目だ。中盤から前線にかけてのポジショニングが流動的。個の技能が高いのでコンビネーションも見応えがある」と熱い。
日本代表については「攻撃的な戦術を取っていて楽しみ。自分たちの時間をどれだけ長くつくれるか、そして前半堅く入れるかが鍵かな」と分析した。
「日本には4強くらいまで行ってほしい」と期待を込めるのは村山だ。
04年度の全国高校選手権に、市立船橋(千葉)2年だった村山も出場。自身はピッチに立たなかったものの、2回戦で長友の東福岡を、準決勝で本田の星稜(石川)を、いずれもPK戦で撃破するところを目の当たりにした。「同世代だし、競技人生の中で接点のあった選手たち。活躍している姿を見ると応援したくなる」と話す。

反町監督はピャニッチ(ボスニア・ヘルツェゴビナ)、ビダル(チリ)、日本とまみえるであろうヤヤ・トゥーレ(コートジボワール)やグアリン(コロンビア)ら中盤の選手に注目する。「運動量も含めてダイナミックなプレーが多く、攻守にわたってチームの要となる−そんなゲームの鍵を握る選手を見るのが好きなんだ」と、いちサッカーファンの顔をのぞかせた。
日本代表については「グループ予選は突破してほしい」と話す。
予選の構図を「ギリシャは少し力が落ちる。三つどもえかな」と予想。「ファルカオ不在はあまり関係なく、個の力ならコロンビアが上。コートジボワールとは互角だろう」としつつ、「アフリカの選手は気温など外的要素の影響を受けやすい。しっかり自己管理をして試合に臨めれば強いし、そうでなければ…という部分もある」とにらんだ。
(取材班)
宮下周歩 福井で奮闘中  (2014年6月5日号より)
創造学園高(松本市)から山雅に入団し、3月に北信越リーグ(HFL)1部のサウルコス福井に期限付き移籍した宮下周歩が、一層の成長を誓い奮闘を続けている。6月1日にアルウィン芝生グラウンドで行ったアンテロープ塩尻とのリーグ戦第5節では、後半途中から出場。訪れた130人余が声援を送った。
「周歩が出るぞ」。スタンドがざわついたのは後半30分。倒れたまま起き上がれず、担架で運び出される福井のFWに替わり、背番号27がピッチに躍り出た。
その時点で福井は8−0と大量リード。宮下はそのままFWの位置に入ると、さらなるゴールを狙った。
41分、ゴール正面で左クロスに頭で合わせたが、枠を捉えられない。ロスタイムには相手DFの裏に飛び出してボールを受け、GKと1対1となったが、オフサイドの判定。
得点できないまま試合終了の笛が響くと、宮下は悔しそうにうなだれた。

主将を務め母校初の全国出場にも貢献した高校3年時の12年8月、練習参加を経て山雅の特別指定選手になり、同年のJ2最終節(大分戦)ではベンチ入り。翌13年に山雅に入団したが、公式戦出場はかなわなかった。
福井ではFWとして、今季ここまで全節にベンチ入り。1、2節は終盤に出番を得た。
当面の目標は、Jの舞台に立つこと。そのためにこだわるのが得点だ。「目に見える結果を出し、それを積み上げていくことで、挑戦への道も開けてくるはず」と宮下は言う。
J参入を目指す福井は、HFL1部を2連覇中。今季開幕戦は2000人を越える観客が訪れるなど、地域の熱も高まっているといい、「いい緊張感やモチベーションになっている」。
和田、永井ら、高卒で山雅に入った同期たちの奮闘にも「仲間としてうれしいし、負けられないとも思う」と刺激を受ける。
12年にV・ファーレン長崎をJ昇格に導いた福井の佐野達監督は「スピードとゴールに向かう姿勢がある。あとはプレーの質を高めていければ」と、宮下を評する。宮下も「いずれにしても、今のままではだめ。体を大きくし、シュート精度を高め、もっとレベルアップしなくては」と、成長を誓う。

試合後、スタンドにあいさつする福井の選手たちに続き、宮下が進み出て頭を下げると、ひときわ大きな拍手と「周歩コール」が巻き起こった。その後もプレゼントを渡されたり、サインや写真撮影を求められたり。山雅グッズを身に着けている人も少なくない。
現在、子ども向けスクールのアシスタントコーチも手掛けているという宮下。「本職のコーチよりも、子どもたちから人気なんですよ」と、福井のスタッフが教えてくれた。
引き上げてきた宮下は「すごくうれしいし、ありがたい」と松本の声援に感謝しつつ、「もっともっと頑張らなきゃ」と、表情を引き締めた。
(長岩将弘)
仙台からFW山本が加入  (2014年6月5日号より)
山雅は6月1日、J1ベガルタ仙台からFW山本大貴を来年1月末までの期限付き移籍で獲得したと発表した。
5月24日の15節磐田戦で塩沢が大けがを負うなど、攻撃陣は故障者や本調子でない選手が相次ぐ危機的状況。即戦力としてフル稼働が求められる。
91年熊本県生まれの山本はルーテル学院高(熊本)3年時の09年、全国高校選手権で得点王に。駒大を経て今季仙台に加入した。
U−16、U−19日本代表のほか、大学1年時に全日本学生選抜にも選ばれた経験がある。今季の公式戦出場は4試合で計47分にとどまっていた。
山雅での背番号は20。週内に登録手続きを済ませ、7日に敵地で行う17節岡山戦から出場できる見通しだ。
今回は、23歳以下なら登録期間の制限を受けずに下位リーグに移籍できる「育成型期限付き移籍」の制度を使った。
勝ちきる強さを物に−今季序盤を振り返る  (2014年5月29日号より)
今季の鍵として反町監督が開幕前から口にしてきた「スタートダッシュ」。目論見通り、シーズンの3分の1を終えて3位と、好調を維持している。昨季までと比較しながら、序盤の戦いぶりを振り返るのと同時に、中盤を展望する。
J2での過去2季と今季の、15節終了時点における勝敗や順位を比較すると、総失点が過去2季とさほど変わらない一方、総得点の多さが目を引く。12年より引き分けが増えた昨季は「負けない」試合で勝ち点を伸ばしたが、今季は「勝ちきる」試合が増えている。
総得点の4割に当たる10得点を挙げているのは船山だ。現時点のリーグ得点ランキングでは、元日本代表の京都・大黒(11得点)に次ぐ2位。12年の1シーズン12得点を上回り、キャリア最高となる可能性が、早くも見えてきた。
しかし船山は「自分だけ調子がいいわけではない。チームとしてしっかりハードワークができているということ」(東京Vとの開幕戦でハットトリックを決めて)など、折に触れてチーム状態の良さを強調する。
主力の多くは昇格時から在籍。継続的な強化で、個としても組織としても、着実に力を上積みしてきた。岩上、田中らの加入により、攻撃の幅が年々広がっている点も見落とせない。
反町監督は磐田戦後、「上位にいる充実感は選手たちに間違いなくある」と話した。上位にいることで高まる周囲の関心と期待。それが選手たちに高いモチベーションや緊張感をもたらす、好循環を生んでいると言える。
喜山は今季序盤について「去年、一昨年の失敗や悔しさを、最初から生かせている。勝っても、みんなで集中しようと引き締め合えている」と振り返る。

