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岸野靖之さん 松本大サッカー部監督に就任   (2015年12月22日号より)
松本山雅FCと松本大(松本市新村)は18日、山雅ユースアカデミーアドバイザーの岸野靖之さん(57)が、同大サッカー部の監督に就任すると発表した。2010年に結んだ連携協定に基づき実現。部の競技力向上を通し、大学側はキャリア構築や人材育成、広報効果、山雅側は選手育成・発掘の環境充実など、双方に利点が見込めそうだ。
北信越大学リーグ1部に参戦する同部は、今季降格が決定。2部で戦う来季は部員が20人ほど増え、60人を超えるとみられる。
現在の2チーム制から3チーム制に変更し、岸野さんは1軍チームを指導。併せてほかの指導陣の配置も見直し、齊藤茂・現監督(38)は総監督などとして、引き続き指導に携わるという。
サガン鳥栖を率いるなどJリーグでの指導経験も豊富な岸野さんだが、大学生の指導は初めてで、さっそく選手やチームの現状把握に取り組む考えだ。
同大で開いた記者会見で岸野さんは「大学生はこれから社会に出る大切な時期。サッカーだけでなく、人間としての成長も大事にしたい」と意気込んだ。
これまでは協定により、大学側が練習施設を提供したり、学生が「スタジアム弁当」を開発したりしており、山雅側は「恩返しをしたいと思い続けてきた」(加藤善之ゼネラルマネジャー)。今後J1への再昇格、定着を目指す上で欠かせない育成面の充実もにらみ、山雅側が指導者派遣を持ちかけた。
同大の住吉廣行学長は「この取り組みが、サッカー界の将来の展望を開くかもしれないという意味でも見守りたい」と期待。
山雅の神田文之社長は「松本大の協力で新しい挑戦ができることに感謝している。これを形だけでなく、本当の意味での連携につなげる」と力を込めた。
(長岩将弘)
松本市長に報告 協力感謝し奮闘誓う   (2015年12月5日号より)
県内クラブとして今季初めてJ1に参戦し、年間16位で1年でのJ2降格が決まった松本山雅FCの反町康治監督や、運営会社の神田文之社長ら4人が3日、松本市役所を訪れ、菅谷昭市長にシーズン終了の報告をした。
4人は今季の成績について責任を痛感しながらも、4月に完成した市かりがねサッカー場を優先的に使えた点など、市の協力に感謝。来季のさらなる奮闘を誓った。
神田社長は「残念なシーズンにはなったが、多くの人のサポートで1年間戦えたことは誇りに思う」と話し、加藤善之GM(ゼネラルマネジャー)は「この悔しさをよいエネルギーに変え、一丸となって、また新しい山雅をつくっていきたい」と力を込めた。
菅谷市長は「市民に喜びや楽しみ、わくわく感を提供し、子どもたちには夢とともに厳しさも教えてもらった。こちらこそお礼を申し上げたい」と応じ、「(降格は)飛躍のための通過点。僕らの思いも変わらないし、これを糧として、来年も頑張って戦ってほしい」と激励した。
菅谷市長が「どうなるかと思ったが、(反町監督が)続投してくれてうれしかった」と明かすと、反町監督は照れ笑いを浮かべた。
表敬を終えた反町監督は「市長にはお礼を言っていただいたが、感謝を示さなくてはならないのはこちらのほう。期待に応え、プロとして結果を出せるようにやっていく」と、表情を引き締めた。
降格…成長の糧に J1初挑戦16位終戦   (2015年11月26日号より)
今季、県内のクラブとして初めてJ1に参戦、残留できる「トップ15(年間15位)入り」を目指して戦った山雅。苦闘の末に目標達成はかなわず前節でJ2降格が確定し、7勝7分け20敗、勝ち点28の年間16位でシーズンを終えた。今季の戦いを振り返りながら、今後について考察する。
シーズン序盤こそ健闘し残留圏の順位を維持したが、第1ステージ13節から7連敗。2連勝を挟んだものの、その後は8戦勝ち星なし−と、中盤以降は苦しんだ。順位も、8戦未勝利の皮切りとなった第2ステージ5節の川崎戦(7月29日)で降格圏に転落して以降、最後まで巻き返すことはできなかった。