ただ、不安材料もある。塩沢と岩間が15節の磐田戦で負傷。特に塩沢は左アキレスけんを断裂し、長期離脱を余儀なくされた。前線からの守備やゴール前でのつぶれ役など、山雅らしさともいえる「泥くさいプレー」を体現するFWの離脱は、大きな痛手だ。
また昨季は6月、昇格後初の3連敗を含む1勝4敗と大きく負け越した。他チームが息切れする7月以降、好成績を残しただけに、中盤戦もこの状態を保てるかが、もう一つの鍵になりそうだ。
(長岩将弘)
J2第15節 圧巻走力で上位対決制す  (2014年5月29日号より)
J2第15節は24日、各地で11試合を行った。松本山雅は松本市のアルウィンでジュビロ磐田を2−1で下し、ホーム4連勝。“名門”を相手に山雅の魅力が凝縮した一戦となった。
2−0で迎えた後半ロスタイム、磐田が元日本代表FW前田のゴールで追いすがると、サポーターから「ワン・ソウル」コールが湧き起こった。スタジアムが震えるほどの大声援。試合終了間際の相手シュートがバーを越えたとき、それは必然のように思われた。
試合後、反町監督と選手はサポーターへの感謝を次々と口にしたが、サポーターの気持ちを引き出したのは紛れもなく選手たちのひたむきなプレー。最後まで前線から複数人で圧力をかけて守り、同時にゴールを狙い続けた。
圧巻は後半ロスタイムに見せた2つのカウンター攻撃。92分に4人、94分にも3人が、自陣から全速力で相手ゴール前へなだれ込むさまは、ホームチームながらぞっとするほどだった。
特に船山は、前半の速さと切れ味を最後まで持続させる無尽蔵の動きを披露。追加点を奪えなかった悔しさを語る記者会見での姿は、エースが今後さらなる成長を遂げることを予感させた。
磐田の激しいファウルに、時折アルウィンは不穏な空気になったが、その中でも熱く冷静にプレーを続ける山雅の姿は、チャントの一節にある“俺たちの誇り”と呼ぶにふさわしく、子どもから年配者まで強いメッセージを届けたに違いない。
見る者にさまざまなものを与え、胸に刻まれるであろう好ゲームだった。
(松尾尚久)
松本市と協定 市民の健康づくり支援へ講座  (2014年5月22日号より)
松本山雅FCを運営する松本山雅が、松本市民の健康づくりを支援する取り組みを始めた。5月14日、ホームグラウンド「アルウィン」がある松本市神林地区で、「健康寿命延伸都市」を掲げる同市と協定を締結。さっそく、神林体育館で健康講座を開いた。
講座に参加したのは、地元の子どもから70代まで約50人。松本山雅の元選手で現在ホームタウン担当スタッフの片山真人さん(30)らと一緒に、さまざまなストレッチや運動をした。
運動プログラムは、健康運動指導士らでつくるNPO法人CFM実行委員会(事務局・同市)が作成。高齢者を中心に、幅広い世代を対象にしたメニューを用意し、CFM所属のインストラクターが講師を務める。
講座は3年かけて市内36カ所で開催。主に地区の福祉ひろばで行う。毎回、山雅の選手かスタッフが参加し、市民と一緒に運動。講座参加者には、講座限定オリジナル缶バッジをプレゼントする。
市健康福祉部の竹内あゆみさんは「山雅の力を借りて、幅広い世代に福祉ひろばを知ってもらい、健康意識を高めてもらえたら」と期待。山雅スタッフの内田佑介さん(32)は「元気な体を維持して、ずっとアルウィンに応援に来てほしい。それが選手たちの力になる」と話した。
(松尾尚久)
子ども向けサッカースクール安曇野校を開校  (2014年5月22日号より)
山雅ユースアカデミー(育成組織)は5月13日夜、安曇野市の穂高牧運動場で、子ども向けサッカースクールの安曇野校を開校した。松本校、諏訪校に続く3校目で、初日までに未就学児−小学6年生の計50人ほどが登録。同日は3クラスで計30人余が参加し、天然芝の上で基礎的な技術を楽しみながら学んだ。
09、10年に山雅でFWとして活躍した小林陽介さん(31)ら、ユースアカデミーのスタッフ3人が指導した。
小学2、3年生のクラスは、椅子取りゲームの要領で敏しょう性を高めるなど、ゲーム感覚を取り入れた練習も。仕上げは4チームに分かれ、指導陣も交えたミニゲームをした。
穂高北小3年の市川瑠生君(8)は「点も取れたので、ミニゲームが楽しかった。うまくなってもっと(点を)決めたい」。小林さんは「サッカーの技術や面白さだけでなく、あいさつ、礼儀なども含めた『人育て』をしていきたい」と話した。
原則的に同運動場で週2回(火、木曜)実施。問い合わせ、申し込みはユースアカデミー電話88・5523
「山雅仕様」に自転車修理 安曇野の北村さん  (2014年5月22日号より)
安曇野市堀金の北村自動車工業の北村末男社長(72)が、処分依頼を受けて引き取った電動アシスト自転車を修理し「山雅仕様」でよみがえらせた。新品同様の姿で、エコにもなっていると話題だ。
引き取ったのは4月初め。10年ほど前の型で汚れてもいたが、動作に問題はなく「もったいない」と修理を決意。直すだけでなく、地域で盛り上がっている山雅をモチーフにしようと思い立った。
もともと機械いじりは好き。分解して丁寧にさびや汚れを取り、部品を磨き上げた。色は見栄えを重視し、社員の助けも借りてメタリックグリーンを調色。仕事の後などに少しずつ作業を進め、1カ月弱で完成させた。
健康づくりも兼ね、近くで用事がある際に乗る。まだアルウィンでの観戦経験はないといい、「ちょっと遠いけど、これで行ってみたいね」と笑う。
J2第13節 J2第13節 持ち味出た2得点で横浜FCに2−0  (2014年5月15日号より)
J2は11、12日、各地で13節の11試合を行った。11日、横浜FCをアルウィンに迎えた山雅は2−0で勝ち、今季初の3連勝とともに、J昇格以来初のホーム3連勝も飾った。3位を守り、2位磐田との勝ち点差を1まで詰めた。
今季の横浜は高いボール保持率が特徴だが、前半は引き気味に構え、「ボールを持たせておけばさほど怖くないので、持たせておいた」(横浜・山口監督)。敵将の思惑通り、山雅は攻撃の糸口をつかめない時間が続いた。
試合が動いたのは後半25分。岩上の右クロスが相手にはじかれると、そのこぼれ球に岩間が反応。放ったシュートは犬飼の頭に当たって弾道が変わり、先制点を生んだ。
その5分後には、船山の地をはう右クロスに、途中出場の塩沢が滑り込んで合わせ追加点。決して華麗ではないものの、田中が「俺たちの持ち味」と評した2得点だった。
一方で田中は前半について、「たまたま失点しなかっただけ。ボールを回しては奪われることの繰り返しで、情けなさ過ぎた」と切って捨てた。
次節は山形、次々節は磐田と、J1経験のあるクラブとの対戦が続く。相手に分析されることも増えた今季、不得手な展開をいかに打破できるかが、より重みを増しそうだ。
「われわれは(技巧的なパスサッカーで知られる欧州強豪の)バルセロナではない。自分たちができることの120%を出し尽くして、やっとこの位置にいられる」と反町監督。
山雅らしさを貫き、ホームに戻って来られるか。
(長岩将弘、松尾尚久)
J2第9節 辛勝も連戦に弾み岐阜に1−0  (2014年4月29日号より)
26日から5月6日までの11日間で4試合を戦う山雅。その初戦はラモス監督率いる岐阜を1−0で破り、今季のホーム初勝利も飾った。岐阜は元日本代表の川口、三都主ら経験豊かな選手を補強し、昨季とは陣容が一変。セットプレーからの1点のみという辛勝ではあったものの、続く連戦にも向け、勝利の価値は大きい。
山雅は長いボールを前線に送り、立ち上がりから何度もチャンスをつくるものの、決めきれない。一方、母国コロンビアで世代別代表の経験も持つ大型FWナザリトを軸とした岐阜の攻撃を集中してよくしのぎ、試合は我慢比べの様相を呈した。
山雅が均衡を破ったのは後半29分。船山が倒されてゴールほぼ正面で得たFKを、岩上が蹴った。
「落ち着いて蹴ることができた。蹴った瞬間に入ったと思った」と岩上が振り返ったボールにGK川口は反応できず、ゴール左隅に吸い込まれた。
その後は押し込まれる時間帯もあったものの、虎の子の1点を守りきった。
ただ、快勝とは言えない内容に、反省を口にする選手も。岩上が「(自身のFKまで)点が入らなかったことは、うちらの課題でもある」と言えば、塩沢も「流れの中から点を取れていないし、試合終盤、本来走り勝たなくてはいけない時間帯に押し込まれた」。
とはいえ、京都戦で喫したような得点直後の失点はなく、5試合ぶりに無失点。サビアの戦列復帰など、明るい材料もある。
「大事なのは勝ち続けていくこと」と、選手たちは口をそろえる。反町監督は「ここでチームの総合力が問われる。おおむね4分の1となる区切りの10試合をいい形で終え、ホームに戻ってきたい」と、次節をにらんだ。
(長岩将弘、松尾尚久)
ホーム初勝利 心一つに歓喜の時  (2014年4月29日号より)
サッカーJ2の松本山雅は26日、松本市のアルウィンで岐阜を1−0で破り、今季ホーム初勝利を挙げた。ホーム4戦目で訪れた歓喜の時を、選手と1万3000人を超えるサポーターが分かち合った。
北アルプスを挟んだ隣接県同士の戦い。試合前、サポーターは県歌「信濃の国」の大合唱で心を一つにし、選手をピッチに迎えた。
始まると、四方からチャントを送って選手を後押し。後半29分、岩上のフリーキックが決まると、スタンドは総立ちでタオルマフラーをぐるぐる回し、試合が終わると凱歌(がいか)「勝利の街」を高らかに歌い上げた。
「昨季は岐阜に逆転負けしてホーム初勝利を逃した。同じ思いはしたくなかったので本当にうれしい」と同市芳川小屋の古町秀美さん(53)と山田美津子さん(52)。同市県の萩原健司さん(38)はホーム開幕戦以来の観戦で、長男の啓太君(7)は「また応援に来る」と目を輝かせた。
J2第8節 知略と闘争心で強豪京都に2−2  (2014年4月24日号より)
J2は20日、各地で第8節の11試合を行った。松本山雅は京都サンガと松本市のアルウィンで戦い、2−2の引き分け。今季ホーム初勝利はおあずけになったが、高い技術の強豪に知略と闘争心で立ち向かったチームに、試合後、約1万2000人のサポーターからは「ありがとう」「よく頑張った」の声が飛んだ。
堅い守備で前半を0−0で切り抜けた山雅は、後半29分に船山のPKで先制。その後、京都のエースで元日本代表・大黒の1ゴール1アシストで逆転を許したが、45分、岩上のCKを犬飼が頭で合わせて同点にした。
京都にボールを保持されながらも、組織的な守備とカウンター攻撃で善戦。ロスタイムには船山がGKをかわして放ったシュートが相手DFにはばまれる場面もあり、反町監督も「負けなくて良かったのか、勝てた試合だったのか…」と悔しがった。

パスサッカーの強豪を、手持ちの武器でいかに破るか。その答えをピッチ上で表現しようと、チームが頭と体をフル回転させた試合は、サッカーの面白さをあらためて示した。
前半は、パスを回しながらじわじわと獲物を追い詰める京都と、その攻撃を粘り強くかわしながら一撃で仕留める機会をうかがう山雅、という構図。
特に守備では、FWを含め全員が連動して相手攻撃陣を囲み、大黒や山瀬(元日本代表)に決定的な仕事をさせなかった。
後半は一転、山雅は右MFの田中を起点に何度も京都にかみついた。
狙い続けたのは、シンプルなパス交換で相手最終ラインの裏を取る形。その結果、試合を通じて12回もオフサイドの網に引っかかったが、愚直に続けたことが船山のPKや、同点につながるCKを生んだ。試合終了間際には、船山の右足が京都を仕留めかけた。
一方、京都の2得点も自らの持ち味を生かした格好。攻撃への比重が高まった山雅の足元をすくうかのような巧みさだった。
「『ボールを支配していても優位なわけではない』と証明したかった。(山雅は)まだその域には達していないが、良い手応えを感じた」と指揮官。
知性と技術、意地と体力がせめぎ合う、ひりひりとした試合。勝ち点1という数字以上の高揚感がアルウィンを包んでいた。
(松尾尚久、長岩将弘)
移籍延長自ら志願しチームと自身の夢追う DF犬飼  (2014年4月24日号より)
先制してからわずか4分後の後半33分。相手選手の放ったシュートは犬飼の足の間を抜け、山雅ゴール左隅へ突き刺さった。
「僕のところで防げた失点だった」。犬飼は膝をつき、地面をたたいて悔しがった。
さらに40分には、犬飼が失ったボールが起点となり2失点目。土壇場で自ら挙げた同点ゴールにも「うれしさより、その前の失点が悔やまれる」と、硬い表情を崩さなかった。
J1清水の下部組織で育ち、12年にトップチームに昇格したが、同年のリーグ戦出場は1試合。出場機会を求め、昨年6月末に期限付き移籍した。
同年7月3日の22節・水戸戦で初先発し、2−0の完封勝利に貢献。最終節まで3バックの一角として定着することになった。
今季の移籍期間延長は、自ら志願した。「試合に出させてもらっていることを含めた山雅での経験全てが、自分にとってプラス。昨季は果たせなかったJ1昇格にも貢献したい」と、理由を語る。
反町監督は試合後の会見で「プレーが綿菓子のように軽い」と指摘した。犬飼も「普段から注意される点。すぐに『うまく攻撃につなげられないか』などと考えてしまう。ああいう場面では、もっとシンプルにやってよかった」と、自らの判断の甘さを戒める。
ただ、反町監督は先の指摘に続けて「若いのだから、もっと学んでほしい。その辺ができるようになってくれば、日本を背負って立つ力はある」とも。
将来の目標はフル代表入り。五輪代表を率いた経験もある指揮官の下、チームと自らの夢を追い、犬飼の挑戦は続く。
ユースU―18が県選手権2回戦突破  (2014年4月17日号より)
第19回県サッカー選手権は4月13日、各地で2回戦を行った。山雅ユースU―18(18歳以下)は、池田町アルプス広場多目的グラウンドで、FCテンペスト(上田市、東信リーグ)と対戦。社会人選手を相手に4―1で快勝し、3回戦に駒を進めた。
前後半35分ずつ。山雅は前半14分、FW高橋晟弥(松本筑摩2)が左サイドを突破し、飛び出したGKの足元を抜き先制。20分には、MF池上雄太(松商3)の右サイドからのボールを高橋が押し込み、2点目を奪った。
後半は、10分にMF唐澤真三郎(同2)が相手選手をかわして左足でゴール。27分には、途中出場のFW小松蓮(同1)が4点目を決めたが、終了間際に1点を奪われ、零封はならなかった。
山雅は20日に行う3回戦で、FC・TOGAMI(千曲市、県リーグ)と犀川河川敷Bグラウンド(長野市)で対戦する。

「合格点を70点とするなら、70点の試合」。チームを率い2シーズン目の岸野靖之監督(55)は試合後、こう評価した。
チームは、相手エリアで攻め、ミスを誘うことを心掛けて臨んだ。「落ち着いたボール回し、サイドの高い位置で相手を崩すなど、手応えはあった。強化してきたトレーニングが実りつつあり、サッカーを理解し、グラウンド状況が悪いにもかかわらず、それを把握した試合運びができた」と指揮官。
選手も、今季は高校2、3年生が主体になり、技術面での伸びに加え、精神面でも成長している。主将の篠原貫太(松商3)は「ディフェンスラインからボールをつなげる意識が出るなど、監督に言われていることができてきている」と胸を張る。
スピードがアップした時のパスの精度など課題はあるが、岸野監督は「リーグ戦(U―18県リーグ)で2部に引き上げるのが今季の目標」。篠原は「落ち着いた試合ができ、要所で点が取れたのが大きかった。全部勝って決勝に行きたい」と話した。
(八代啓子)
松本中心市街地に応援フラッグ サイン探して  (2014年4月17日号より)
松本商店街連盟と松本山雅FCは4月、市中心部の商店街や大型店など計21カ所で山雅応援フラッグ(旗)の掲出を始めている。応援ムードを盛り上げようと、J参戦前から続く取り組み。昨年に続いて選手の直筆サイン入りフラッグを交ぜ、「好きな選手のサインを探しながら街歩きも楽しんでほしい」と、市街地の活性化も狙う。
フラッグは街路灯から下げる形式と、のぼり旗形式の2タイプ。サイン入りは選手30人分があり、1カ所当たり1、2選手分を交ぜる。今月から順次掲出し、松本ぼんぼんなどのイベント時を除いて、原則的に11月の今季終了まで掲げる。
11日は元山雅選手でホームタウン担当の片山真人さん(29)も参加し、上土商店街と大名町商店街で商店主らと飾り付けをした。上土には船山選手、大名町は岩上、永井両選手のサイン入りフラッグが交ざっている。
昨季はサインを見つけて喜ぶ人たちを目の当たりにし、「回遊性を高める効果を感じた」と話すのは、上土商店街振興組合の橋倉直樹理事長(52)。
大名町商興会の木下匡晃会長(50)は「山雅は観光の目玉になり得る。松本の街を訪れるアウェーチームのサポーターにも楽しんでもらえればいい」と期待する。
安曇野らしい応援を 後援会支部発足へ  (2014年4月10日号より)
松本山雅FCを支援する山雅後援会の安曇野市の会員有志は、安曇野支部を発足させる。22日午後6時半から豊科の安曇野スイス村サンモリッツで支部発足式を開催。会員の増強などさまざまな活動をしていく計画で、多くの参加を呼び掛ける。
「安曇野支部をつくろうよ」。昨年の夏あたりから、安曇野市のサポーター仲間による酒の席で、そんな話が出始めた。
昨年、市がクラブ運営会社に500万円を出資して、山雅のホームタウンになったり、有志が応援旗を街に飾ったりしている。
また、クラブの歴史をひもとくと、安曇野は山雅にとって重要な地。チームは、JR松本駅前の喫茶店「山雅」の常連客によって1967(昭和42)年につくられたが、彼らの多くが安曇野の人々だったこともあり、山雅に対する思いは、松本の人たちと同様に強い。
こうした山雅を応援しようという機運の高まりを受け、サポーターたちは今年2月、支部設立発起人会を発足。4月5日の打ち合わせ会議では、子どもの山雅観戦ツアーやサッカー教室、アウェー応援ツアーなど、さまざまな活動案を出し合った。
「地域活性化につながれば」と発起人会代表の辻谷洋一さん(36)。山雅の応援を通じて、世代を超えた住民同士の交流が生まれることを期待する。
現在、安曇野在住の後援会員は40人ほど。100人以上を目標に掲げる。発起人の一人、上兼裕さんは「身の丈に合った活動をしながら、安曇野ならではの取り組みをしていきたい」と抱負を語った。
発足式は誰でも参加できる。申し込み書は山雅後援会ホームページから。当日、会場で後援会への入会も受け付ける。式後の親睦会は後援会員限定で、参加費は大人5000円、小学生以下3000円。問い合わせは辻谷さん電話090・1418・1275
(松尾尚久)
J2第5節 実力確信の大敗 湘南に1−4  (2014年4月3日号より)
J2は3月30日、各地で第5節の11試合を行った。山雅は勝てば単独首位に躍り出る湘南とのホーム戦。結果こそ1−4だったが、内容は「首位決戦」にふさわしい試合だった。
前半押し込んだのは山雅。37分、湘南CBから最前線へのロングパス1発で先制されたが、その後もペースを握り、後半はギアを入れ替えた湘南との激闘に。
どちらが点を取ってもおかしくない状況で、まず結果を出したのは山雅。村山と飯田の連続好守備で流れを引き寄せた直後の15分、田中の右サイドからのクロスを飯田が頭で押し込み同点。5分後、湘南はすぐ追加点を取ったが、山雅の足は止まらなかった。
しかし43分、湘南は山雅CKのこぼれ球をカウンター攻撃につなげて3点目をもぎとり勝負を決め、ロスタイムにも加点した。