同13節の清水戦(10月3日)で9試合ぶりの勝利を手にし、勝ち点3差に迫った15位・新潟との直接対決を迎えたが、反町監督が「土壇場で力を発揮できなかった」と悔やんだとおり、内容的にも乏しい試合で敗戦。
続く鳥栖戦は終盤の2失点で敗れて窮地に追い込まれ、勝利が絶対条件だった神戸戦も、同じ展開で終盤に2失点し逆転負け。降格が決まった。
新潟戦で金甫Q(日の下に火)、鳥栖戦で工藤を欠き、さらに神戸戦ではオビナが欠場するなど、ここ一番で主力の負傷が相次いだ点も痛かったが、「けが人のせいにはできない。それも見越して戦力を整えられるかどうか」と指揮官は言う。
力を発揮できなかった一因として、反町監督は「1試合を見渡すと、リズムのいい時と悪い時とがはっきりしている」点を挙げ、「悪い時なりに我慢できるかといえば、できない。実力不足と言えばそれまでだが、相手を褒めるというより、われわれに落ち度がある」と苦りきった。
20敗に上るリーグ最多の黒星も気になるところだ。「先制してもひっくり返されたり、追い付かれたりした試合があまりにも多かった」と指揮官が振り返ったように、先制しながら逆転負けを喫したのは5試合、同じく引き分けに持ち込まれたのも5試合あった。
関連して目立つのは、先の鳥栖戦、神戸戦に象徴される終盤の失点。それまでリードしていたり同点だったりしながら、残り15分(後半30分以降)で追い付かれたり逆転されたり、勝ち越されたりといった試合は、計9試合。勝ち点を取りこぼした印象は否めない。
最終節を終えた反町監督は「選手だけでなく、自分も、スタッフも、会社も、全員の力の足りなさがこの結果になっている」と受け止めつつ、「ただ、最終節に表れているように、持っている力は尽くした」。指揮官や選手が口をそろえたとおり、今後どう生かすかが、今季の経験の価値を決めるだろう。

続投が決まっている指揮官は、今後のチームづくりについては「これからじっくり考える」という。
山雅とともに今季昇格した湘南は、育成型に舵を切って鍛え上げてきた生え抜きの若手らが選手層を支え、3度目のJ1挑戦で初の残留を果たした。理想的ではあるが、同じスタイルを目指しても結果が出るまで相当な時間がかかるだろう。
一方で、即戦力ばかりを補って即座にJ1に戻ったところで、今季の繰り返しになるおそれもある。
「クラブの規模を考えながら、できる範囲で最大限いいマネジメントをし、トライすることが大事。いずれにしても、いばらの道だ」と、反町監督は悲壮な覚悟を漏らす。
北信越リーグ、JFL、J2−と、これまで順調にステップを上がってきた山雅にとって、わずか1年でのカテゴリー降格は初めての経験だ。
この「試練」を乗り越え、クラブとしてさらなる成長曲線を描けるかどうか。来季は正念場となりそうだ。
(長岩将弘)
出し尽くした最終戦 悔しさを力に   (2015年11月26日号より)
0−0で終わった今季最終節(第2ステージ17節)の22日の横浜F・マリノス戦は、持てる力を出し尽くした、1年の締めくくりにふさわしい内容。詰めかけた1万人のサポーターの心を震わせた。
最前線にポストプレーヤーを置くこれまでの戦い方を変え、速さのある前田と石原を配置。中盤の工藤、喜山、田中、那須川らを絡めて短いパスをリズム良く交換し、相手ゴールへ迫った。
前半4分、前田のクロスに喜山が右足で合わせたが、わずかにクロスバーの上。しかしその後も、那須川が頭と左足で立て続けにゴールを強襲。迫力の攻めを見せた。
しかし、相手は試合巧者。次第に横浜ペースになり、後半は防戦一方。全員で体を張ってしのぎ、反撃の時を待ち続けた。
32分、反町監督が俊足ウィリアンを投入すると、攻撃のスイッチはオンに。1年のすべての思いを込めて勝利を目指す、魂の時間帯に入った。
カウンター攻撃時には中盤の選手も相手ゴール前へなだれ込み、手薄になった守備を突かれた時には村山が好セーブを連発。しかし、執念実らず、試合終了の笛を聞いた。