「こういう試合を1つでも多くできれば、上位争いに入れると自信を持って言える」。試合後、反町監督はそう総括した。
山雅は前半をほぼ支配。カウンターから先制を許したものの、前線からのプレス、鋭い出足によるこぼれ球の保持、重層的なサイド攻撃など、見事な試合運びをした。
後半は両チームの意地がぶつかり、首位決戦と呼ぶにふさわしいゲームに。その中で同点にしたのは、山雅に確かな力があることの証しだろう。
力の差が出始めたのは追いついた後。すぐ加点した湘南は終盤まで運動量が落ちず、支配率を高めていった。
残り13分、山雅は攻撃的な2選手を投入したが、攻撃意識が強まった山雅の足元を確実にすくう湘南が一枚上手。山雅の息の根を止めた3点目は、トップスピードで走りながら吸い付くようなパス交換をし、最後はボランチが仕留め、格の違いを見せつけた。
「負けたが、下を向く内容ではない。正々堂々と帰路に就いていい」と反町監督。雨でずぶぬれになった9124人のサポーターも、心を温かくして帰ったのではないか。
(松尾尚久、長岩将弘)
成長期す新戦力 岩間と椎名がホーム初出場  (2014年4月3日号より)
新加入の岩間と椎名が、初めてアルウィンのピッチに立った。雨中の大歓声に感謝と手応えを口にしつつ、プレー内容には到底満足しない様子だった。
岩間は初先発で90分を戦い切った前節に続き、今節も先発出場。後半32分に退くまで中盤の底で汗をかいたが、「全然貢献できていない。もっともっとやらなくては」。
07年から4季、JFLのアルテ高崎(現在は活動休止)で働きながらプレーした。プロ契約を得たのは11年、当時JFLだった長崎に移籍してから。チームがJ2昇格を果たし、自身のJ初年でもあった昨季は、リーグ41試合に出場した。
「自分たちの時間帯もあったが、最後の精度はまだ低い。決め切る力は相手が上だった」と岩間。昨季はJ1で戦った湘南の地力を肌で感じ、たたき上げのJリーガーはさらなる成長を期した。

椎名は1点を追う後半32分に登場。ピッチに飛び出すなり相手ボールを奪いチャンスをつくったが、「いい入り方ができた以上に、それ以降(存在感が)消えたのが悔しかった」と唇をかんだ。
才気あふれるプレーで早くから注目されたが、高校3年時と大学3年時に左膝靱帯(じんたい)を切り手術。けがに苦しんできただけに、プレーそのものへの渇望は人一倍だ。
40分にはゴール前の浮き球を頭で押し込んだが、味方がオフサイドを取られ、無効に。
「ゴール前でプレーできたことは収穫」としつつ、「自分に求められていたのは前への推進力やゴール。どんな展開でも結果を出し、存在感を示していかなくては」と戒める。
それでもロスタイムを含め15分間余の出場は、今季3試合目で最長。「まずは使い続けてもらえる選手になる」と、メンバー定着を誓った。
熱い思いは変わらず 元FW小林陽介さんがサッカースクールコーチに就任  (2014年3月27日号より)
09、10年シーズンにFWとして在籍した小林陽介さん(30)が2月、ユースアカデミー(育成組織)が未就学児向けに開くサッカースクールのコーチに就任した。JFL昇格にも貢献した俊足のストライカーが、再び山雅の一員として、ピッチ外での奮闘を始めている。
16日のホーム開幕戦。試合前、小林さんは運営スタッフの一員として、ピッチ脇を奔走していた。選手が練習のためピッチに飛び出してくると、アルウィンを揺るがすような大歓声が起きた。
昨年10月、J1鳥栖との天皇杯3回戦をスタンドで観戦したが、ピッチで歓声を聞くのは山雅の「敵」だった11年11月3日以来だ。
「ありきたりな表現だが、鳥肌が立ったし、胸に迫るものもあった。ファンの数、その熱気とも、僕のいたころよりさらに増しているようだった」。小林さんは2年半ぶりに感じたピッチの“空気”を、こう振り返った。

11−13年シーズンは、かつても在籍したJFLの横河武蔵野FC(東京)でプレーした。12年からは酒店でフルタイムの仕事をこなし、夜に練習。週末が試合のため、休日が取れない週も。大変ではあったが、サッカーができる喜びを感じ、充実した日々だった。
山雅からクラブスタッフとしての誘いがあったのは、横河の退団が決まって間もない昨年11月末。現役を続けたい気持ちもあり、「かなり悩んだ」と明かす。
「例えばJでバリバリ活躍していたら、もっと強く現役にこだわっていたかもしれない。でも、横河に移ってすぐ娘が生まれ、いつ辞めることになっても悔いのないように−との意識を常に持ちながらやってきた」。引退後もサッカーに関わる仕事をしたいと考えていた小林さんにとって、熱意ある打診は響いた。妻の後押しもあって、心を決めた。
松本への2度目の引っ越しは、2月の2週にわたった記録的大雪の狭間だった。「荷物を運び終えたと思ったらまた雪が降り、東京との交通が断たれた。すごいタイミングで、松本に歓迎してもらえたと思うことにした」と笑う。

横河時代の11年にスクールコーチを手伝っていたものの、本格的に「教える」経験は初めてだ。「分かりやすく言葉で伝えることの難しさを感じる。悩むことも多い」という一方、「指導者という立場はものの見方が変わる部分があり、自分も成長できる。何よりサッカーに関わっていられることは幸せ」と、つらさはない。
会社には柿本倫明さん(現クラブアンバサダー)や小澤修一さん(現広報)らかつてのチームメートがおり、選手時代から知るスタッフも少なくない。
「今はコーチの仕事で精いっぱいだが、これから他の仕事も覚えていく中で、彼らの存在は心強い。そういう意味でもここで良かったと感じる」

JFL昇格を決めた09年12月6日のアルウィン。自ら逆転ゴールを挙げて浴びた歓声や、試合後に歌った凱歌(がいか)「勝利の街」を、「一生忘れられない」と小林さんは言う。
チームの目指す先も自分の立場も変わった。しかし、チームのために自分の場所で力を尽くすという思いは変わらない。
「指導者として、もっとレベルアップしなければという思いもある。さまざまな目標があるので、まずはそれらを着実にクリアしていきたい」。はつらつと語る小林さんの第二のサッカー人生は始まったばかりだ。

こばやし・ようすけ1983年、東京都生まれ。J1浦和(02、03年)、横河武蔵野(04−06年)、熊本(07、08年)を経て、当時北信越1部だった山雅へ。公認C級コーチライセンス所持。現在は妻、長女と松本市内で暮らす。
(長岩将弘)
J2第3節 3連勝逃すも引き分けに揺るがず  (2014年3月20日号より)
昨季勝ち点で並んだ長崎とのホーム開幕戦は0−0で引き分け、1万4000人を超える大観衆に開幕3連勝の歓喜を届けることはできなかった。しかし、J1で活躍した選手がそろう「個々の能力では少し上」(反町監督)の相手に手堅く勝ち点1を積み上げ、3季目の力の一端を示した。
反町監督が「われわれらしくない前半45分間だった」と振り返った通り、序盤から長崎に攻め込まれる展開。攻撃も前線にパスがつながらず、岩沼、玉林が放ったミドルシュート2本にとどまった。
後半はボランチの岩沼が底に位置することで、中盤の距離感を修正。徐々に攻撃のリズムをつかむが決めきれない。
特に終盤は右サイドの田中が敵陣深くまでボールを運んではクロスを上げ、チャンスを演出したものの、ゴールは遠かった。
前半の守備について反町監督は「普通、ああいう時は失点する」とこぼした。それでも苦しい時間帯を守りきり、その後も無失点に抑えられたことは、プラス材料だろう。
村山は個人的な反省を口にしながらも「チーム全体で守る意識を強く持ち、体を張ってしのげた」。「最悪のゲーム」と内容について悔しがった岩上も、「昇格を狙うには負けないことがベスト。この勝ち点1が後々、生きてくるかもしれない」と前を見た。
反町監督は開幕3戦の手応えについて「チームのまとまりやコンセプトは揺るぎないものができてきている。あとは枝葉の部分を調整していけば」と、今後の戦いをにらんだ。
22日に敵地での讃岐戦を経て、30日はアルウィンで湘南を迎え撃つ。

○…サビア(栃木から今季新加入、アルウィン初試合)
「山雅サポーターの熱気をあらためて感じた。昨年まで敵だったが、(サポーターが)味方に付くとこんなにも力になるんだと肌で感じた。ホームでサポーターに勝利をプレゼントできなかったのが悔しい。チームの目標はJ1昇格。ホーム、アウェー関係なく、われわれは勝ち続けなければならない。しっかりトレーニングを積んで次戦に臨みたい」
(長岩将弘、高山佳晃)
熱い思い「3」背負い MF田中・故郷で存在感  (2014年3月20日号より)
J1名古屋グランパスから今季新加入した松本市出身の田中。切れのある力強いプレーで、両サイドから何度もチャンスをつくり、初のホーム、アルウィンで存在感を示した。
女鳥羽中学を卒業後、古里を離れたため、プロになってから松本で公式戦に出場するのは、これが初めて。試合後、「自分が生まれ育った町で多くのサポーターやファンに囲まれながらサッカーができることは幸せ」と喜びながらも、「勝ち点3を取れなかったことは非常に残念」と悔しさをにじませた。
「山雅らしい辛抱強い試合ができたが、チャンスを得点に結び付けられなかったのは俺の課題」と分析。「ゴールを決めなければ結局、勝ち点3は得られない。守っているだけではだめだし、攻めるだけでもだめだ」とあくまで勝ち点にこだわる。
初めてアルウィンのピッチに立ち、自身の応援歌を聞いて「こみ上げてくるものがあった。ただ、個人的な感情よりもチームが勝つことが何よりも第一」と熱くも冷静沈着だ。
背番号3は、元日本代表DFで山雅在籍中に亡くなった松田直樹さんの番号。「いろんな人の思いを背負って山雅でプレーする覚悟を決めた。『3』に見合ったプレーをしたい。自分がどうこうよりもチームが勝つために自分が何をすべきか、もっと突き詰めたい」。豊富な経験を武器に、常に高い目標と向上心でチームをけん引する。
ホーム開幕戦に1万4048人 長崎と0−0  (2014年3月18日号より)
春の訪れと同様、待ちに待った松本山雅FCのホーム開幕戦。サッカーJリーグ2部(J2)第3節は16日、各地で11試合を行い、山雅は松本市アルウィンでV・ファーレン長崎と対戦し、0−0で引き分けた。初戦からの連勝を惜しくも3に伸ばすことはできなかったが、スタンドには昨年のホーム開幕戦を1000人以上上回る1万4048人が来場。緑の大応援団が熱い声援を送った。
2年前からホームゲームにはできるだけ駆けつけるという松本市蟻ケ崎の小松誠さん(40)、海斗君(8)親子は、午前9時に会場に到着。引き分けという結果に小松さんは「勝ちを期待していたので残念」としながら「随所にいいプレーの形が見えたので良かった。それにしても(新加入の)田中隼磨選手はさすがにいい」とうれしそうに話した。
岡谷市の伊藤亜希子さん(37)は娘の小羽さん(7)と訪れ「山雅が点を取ってタオルを振り回したかったので残念」。試合後、山雅のマスコットキャラクター・ガンズくんと記念撮影した小羽さんは「かわいかった」と笑顔だった。
ホーム開幕戦に合わせこの試合から、ファン拡大を目指す「プラス“1”プロジェクト」が始動した。その一環として来場者にユニホーム形のポストカードを配布。知り合いに渡すことで観戦を呼び掛けてもらう。
山雅は前半、守勢に回り、シュート数は長崎の7本に対し2本。後半は攻撃のリズムを修正し、終盤に何度かチャンスをつくったが、決めきれなかった。
(取材班)
ホーム開幕戦へ高まる熱  (2014年3月13日号より)
3月9日の第2節で熊本を下し、J昇格後初の開幕2連勝を果たした山雅。アルウィンに長崎を迎える16日は、やはり昇格後初となるホーム開幕戦勝利も懸かる。地元初戦が間近に迫り、地域の熱もいよいよ高まってきた。

「練習会場にファン多数」
3月12日午前にチームが練習を行った松本市サッカー場には、ホーム初戦を待ち切れない50人余が訪れ、選手に熱い視線を送った。
萩原健君(17、塩尻市洗馬)と中澤峻哉君(17、安曇野市明科)は、ともに松本工業高サッカー部の2年生。萩原君は同じGKの村山選手に注目し、「熊本戦のように無失点で抑えてほしい」。開幕戦を現地で観戦した中澤君は、憧れの船山選手のハットトリックに感動。「アルウィンでも決めてほしい」と力を込めた。
東京の大学に通う山村美咲さん(19、松本市島内出身)は、「山雅初心者」という小野ちひろさん(19、同市大手出身)と来場。「ひたむきに走る玉林選手を、アルウィンでも見たい」と期待していた。

「山形村で後援会支部発足へ準備」
山形村で有志が、山雅後援会の山形支部発足に向けて準備を進めている。4月中の発足を目指しており、村の山雅熱がさらに高まりそうだ。
村内にシャトルバス発着点のアイシティ21があったり、アルウィンが近かったりと、山雅と同村は身近な関係。2013年に村がホームタウンになったこともあり、「応援組織をつくろう」と地元のサポーターら4人が発起人会を発足した。「後援会の集まりを核に、村のサポーター組織もつくりたい」と上條勝代表(72)。
応援ツアーなども企画する考えで、「応援する楽しさを伝え、多くの人が見てくれるようになれば。山雅を心の糧に、村が元気になればうれしい。地元開幕が楽しみ」と話す。

「塩尻市のツアーバス満席」
塩尻市は今季の全ホーム戦当日、市内と松本市のアルウィンを結ぶ「塩尻ツアーバス」を運行する。各試合2便用意するが、3月16日の試合開始3時間前に出発の便は予約受け付け開始日(7日)に、1時間半前に出発の便も数日で満席になる人気ぶりだ。
大門一番町の市民交流センター前とJR塩尻駅東口発着で、帰りは試合終了30分後に出発。料金は無料で、運行を委託されたトラビスジャパン(箕輪町)へインターネットで予約するシステムだ。1便の定員は24人で、余裕がある場合は、予約なしでも乗車できるが、同社は「とても人気で、予約しなければ乗車は難しい」という。
問い合わせは市企画課・ブランド観光課電話52・0280
(長岩将弘、倉科美春、井出順子)
チームバモス説明会 メンバー募る  (2014年3月13日号より)
山雅後援会のヤマガフォルテ(松本市中央)は3月9日、同市のMウイングで、ホーム試合の運営を手伝うボランティア組織「チームバモス」の説明会を開いた。大雪の影響で中止した2月分の代替開催で今季3回目。ホーム開幕前は最後となり、11人が参加した。
組織の仕組みや約束事の他、昨季の試合当日の流れなどを、スライドを使って説明。昨季から継続登録するメンバーによる体験談の披露もあった。
塩尻市の中原大輔さん(34)は、長野冬季五輪でもボランティアをし、「(地元出身の)小松選手も応援しながら、J1昇格への後押しができれば」と参加。
地域リーグ時代からのファンという松本市の女性(28)は「運営側の苦労や喜びも知りたい」と決心。「山雅の名に恥じないよう、クラブの一員として覚悟を持って勤めあげたい」と意気込んだ。
後援会によると、メンバーは9日朝で234人。バモスの豊岡圭代表(37)は「山雅の今後のためには、まだまだ多くの人の協力が欠かせない。関心があれば、いつでも気軽に問い合わせを」と話した。後援会電話39・6031
確かな自信と手応え 東京Vに雪辱 開幕戦好発進  (2014年3月6日号より)
2日の開幕戦で、山雅は2年前のJ参入初戦で完敗した東京Vに対し、3−1で快勝した。選手たちからも手応えと自信を深めた言葉が聞かれ、今季の鍵として反町監督が繰り返す「スタートダッシュ」に向け、好発進を見せた。
「(チーム始動以来)1カ月半、準備してきたことが、この試合に集約されていた。安堵(あんど)感とともに、またやってやろうという気持ちになっている」。開幕戦を終えた反町監督は、むしろ闘志をみなぎらせているようだった。
山雅は前半5分、相手のハンドで得たPKを船山が落ち着いて決め先制。しかし3分後、相手セットプレーの流れから技ありのシュートを許す。
勢いに乗って攻めかかる相手をしのいだ前半ロスタイム、船山が豪快なミドルシュートを決め、再びリード。
相手の運動量が落ちた後半は、時間の経過とともに攻勢を強めた。43分、船山が三たびゴールネットを揺らし、今季リーグ初のハットトリックを達成した。
2年前の開幕戦も同じピッチに立った多々良が「(J昇格後の)3年の中で一番いいスタートが切れた」としたように、選手たちの言葉からは確かな自信がうかがえる。
J屈指ともいわれる厳しいフィジカルトレーニングに加え、監督の方針も浸透。新加入で先発した田中、サビアはスタイルになじみきっているとはいえなかったものの経験や個の能力で補い、指揮官をうなずかせた。
2季連続で開幕戦を勝利で飾ったが、昨季はその後に失速し、10節を終えて3勝。ホーム初勝利は16節(5月26日)で、波に乗りきれない期間が続いた。
「大事なのは、こういう勝ち点3を積み重ねていくこと」と多々良が言えば、船山も「ここからが勝負。次の一戦が大事」と表情を緩めない。
この手応えを結果として示せるか。次節は9日、昨季19位の熊本と敵地で対戦する。