「ファン、サポーターを最後、笑顔にして終わらせようと臨んだ」と村山。選手の気持ちが伝わる試合に、涙を流すサポーターも。試合が終わり客席へ歩みを進める選手たちを、サポーターは「どんな時でも俺たちはここにいる」と歌うチャントで迎えた。
点を取りきれなかったり、細かいミスでボールをつなげなかったりと、課題が散見する試合だったが、無失点に抑えた組織的な守備と集中力は1年の経験と成長を感じさせた。
「最後に追いつかれたり逆転されたりする試合も多かった中、僕たちがばらばらにならなかったのはサポーターのおかげ」と飯田。
田中は「1年間悔しくてつらい思いしかしていない。この悔しさをエネルギーに変えたい。このまま終わったら男じゃない」と来季を見据え、喜山は「またこの舞台に戻ってきたい」と誓った。
(取材班)
今季最終戦 横浜Mとドロー 敵地で1万人声援   (2015年11月24日号より)
J1昇格初年でのJ2降格(年間16位以下)がすでに決まっている松本山雅FCは、今季最終(第2ステージ第17)節の22日、敵地で横浜F・マリノスと対戦、0−0で引き分け、7勝7分け20敗の年間16位で今季を終えた。山雅側は約1万人のファンやサポーターが駆けつけ、最後まで全力で戦う選手たちに熱い声援を送った。
互いにタイトルなどが懸からない「消化試合」とも言える一戦だったが、会場の日産スタジアム(横浜市)には今季最多の4万4226人が詰めかけ、緊張感がみなぎった。
前半、山雅がチャンスをつくる場面もあったが、横浜の堅守を崩しきれずに折り返すと、後半は横浜ペース。それでも決定的な場面はしのぎきり、10月3日以来となる勝ち点をもぎ取った。
試合後は今季の感謝を込めるように、選手や指導陣が観客席に深々とこうべを垂れてあいさつ。ピッチに最後まで残った反町康治監督は「1年間、本当にありがとうございました」と声を張り上げた。
息子の凌雅君(9)と訪れた山田一秀さん(43、松本市空港東)は「最後に思い入れのあるマリノス戦で、いい試合を見られてよかった。結果的には(J2降格で)つらいけれど、戦力を十分に養って、またJ1を目指してほしい」。
JFL時代から応援しているという北原江里子さん(27、同市清水)は「反町監督が残ってくれることもあるし、1年で(J1に)戻ってほしい」と期待し、「今年の熱い応援を引き続き続ける」と誓った。
反町監督来季続投決定   (2015年11月14日号より)
サッカーJ1松本山雅FCの反町康治監督(51)が、就任5年目となる来季もチームの指揮を執ることが決まった。山雅はすでに来季のJ2降格が決まっており、反町監督の下で再びJ1昇格を目指すことになる。
反町監督は13日、クラブを通し「来年はより難しいチャレンジになると思いますが、われわれを応援してくれる方々とともに、1つになって頑張っていきたいと思います」とコメントした。
クラブ側は監督の手腕を高く評価。今季開幕にあたって結んだ複数年契約の期間を残していることもあり、続投を要請していた。
北京五輪代表も指揮した反町監督は、山雅がJ2に昇格した12年シーズンに就任。史上最速となる3年でチームをJ1に導き、アルビレックス新潟、湘南ベルマーレに続いて、監督として3度目のJ1昇格を果たした。
今季はJ1に残留できる「トップ15(年間15位)入り」を目標に掲げて戦ったが苦戦。7日のヴィッセル神戸戦で敗れ、J2降格が確定した。
第2ステージ16節・神戸に敗れJ2降格確定   (2015年11月10日号より)
国内最上位リーグの壁は厚かった−。サッカーJ1の松本山雅FCは7日、敵地でヴィッセル神戸と対戦、1−2で敗れ、最終節を残してJ2降格(16位以下)が確定した。地元でも大型スクリーンでテレビ中継を観戦するイベントで多くの人が声をからしたが、願いはかなわなかった。

塩尻市大門一番町のウイングロードで開いた「塩尻エキサイティングビジョン」(しおじり街元気カンパニー主催)には、ユニホームや応援グッズを身に着けた100人ほどが集まった。