○…田中(豊富な経験と技術でチームをけん引)「全員が『フォア・ザ・チーム』で戦うことができた。選手はもっと良くなるポテンシャルを持っている。それを引き出すのも俺の仕事だと思う。サポーターの応援は頼もしく、一緒に戦っていることをピッチの上で感じることができた」
○…喜山(今季選手会長としてピッチ内外で存在感)「山雅らしいサッカーができた。2点目をいい時間帯に取れたことが大きい。同点にされても落ち着いて戦えたのは練習の成果だ。次も全力で行く」
(長岩将弘、高山佳晃)
塩尻の「えんぱーくらぶ」チームバモスに学ぶ  (2014年3月6日号より)
塩尻市大門一番町の塩尻市民交流センターで活動している「えんぱーくらぶ」(遠藤鏡子代表)は1日、山雅のホーム試合の運営を手伝うボランティア組織「チームバモス」の活動を学ぶ講座を開き、26人が受講した。
豊岡圭代表と風間敏行マネジャーが来場。豊岡さんは「観客100人に1人以上のスタッフを動員し、気持ちよく観戦ができるよう努力している」などと工夫を話した。
風間さんは、昨季の観客動員数や、「雰囲気、おもてなし」で来場者に高い評価を得ていることなどを紹介。「(活動を活発にしていくには)モチベーションを高めるのと、運営組織、リーダーの育成が鍵。そのためには常に刺激を与え、活性化させなければならない」と締めくくった。
「えんぱーくらぶ」は、センター開所時からさまざまなサポート活動や催しを実施。現在、80の個人・団体が登録しているが、さらに活動を活性化させるヒントを探ろうと、チームバモス関係者による講座を企画した。
J2開幕戦白星 緑一面「勝利の街」  (2014年3月4日号より)
サッカーJリーグ2部(J2)は2日開幕した。松本山雅FCは、東京ヴェルディと味の素スタジアム(調布市)で対戦し、エース船山貴之選手のハットトリックで、3―1で勝利。観客1万2658人のうち、約3分の2を占める8036人の山雅サポーターが応援に駆け付け、選手の活躍を後押しした。
「ここは山雅のホームか?」―松本のアルウィンと勘違いするほど多くのサポーターが訪れ、東京のスタンドを緑色に染めた。普段は開放されないアウェーの2階席も山雅側が陣取り、大声援を送った。
試合は前半5分、船山選手のPKで先制。その3分後に1点を返されたが、ロスタイムに追加点を奪うと、後半は終始、山雅ペースに。ダメ押しの3点目が決まると、サポーターの歓喜も最高潮に。終了後、凱歌(がいか)「勝利の街」を響かせた。
松本市から母子で訪れた由上達也君(開智小2年、城西1)は「憧れの船山選手がゴールを決め、しびれた」。母親の綾さん(42)は「今年の山雅はひと味違う。この勢いに乗って次も勝ってほしい」と願った。
一家で山雅ファンという内城伸一さん(56、同入山辺)は、娘の由紀さん(26、里山辺)と東京で暮らす息子の貴行さん(大学3年、大田区)と現地合流し観戦。3人は「この調子で今年こそプレーオフに進出し、夢のJ1へ連れて行ってほしい」と話した。
(高山佳晃、長岩将弘)
3月2日開幕 東京Vと対戦  (2014年2月27日号より)
今季のプロサッカーJリーグは3月1、2日に1部(J1)が、2日に2部(J2)が開幕する。昨季J2参入2年目の松本山雅FCは、19勝9分け14敗、勝ち点66で7位。昨季順位を上回り、プレーオフ進出を目指す今季は、開幕戦で昨季13位の東京Vと、敵地の味の素スタジアム(調布市)で対戦する。
指揮を執るのは引き続き反町康治監督。昨季から残る選手に、完全移籍の岩上を含め新戦力10人が加わり、34人で開幕を迎える。
チームは1月15日に始動し、静岡県御殿場市、静岡市、鹿児島市で計32日間の合宿を行った。J1大宮、J2京都などと、3次で計8試合の練習試合もこなした。
23日は山形村のアイシティ21で、恒例のキックオフイベントを開いた。松本のファンやサポーターの前に立つのは、新体制発表会以来、約1カ月ぶり。1000人余の参加者を前に、監督や選手が意気込みを語った。
壇上で今季の戦いについて聞かれた反町監督は「昨年と同じことをしていては7位で終わってしまうかもしれない。さまざまな点で、よりバージョンアップしていかなければ」と強調。「大事なのはスタイル。どんなフォーメーションを採用するにせよ、われわれのスタイルをいかに表現できるか」と、間近に迫った勝負のシーズンを見据えた。

雪でグラウンドが使えないため、チームは26日午後から静岡市へ移動して事実上の4次合宿を行い、そのまま開幕戦に臨む。
東京Vには、昨季1勝1分け。東京Vは昨季クラブ史上最低順位に終わったが、それだけ巻き返しへの思いも強いはずだ。
東京Vとの開幕戦は、山雅がJ2に昇格した12年シーズンの開幕戦と同カード。0−2で内容的にも完敗し、Jの洗礼を受けた相手だ。シーズン序盤、スタートダッシュへの弾みを付けるためにも、因縁の“緑ダービー”に注目だ。