山雅は前半から積極的に攻めて42分、FW阿部吉朗選手が先制点。ロスタイムには相手選手がPKを外し、会場の興奮は最高潮に。
しかし、後半は徐々に神戸ペース。しのぎ続けた山雅だったが、40分に同点にされるとロスタイムには逆転を許し、会場は重い静けさに包まれた。
塩尻市大門田川町の栗田喜美江さん(66)はタオルを目頭に当て、「選手や監督たちはよく頑張ってくれた。切ないけれど、みんな(選手ら)はもっとつらいはず」。
同市広丘堅石の本田康弘さん(41)は「悔しいけれど、ここから強くなればいいだけ」ときっぱり。「1年で(J1に)戻ってこられるよう、来年も全力で応援します」と力を込めた。

チームは、来季のJ2降格が決まった7日夜遅く、松本に帰着した。8日は松本市かりがねサッカー場で、疲労回復のための運動や控え組主体の練習試合をこなした。
自身の進退も含めた来季のチームづくりについて、反町康治監督は「昨日の今日で、少し混乱してはいる」と、まだ落ち着いて考える余裕はなさそうだ。
シーズンはまだ続き、選手たちにも「特別なことは言っていない」という反町監督。これまで通り、目前の戦いに集中する姿勢を強調した。
第2ステージ15節・鳥栖に1-2 ホーム最終戦黒星   (2015年10月27日号より)
J1は24、25日、第2ステージ第15節を各地で行った。前節まで年間16位の山雅は、今季ホーム最終戦の相手に同14位のサガン鳥栖を迎え、先制しながら1−2で逆転負けを喫した。山雅と勝ち点差6の新潟も敗れたためJ2降格(16位以下)確定は免れたものの、残留は非常に厳しい状況となった。
反町監督が試合後「今季を象徴するよう」と評した通り、終盤に立て続けに失点。あと1歩及ばなかった。
押し込まれる時間帯もありながら前半を0−0でしのいだ山雅は後半20分、安藤が倒されて得たPKをオビナが決め、先制する。
しかし32分、敵陣からの長いFKの流れから技ありのヒールキックを決められ、同点。
42分には、下がっていたDFラインが自陣ペナルティーエリア内で振り切られて逆転を許し、これが決勝点となった。

「(多くの声援やJ1の厳しさを)選手の誰もが肌で感じ、心に響いてもいる。でも、その気持ちをなかなかピッチで表現できず、ふがいない」。降格の瀬戸際に立たされたチームの思いを代弁し、田中は唇をかむ。
残り2節で今節15位に後退した新潟を逆転するには、山雅の連勝と新潟の連敗が絶対条件。その上で、得失点差8をひっくり返す大勝や新潟の大敗が必要だ。残留の可能性は残されているものの、現実味は乏しいと言わざるを得ない。
ホーム最終戦セレモニーであいさつに立った選手会長の村山は、失点の責任をかぶりつつ、「0.1%でも可能性がある限り、それに向かって戦う。選手、会社と一緒に奇跡を起こしましょう」と呼び掛けた。
次節の神戸戦は2週間後。「2週間あれば良い調整ができると思う。反省し、しっかり切り替えて、神戸で山雅らしさを発揮する」と、村山は「奇跡」をたぐり寄せる決意を話した。
(長岩将弘、大山博)
大一番に敗れ残留崖っぷちに J1第2ステージ14節・新潟に0−2   (2015年10月20日号より)
J1は17日、第2ステージ第14節を各地で行った。前節まで年間16位の山雅は、勝ち点3差で同15位のアルビレックス新潟と敵地で対戦。勝てば残留圏の新潟に勝ち点で並ぶ大一番だったが、0−2で敗れた。山雅は次節にも来季J2降格(16位以下)が決まる可能性があり、崖っぷちに追い込まれた。
降格争いを何度もくぐり抜け、04年シーズン以来J1で戦い続けている新潟を、反町監督は「場数の違いや老獪(ろうかい)な面があり、ここぞという時のゲームのあやを知っているチーム」と表現。「われわれが力を発揮できたかどうかを抜きにしても、そういう相手との差はあった」と、指揮官は絞り出した。
山雅は立ち上がりから新潟の圧力に押されて守勢に回り、競り合いでも後手を踏む場面が目立った。