【J2リーグ戦概要】 J2は昨季と同じ22クラブが参戦。本拠地と敵地で1戦ずつ行うホーム・アンド・アウェー方式の総当たり2回戦、全42節で争う。順位は勝ち点(勝ち=3、引き分け=1、負け=0)の合計で決め、勝ち点が同じ場合は得失点差、総得点数、当該チーム間の対戦成績−の順となる。
1、2位はJ1へ自動昇格。3−6位でトーナメント方式のプレーオフ(準決勝11月30日、決勝12月7日)を行い、優勝者が昇格の残り1枠を手にする。
ただしクラブライセンス制度により、財務や施設など各分野でJ1基準を満たしていないクラブは昇格できず、プレーオフにも出場できない(山雅は今季J1ライセンス交付済み)。
また今季から新設されたJリーグ3部に当たるJ3で、J2基準を満たすクラブが上位になった場合は、21、22位が入れ替え戦など降格対象となる。
【観戦チケットについて】 ホーム試合は、松本市神林の総合球技場アルウィンで21試合。前売り券はS席2900円(高校生以下1700円)、A席2200円(同1200円)、ホーム・アウェー側とも自由席1500円(同700円)など。コンビニエンスストアの情報端末などで購入できる。
当日券は各500円(高校生以下は300円)増し。未就学児は大人1人につき1人まで無料で、松本市や周辺の小中学生には学校を通じ、ホーム自由席の招待券を配る予定だ。ホーム全試合を観戦できるシーズンパスもある。問い合わせは松本山雅事務局電話88・5490
(長岩将弘)
今季に新たな決意 新体制発表会  (2014年1月30日号より)
サッカーJ2の松本山雅FCは25日、松本市のまつもと市民芸術館で今季の新体制発表会を開いた。反町康治監督や新加入9人を含む31選手、指導陣らが顔をそろえ、ファン・サポーター1500人余と対面。今季の意気込みを語り、1カ月余り後の開幕へ気勢を上げた。
今季のチームスローガンは「OneSoul(ワンソウル)〜走力×創力×総力〜」。3季目の指揮を執る反町監督は「開幕戦に万全の状態で臨み、一枚岩となって戦いたい」とあいさつ。選手会長となった喜山康平選手は「毎日の練習を大事にし、シーズンが終わったときにみなさんと笑い合えるよう頑張っていきたい」と決意を話した。
子ども2人と訪れた高山淳さん(42、同市神林)は、静岡県御殿場市で行った1次キャンプも見学に行き、「キャンプも今日も、雰囲気がとてもいい。開幕が楽しみ」。長女の綺乃さん(12)は船山貴之選手のファンといい「今季も活躍してほしい」と願っていた。
開幕戦は3月2日、東京ヴェルディと敵地で対戦。ホーム開幕戦は同16日、V・ファーレン長崎を迎える。
J2参戦3季目 始動  (2014年1月18日号より)
J2参戦3季目となる松本山雅FCは1月15日、松本市サッカー場で今季の練習を開始した。就任3季目の反町康治監督の下、昨季を上回り、J1昇格プレーオフ圏内となる6位以上を目指す。
昨季から残る22選手と新加入9選手が約2時間半、体幹トレーニングやパス回しといった練習に取り組んだ。
反町監督は、選手らの表情に対し「昨年以上にいい緊張感と、やってやるぞという気持ちがみなぎっていた」と手応えを得た様子。「寄せられる期待に応えられるよう、しっかりやっていく」と決意を話した。
好天にも恵まれ、400人余のファンやサポーターが駆けつけて初練習を見守った。
恋人と訪れた鳥羽康平さん(21、安曇野市明科)は、特に名前が同じ喜山康平選手のファンといい、「今季も山雅らしい戦いを貫いて、J1昇格を果たしてほしい」と熱っぽく語った。
17日−2月21日、静岡県と鹿児島市で計3度のキャンプを経て、3月2日の開幕戦に臨む。開幕戦カードは21日に発表される。
地元出身田中隼磨選手入団 「3」を受け継ぐ  (2014年1月9日号より)
J2松本山雅FCは6日、松本市出身で日本代表経験もあるJ1名古屋グランパスのDF田中隼磨(はゆま)選手の完全移籍加入を発表し、同市本庄のホテルブエナビスタで入団会見を開いた。背番号は、山雅在籍中の11年8月に急性心筋梗塞で急逝した松田直樹さんの「3」を受け継ぐ。即戦力としてはもちろん、集客力アップやチームへの豊富な経験の還元といった役割にも期待がかかる。
大月弘士社長、加藤善之ゼネラルマネジャー(GM)と会見に臨んだ田中選手は「生まれ育った松本のチームにプロ選手として加わることができ、幸せだし光栄。いろいろな人の思いを背負い、覚悟をもってやっていく」と決意を話した。
名古屋との契約満了を受け、山雅は昨年12月9日に名古屋市で初の交渉。代理人を含めた交渉を重ねたすえ、31日に田中選手が入団の意志を伝え、会見前に本契約を交わした。
大月社長は「(横浜でチームメートだった)松田さんとの縁や、彼と同じ強い気持ちで松本を全国区にしてほしいとの思いから、この背番号を付けてほしいと頼んだ」と説明。加藤GMは「まだ松本市出身選手はいない。チーム強化に加え、さらに地域を盛り上げる原動力になってほしい」と期待した。

【田中隼磨選手の一問一答】

−入団の最大の決め手は
打診はJ1を含めた数クラブからあった。毎日のように悩んだが、考えても考えても結局、山雅でプレーする姿しか思い浮かばなかった。
言葉で言い表すのは難しいが、山雅というチームに魅力ややりがいを感じた。お金やJ1の舞台といった以上に大切なものが、山雅にはあると思う。
−J2でのプレーは自身初となる
非常にタフで厳しいリーグと聞いているが、それだけいろいろなチームに昇格のチャンスがあり、わくわくしている。
チームの目標が僕の目標でもある。これまでとまったく環境も変わるが、プレッシャーより楽しみな気持ちでいっぱい。山雅とともに、今年のJ2を盛り上げられればいい。
−背番号について
3を付けてほしいと言われ、すぐには返事ができなかった。
松田さんのお母さんとお姉さん、(松田さんの親友の)安永聡太郎さんや佐藤由紀彦選手(長崎)にも相談したところ、「隼磨が付けるなら直樹も喜ぶ。直樹と一緒に戦ってくれ」と、皆さんに後押しをしてもらえた。悩んだが、覚悟をもって付けようと決めた。
−山雅への思いは
生まれ育った松本のチームなので、ずっと前から気にしていた。
今の山雅があるのは、選手、サポーター、スタッフなど、今まで携わってくれたあらゆる人たちのおかげ。多くの人たちの思いを背負い、プレーしたい。
おそらく周囲が思っている以上に、僕は松本に思い入れがあると思う。そういった気持ちもプレーに込めていけたらいい。
−豊富な経験をどうチームに伝え、引っぱっていくか
J1でプレーした選手は少なく、日本代表やリーグ優勝経験者もいない。少しずつでも、自分がひたむきにやる姿を見せていけたらいい。
また、そうすることで下部組織の選手たちもトップチームを目指したいと思うような、夢のあるクラブづくりにも貢献したい。

【たなか・はゆま】 1982(昭和57)年生まれ。女鳥羽中時代までFC松本ヴェガ(現在は消滅)でプレーし、卒業後、横浜フリューゲルスユースへ。2001年に横浜F・マリノスに入団し、以後東京ヴェルディ、名古屋でJ1計355試合に出場。04年に横浜(当時は2ステージ制)、10年に名古屋でリーグ制覇を経験。06年には代表入りし、国際Aマッチ1試合に出場した。174センチ、64キロ。
(長岩将弘)
選手たちの「今」 2010年シーズンに在籍した4人をたずねる  (2014年1月3日号より)
毎年、何人もの選手が山雅を去る。クラブチームの常とはいえ、一度は同じユニホームに身を包んだ仲間たち。彼らはその後、どんな日々を送っているのだろう。
JFLに昇格し、初めて全国リーグで戦った2010年シーズンに在籍した4人の「今」をたずねた。現役選手としてボールを追う者、まったく別の道を選んだ者−。状況は違っても、それぞれの場所でひたむきに走り続ける姿は共通していた。(長岩将弘、倉科美春)
(文中敬称略、プロフィルは(1)生年月日(2)出身県(3)在籍期間(4)山雅でのポジション)

大西康平さん−「得たものを教壇で伝えたい」
大西康平は大阪府大阪狭山市に住み、高校教員免許の取得を目指して2つの大学の科目等履修生として勉強漬けの日々を送る。
10年12月、契約満了で山雅を退団。翌年1月に故郷の岡山県倉敷市に戻った。「現役を続けたい気持ちはあったが高いレベルは望めないのも分かっていた」。こんな時、「コーチをやらないか」と声を掛けてくれたのが、高校に勤務していた中学時代の恩師だった。
当時は、妻が第1子を妊娠中。「外部コーチだけではやっていけない。いっそ『教える』ことをしっかり仕事にしよう」と教員になることを決意した。11、12年度は大学の通信課程で学び、地歴科免許を取得。13年4月、妻の故郷である大阪狭山市に転居し、通信ではできない体育科免許の取得に挑んでいる。
「今もはっきり覚えている」という意識の転換が、山雅時代にあったという。北信越リーグ1部だった08年シーズン中、早くもリーグ優勝の可能性が消滅した7月のことだ。
JFL昇格を争う全国地域リーグ決勝大会への出場が厳しくなり、「やはりここでは駄目かなと移籍も考えた。けれどすぐに、自分は考え違いをしているのではないかと思えた」という。
JFLの企業チームから加入した大西にとり、練習場など環境面は貧弱だった。だが、「チームのために自分は何ができるのか、何をするべきなのか、考えるようになった」。
教壇に立ったら−と聞くと、「自分の経験を話し、やりたいことを持つ大切さとか、生き方の選択肢は多いことを伝えたい。いろいろと悩みも多いだろう生徒たちを支え、手助けができればうれしいですね」。答える口調と表情は、すっかり「先生」のそれだった。
【おおにし・こうへい】(1)1982年10月30日(2)岡山県(3)2008−10年(4)MF

斎藤智閣さん−「社会人であり選手である誇り」
東御市を拠点に活動する北信越リーグ1部のアルティスタ東御で、斎藤智閣はMFとして活躍中だ。
第二の人生の始まりは10年末。この年は13人が退団。北信越リーグからJFLへ、チームの躍進を支えた斎藤もこの中の1人だった。
他のJFLチームから誘いがあったが、「山雅でやり切り、個人で上(Jリーガー)を目指すのは考えられなかった」。引退も視野に、予備校の講師や松本市の新聞社の採用試験を受けたが全て不採用。「就職活動があんなに大変だとは。同時に神様がサッカーをやれと言っていると感じた」と振り返る。
こんな時に東御から誘いを受けた。現在、昼間は仕事、夜に練習、土・日曜は練習や試合という生活。山雅でも中学校の講師やセイコーエプソン勤務をしたが、「今の生活はハード」。
勤務先はメーンスポンサーの自動車部品製造会社。国内2工場のうち、1つの工場の品質管理責任者を務め、製品の検査、不良品が出た際のクレーム対応や原因追及をする。忙しく、午後7時半の練習に間に合わないこともある。「それでも続けている。プロよりサッカーが好きなんじゃないかと思います」と笑う。
夢は、「東御を地元に愛されるチームにすること」だ。サポーターはまだ少ないが、彼らの後ろに大きな可能性を感じるといい、「『試合見に来てよ』って同僚を誘ってます。山雅もそうやって応援してくれる人が増えたから」。山雅が大きなクラブになる始まりに関わったからこそ、チームの明るい未来を信じる。
「サッカーをやめるのも、サッカーだけの人生も考えられない」。社会人であること、サッカーを続けていること、全てが誇りだ。
【さいとう・ともはる】(1)1983年4月3日(2)神奈川県(3)2006−10年(4)MF

石川扶さん−「心の火を封じ、米軍基地で働く」
「ネーティブの英語は速いし略語も多く、いまだに慣れません。時々迷子になりますしね。仕事だし、何事もやるしかないんですけど」。石川扶は昨年7月から神奈川県横須賀市の米軍基地で働く。艦船修理に関する書類の管理が主な仕事だ。
12年11月、契約満了で退団。現役に未練があり、他のJクラブへの売り込みも試みたが、「結局いつかはやめなければならない。この先の人生や年齢なども考えると引き際というか、いいタイミングなのかなと思った」と引退を決断、翌年2月に発表した。
そこから人生初という就職活動が始まった。3月に故郷の横須賀に移り、職探し。友人の勧めもあり、基地での仕事も視野に入れたのは4月下旬。求人中の職種に片っ端から応募し、唯一受かったのが現在の仕事だ。
だが、専門知識や特別な語学スキルがあったわけではない。「採用を知らせる電話が英語でかかってきて焦りました。困ってたら日本語に切り替えてくれましたけど…。何で受かったんでしょうね」
今は全くサッカーに関わっておらず、意識的に遠ざけているくらいという。理由を聞くと、「遊びや趣味でできない。自分の中の火が付いてしまうのが怖い」と、真剣な表情を見せた。
サッカーは中毒みたいなもの−と、石川は言う。「特に山雅で、あれだけ多くの人の声援を受けながら、感情を思い切り出してプレーしたら、もうやめられない。すごいところでやっていたなと、現役時代よりも感じます」
半年間の試用期間が終わり、新年からは正社員。「落ち着いたら、いつか純粋に楽しみのために、サッカーができるようになるのかな」と、石川は笑った。
【いしかわ・たすく】(1)1984年7月2日(2)神奈川県(3)2009−12年(4)GK

今井昌太さん−「はい上がる、Jで活躍するのが目標」
13年シーズンに加入したJFL、MIOびわこ滋賀で、今井昌太が与えられた背番号は年齢と同じ29。「偶然ですよ」と笑うが、20代最後の決意と覚悟を示すように、29番はピッチを駆けた。
公式戦36試合(リーグ34、カップ2)中、不出場は警告累積による1試合だけ。うち31試合はフル出場で、2得点した。だが、チームは18位中16位で終戦。主力として責任を痛感する一方、「今までにない環境でやらせてもらい、濃い1年だった」と振り返る。
12年11月、山雅、期限付きで移籍していたブラウブリッツ秋田(当時JFL)とも契約満了。年が明けても所属先は決まらず、引退も考えたという。
大学で同期だったMIOのDF宇野勇気を通じ、入団の話が持ち上がったのは2月。「悩んだが、やめるのはいつでもできる。少しでも未練があるのなら、しがみついて現役を続けようと思った」
入団したものの、コンディション不良や、慣れない環境との戦いでもあった。昼間はサッカースクールのスタッフとして働き、練習は夜7時から。もろもろに慣れ、ようやく本調子と言えるようになったのは、夏以降だったという。
滋賀について、今井は「松本に似ているかもしれない。地域やサポーターの熱を感じる。火が付けばあっという間に燃え広がると思う。だからこそ僕ら選手がもっといい試合をし、魅力あるクラブづくりに貢献していかなくては」と力を込める。
「はい上がる、という表現になるんでしょうけど、Jの舞台で活躍するのが目標。自分はまだ何もしていない。現役生活を振り返った時の悔いをできる限り少なくするため、やれる限りやります」。今井はこう言い切った。
【いまい・しょうた】(1)1984年7月16日(2)上松町(3)2007−12年(12年8−11月は秋田へ期限付き移籍)(4)MF
選手寮シェフの沼波さんに聞く献立のポイント  (2014年1月3日号より)
Jリーグの中でもハードな練習で定評がある松本山雅。これをこなす選手にとって、「食」は生活の重要な部分を占める。練習に励む選手を、食事を通してサポートするのが、松本市内の選手寮でシェフを務める沼波秀泰さん(51)だ。沼波さんが献立で心掛けていることと合わせ、独自に考案してもらったスポーツをする子どもたちにお薦めのメニューを紹介する。
沼波さんは週6日、トップチームの若手選手と、U−18(18歳以下)の選手計8人(2013年12月24日現在)の朝食と夕食を作る。料理人歴30年。軽井沢のホテルで料理長も務めたベテランだが、「プロ選手の食事は全く違う。栄養学を含め日々勉強です」という。
見た目の美しさや素材の良さを重視するのがホテルなら、プロ選手は、「ご飯をたっぷり食べるためのおかず」。選手は1食で米1合以上を食べるため、ご飯が進み、栄養をバランスよく補うのがおかずの役割。毎食4、5品は用意する。
特に大事なのは、筋肉を作るのに必要な栄養素、タンパク質だ。タンパク質を含む、肉、魚、豆、卵、牛乳を、必ず1食に2品は入れ献立を考える。特に牛乳は選手自身も積極的に摂取。育ち盛りのU−18の選手は、1日400ミリリットルを飲むという。海藻類などに含まれるミネラルや、果物のビタミンCも欠かせない。
反対に、取り過ぎに注意するのは体脂肪を増やす油。食材を焼くのではなく、煮たり蒸したり。焼く場合もフッ素樹脂加工のフライパンを使い、キッチンペーパーで余分な油を拭き取るなど一手間加える。
寮で暮らすU−18の山寺優作君(16、松本美須々ケ丘高校1年)は「いつもバランスが取れていて、練習終わりのおなかがすいた体には最高の食事。体づくりのために、毎日ご飯を大盛り2杯以上は食べるように心掛けている」と言う。
沼波さんは「みんながおいしく食べられるよう工夫している。プロが育つのが楽しみ」と笑顔を浮かべる。

<スポーツをする子どもたちにお薦めのメニュー>
スポーツをする子どもたちに「豚ヒレ納豆オクラ焼き」を紹介します。納豆や豆腐はお薦め食材。大豆はアミノ酸のバランスが完璧なので、選手の料理にも毎食使います。
ビタミンB1を含む豚肉と、栄養価が高く消化を助けるとろろとオクラのねばねばコンビも加えました。
作り方のこつは、焼いている肉の上に、納豆オクラを載せること。フライパンに肉を載せる時にこぼれず、失敗が少ないです。
お好みでポン酢などで食べてください。大人向けにお酒のおつまみにもなります。薄力粉が入っているので、納豆オクラだけで焼いても食べられます。
付け合わせの野菜には、大根、エノキタケ、カブなどが良いです。果物はタンパク質分解酵素を含み肉類の消化を助けるキウイフルーツがお薦め。ヒジキやワカメ、切り干し大根なども食べてミネラルを摂取してください。

「豚ヒレ納豆オクラ焼き」
【材料4人分】
豚ヒレ肉…600c
塩、こしょう、小麦粉、しょうゆ、かつお節…少々
〈納豆オクラ〉
納豆…200c
オクラ(ネギや大葉でも可)…200c
長芋…80c
卵…1個
薄力粉…30c
【作り方】
@豚肉には塩、こしょうをして小麦粉をまぶす。長芋をすり下ろし、オクラを刻む
Aボウルに納豆オクラの材料を入れ、混ぜ合わせる
Bフライパンに油を入れ、豚肉を焼く
C片面を焼いている最中に、スプーンで納豆オクラをすくって肉の上に載せる
D裏返して、納豆オクラの面を焼く
Eフライパンにしょうゆを垂らし、肉にからめる
F皿に盛り付け、かつお節を掛ける
(倉科美春)


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