前半は無失点でしのいだものの、後半16分にミドルシュートを浴びて先制を許すと、わずか3分後にはFKを頭で押し込まれた。
その後は攻撃的な選手を投入し、飯田を前線に上げて力押しも試みたが、相手ゴールをこじ開けることはできなかった。

敵地で応援に声を枯らした約4000人の山雅サポーターらは試合後、うなだれて引き揚げる選手に「まだ(残留の可能性は)あるぞ」「下を向くな」とげきを飛ばした。
松本市から家族4人で訪れた林和彦さんは「まだ諦めない気持ちはある。頑張って最後まで戦ってほしい」とエールを送る。
「ベストを尽くし、最後まで戦うだけ」(岩上)、「勝たなければいけない戦いが待っている。諦めず全力で挑む」(村山)など選手は必死で前を向いたが、一様にこわばった表情で、悲痛さは隠しようもない。
次節はホーム最終戦。多くのファンやサポーターの前で望みをつなぐためにも、この雰囲気を引きずらず臨みたい。
(長岩将弘、田中信太郎)
第2ステージ13節 残留争う清水に勝利  (2015年10月6日号より)
残留できる15位以内へ、もはや負けは許されない「毎試合が決勝戦」(反町監督)となった山雅は、同じく残留を争う清水を下し、望みをつないだ。内容は悪くない一方で勝てない試合が続いていた中、9試合ぶりの勝ち点3。厳しい状況は相変わらずだが、この勝利で終盤戦に弾みを付けたい。
山雅は立ち上がりから相手の強力な攻撃陣によく対応した一方、攻め手も欠く。互いに相手に決定機を与えずせめぎ合う、じりじりした展開が続いた。
試合が動いたのは前半36分。相手ペナルティーエリア手前で前田が倒され、FKを得る。相手選手の治療などもありプレー再開まで間が空いたが、集中を切らさなかった岩上が直接沈め、先制した。
後半、さらに追加点を奪いたい山雅は何度もチャンスをつくるものの、精度を欠いて決めきれない。逆に攻撃のギアを上げた相手に押し込まれる時間帯もあったが、最近目立っていた終了間際の失点も許さず、1点を守りきった。

「山雅のこれからを左右する大きな試合だ、と選手たちを送り出した」という反町監督は、安堵(あんど)の表情を浮かべながらも「まだ全然、大手を振って喜べる状況ではない。この勝利を無駄にしないよう、あと4試合戦っていく」と力を込めた。
残留を争う直接的なライバルと言える15位の新潟が引き分け、新潟との勝ち点差は3。次節(17日)は、その新潟との直接対決だ。
得失点差は新潟が上回っているが、勝てば勝ち点で並ぶ。今節に増して重要な一戦だろう。
「苦しい思いをしてやっと(J1に)上がってきた。そう簡単に落ちるつもりはない」と田中が言えば、岩間は「みんなやるしかないと思っているし、必ずトップ15に入れると思ってやっている」。
この勝利で得た自信を力に変え、2連勝を果たしたい。

さあ、“山雅劇場”の始まりだ−。サッカーJ1の松本山雅FCは3日、セカンドステージ第13節に松本市のアルウィンで清水エスパルスと対戦、1−0で勝ち、J1残留へ望みをつないだ。9試合ぶりの勝利に、サポーターは興奮。「ここからだ」と力強い言葉を残しアルウィンを後にしていた。
年間順位16位以下でJ2降格となるJ1リーグ。山雅は15位アルビレックス新潟と勝ち点差5の16位、残り試合は5つという状況で、最下位清水との戦いを迎えた。この日、新潟が引き分けたため、山雅と新潟の勝ち点差は3に縮まった。次節は17日にアウェーで、その新潟と対戦する。山雅劇場はがぜん熱くなってきた。
試合前、山雅ゴール裏のサポーターは「OneSoul(ワンソウル=気持ちは1つ)」という巨大コレオグラフィー(人文字)を描いて選手を鼓舞し、スタジアムに最高の雰囲気をつくり出した。
前半36分、岩上祐三選手のフリーキックがゴールに突き刺さると客席は総立ち。そのまま守りきって待望の勝利をつかみ取ると、「OneSoul」を連呼して選手の健闘をたたえた。
安曇野市三郷の銭坂英生さん(48)は「山雅劇場の始まり。アウェー戦を含め、全試合応援に行く」と笑顔、妻の百合子さん(48)は「後半の追加時間帯は気が気ではなかった。守り切れて本当によかった」とほっとした表情。「山雅の選手は一生懸命プレーするので、勝敗に関係なく勇気をもらえる」と話す娘の晴日さん(16)は「今日もすごく力をもらえた」と、90分間戦い抜いた選手に感謝していた。
山雅は北信越リーグ時代から、劇的な試合展開や昇格争いを何度もサポーターに見せてきた。サポーターはそうした状況を「山雅劇場」と呼ぶ。
(取材班)
ブラサカ体験で松本盲学校と交流  (2015年9月24日号より)
松本山雅FCと県松本盲学校(松本市旭)は17日、同校体育館で、視覚障害者らがプレーする「ブラインドサッカー」の体験会を開いた。同校の児童・生徒や教職員30人ほどと山雅スタッフ4人が参加。競技の魅力に触れながら、交流も楽しんだ。
5〜6人ずつのグループに分かれ、ボールが転がるときに鳴る鈴の音や仲間の掛け声を頼りに、基本的なボールの扱いを練習。仕上げは山雅チームと盲学校チームに分かれてミニゲームをし、好プレーやゴールに大歓声があがった。
ミニゲームで得点を挙げた高等部1年の中島由貴さん(16)は「難しそうな印象があったけれど、思い切り体を動かせて楽しかった。ブラインドサッカーに興味がわいた」と笑顔を見せた。
試合運営ボランティアをしている職員がいる縁などもあり、同校側が昨年初めに「地域発展や人材育成のために、共同で何かできないか」と相談。話し合う中で近年話題のブラインドサッカー体験が持ちあがり、準備を進めてきた。
8月には、同校側が山雅ユース選手にあんまやマッサージなど理療施術を行い、山雅側は仕事の経験やノウハウを伝える連携事業の協定も結んでいる。
講師を務めた日本ブラインドサッカー協会(東京)普及育成部長の村上重雄さん(32)は「競技を通じ、視覚障害者と健常者が当たり前に混じり合う社会の実現を目指している。今日はとても盛り上がり、まさにそんな機会が持ててよかった」と満足そうだった。
(長岩将弘)
またも終了間際に痛恨 G大阪とドロー 第2ステージ11節  (2015年9月22日号より)
J1は19、20日、第2ステージ第11節を各地で行った。山雅は20日、ガンバ大阪とアルウィンで対戦し、1−1で引き分けた。先制、リードしながらも後半ロスタイムに追い付かれる展開は、前節の湘南戦と同じ。J2降格圏に沈む山雅にとって「2試合続けて同じやられ方をし、勝ち点4を失った」(田中)と言える、痛恨のドローとなった。
クラブ創設50周年の記念ユニホームに身を包んだ選手たちは、序盤から積極的な攻めを見せる。
さっそく奏功したのは前半7分。田中の右クロスを受けたオビナが、相手DFを背負いながらも右足を振り抜き、先制点を挙げた。
守っては工藤や岩上、オビナらが前線からプレス。村山も好守を見せ、リードして折り返した。
後半も攻め立てる山雅だが追加点はならず、15分にはオビナのシュートがネットを揺らすが、ファウルを取られ無効とされた。
G大阪は攻撃的な選手を相次いで投入。パワープレーで押された終盤もよくしのいでいた山雅だが、ロスタイムに宇佐美のクロスから倉田に合わせられ被弾。そのまま試合終了となった。

反町監督が「前節と一緒だが、ラストがたいへん痛い一撃だった」と悔しがれば、オビナも「感覚としては負け。ゴールを勝利に結びつけられず残念」と肩を落とした。
とは言え、飯田が「失点した場面しか悪いところが見つからないくらい、ゲームのコントロールはできていた」と振り返ったように、国内屈指の強豪と互角に渡り合えたことは、決して悲観すべきではない。
この後は山形、F東京と、どちらも中2日での連戦。しっかり切り替え、心身ともに万全な状態を整えることが何より大事だ。
「死力を尽くした結果。悔しいことは悔しいが、これを次へのエネルギーに変えていかなくては」と、指揮官は力を込めた。
(長岩将弘、田中信太郎)
リーグ終盤戦を展望 「トップ15」へ走り抜け  (2015年9月19日号より)
今季、県内クラブとして初めてJ1で戦う松本山雅FCは、リーグ戦の約4分の3にあたる26試合を終え、6勝4分け16敗の勝ち点22。年間順位はJ2降格圏の16位と、苦闘が続いている。目標に掲げた「トップ15入り」を果たし、国内最高峰の舞台にとどまるための戦いは残り8試合。ここまでを振り返りながら、終盤戦を展望する。
序盤戦こそ残留圏内を維持し、中位をうかがう時期もあったが、第1ステージ13節から第2ステージ2節まで痛恨の7連敗。約2カ月間の足踏みで、順位はずるずると後退した。直後にJ1昇格後初の連勝があったものの、またも4連敗を喫し、降格圏に沈んだ。
単純に比較はできないが、仮に昨季15位だった清水の最終勝ち点36を残留ラインと考えると、あと14の勝ち点が必要だ。
ここまでと同じペース(1試合あたり0・85)では絶望的で、田中も「今までと同じことをしていては、同じ結果になってしまう。勝ち点3を取る戦い方をしていかないと」と繰り返す。
向こう1カ月に行う5試合では、山形、清水、新潟と、順位が近い相手との戦いが相次ぐ。残留を争うライバルたちとの「食い合い」は、何としても制しなくてはならない。

鍵の1つは、シーズン途中で加入した新戦力たちの存在だ。
個の能力にとどまらず、戦術に厚みをもたらし、チーム内の競争も促すなど、期待される役割は多い。
夏の移籍期間に加わった工藤と安藤は、第2ステージ初戦から90分間フル出場して存在感を示し、今や欠かせない戦力に。
8月に加入したブラジル人FWウィリアンも、天皇杯でゴール。リーグ戦での活躍にも期待がかかる。
9月に入ってからは、試合中のけがで戦列を離れていた後藤が4カ月ぶりに復帰。さらに韓国代表として2度のW杯出場経験がある金甫●(キム・ボギョン)が加入し、終盤戦へ向けて心強い「補強」がかなった。
金は敵地で行った10節・湘南戦(12日)でさっそく先発。運動量や守備面で手応えを感じつつ「攻撃で持ち味を発揮できず、悔しい思いが残った」と振り返り、「残りは絶対に勝たなければならない試合ばかり。いい準備をし、集中して臨む」と力を込める。
もちろん、既存の選手たちのいっそうの奮起は不可欠。半年余りの戦いを踏まえ、ここで「J1仕様」の力を発揮できるか。チームの総力が問われる。

20日からは、1週間で3試合をこなす過密日程。リーグ得点王の宇佐美ら強烈なタレントを多く擁するG大阪、山雅が過去に1度も勝ち星を挙げたことがない山形、第2ステージで直近の10節まで6戦無敗で年間3位につけるF東京−と難敵ぞろいだ。
昨季の残留争いは最終節までもつれ、大宮の最終勝ち点は清水にわずか1及ばなかった。もしも勝ち点で並んでいれば、得失点差で上回っていたのは大宮だった。
取りこぼしの許されない状況とそこに臨む覚悟を、反町監督は「毎試合が『決勝戦』だ」と表現。まずはアルウィンで、6試合ぶりの勝ち点3を狙う。
(長岩将弘)
「金甫●」の●字は「日の下に火」
金沢に勝利もリーグ戦に向け課題 天皇杯2回戦  (2015年9月8日号より)
サッカーの第95回天皇杯全日本選手権は5、6日、各地で2回戦24試合中、18試合(雨による中断ののち中止1試合を含む)を行った。山雅は5日、J2のツエーゲン金沢とアルウィンで対戦。2−1で勝利を収めたが、相手にペースを握られる時間帯などもあり、次戦や12日に再開するリーグ戦へ向け課題を残す内容となった。
前半、今季J2に昇格したばかりの格下の金沢に対し、山雅は優位に試合を進める。10分、右CKに飯田が頭で合わせ、早々に先制。42分には安藤が「(オビナが)どこに入るか分かっていた」と上げたクロスに、オビナが頭で合わせ2点目を奪うなど、山雅ペースで前半を終えた。
後半も引き続き攻勢をかけたい山雅だったが、シュート数が前半の7本から2本に激減するなど攻撃が停滞。守備でも、金沢のパスコースを消しきれないなど、押される場面も目立った。2−0のまま迎えた後半ロスタイム、相手FKを頭で合わせられ失点。試合には勝利したものの、後味の悪さも残った。

反町監督は「失点もあり、終わり方は良くなかった。ある意味、良い薬になったと思って今後の練習ができる」。しかし、「押し込まれると、チームがいっぱいいっぱいになる時間帯もあった。まだまだコミュニケーション不足」(安藤)など、勝利の中にもさまざまな課題を残した。
山雅は12日、リーグ戦で湘南ベルマーレとアウェーで対戦する。湘南は天皇杯3回戦の相手にも決まり、今後を占う上で重要な一戦だ。
訪れた約6600人のサポーターからは「なんとかJ1残留して」「来週もしっかり頼むぞ」と、選手を激励する声が掛かり、田中は「今までと同じ戦い方では同じ結果になるだけ。監督の考えを理解し、ピッチで表現していけるようにしなくては」と前を向いた。
(取材班)
天皇杯初戦、期待の勝利 サウルコス福井に3−0  (2015年9月1日号より)
サッカーの第95回天皇杯全日本選手権は8月29、30日、各地で1回戦を行った。山雅は29日、福井代表のサウルコス福井とアルウィンで対戦し、3−0で勝利。単なる次戦進出だけではなく、リーグで4連敗中、年間順位でJ2降格圏に沈む現状の打開も期待させる勝利に会場は沸いた。
ウィリアンを初めて先発に、石原を右サイドで起用するなど新たな「勝てる布陣」を模索しながら臨んだ山雅。北信越リーグ1部で戦う格下の福井を相手に、前半から試合を優位に進める。21分、ウィリアンが左CKからのこぼれ球を右足で決め先制した。
1点リードで折り返し、「もっとやってもらわないと」とスタンドからのげきが飛んだ後半も、山雅は攻撃の手を緩めない。23分にはオビナが右足で追加点。31分には、自陣で得たFKを安藤が、相手GKが前に出ていたのを見逃さず直接のロングシュートを狙い、3−0。福井を突き放した。
「勝利できたのはうれしい。ゲームの中の試行で見えてきたものもある。リーグ再開に向けて良いヒントになる」と収穫を話した反町監督。「天皇杯を勝ち進み、リーグ戦もジャンプアップする。この2つの命題をこなせるようにしたい」と前を向いた。
山雅は5日の2回戦、アルウィンでJ2ツエーゲン金沢と対戦する。

ウィリアン「松本でのファーストゴールを決められてうれしい。勝利でチームに自信がついたことが大切。この先にもつなげていければ」
田中「勝利はプラスだが、リーグ戦で厳しい試合が続いており、素直に喜べない。これをしっかりリーグにつなげていかなくてはならない」
飯田「前半は中盤のミスが目立った。組み立ての中からボールを奪われていた。J1だとあれは致命傷。勝利はプラスイメージになるので、これから建設的な話をチームでしていきたい」
(取材班)
第2S第7節 躍動するも名古屋に0-1  (2015年8月18日号より)
J1は16日、第2ステージ第7節を各地で行った。前節まで年間16位の山雅は、同8位の名古屋グランパスとアルウィンで対戦し、0−1で敗れた。選手たちはクラブ創設50周年の記念ユニホームに身を包んで躍動し、互角以上の戦いを演じたものの、結果としては悔しい3連敗となった。
「勝負に勝って試合に負けた。当然、われわれとしては逆の方がよかった」。反町監督は試合後、そう絞り出した。
チャンスをつくりながらも決めきれない時間帯が続いていた前半38分、ミドルシュートで先制を許す。
後半も前田、阿部、塩沢と攻撃的な選手を送り込んだが、ゴールは遠かった。
前半と後半とで出来・不出来の差が大きかったここ数試合と比べると、安定して力を発揮できた点は好材料だ。
それでも「90分間、もっと一人一人の判断の質を上げていかなくては」(工藤)、「勝ち点1ではなく、3が必要」(飯田)と、選手たちは危機感を口にする。
順位に変動はなかったものの、それは山雅より年間下位の2チームが勝たなかったため。最下位転落の瀬戸際に変わりはない。
リーグは残り10試合。「この悔しさを無駄にするなよ!」。ピッチを引き揚げる選手たちの背に、スタンドから激励が飛んだ。
(長岩将弘、松尾尚久)
U−15セレクション 募集は8月末まで  (2015年8月18日号より)
松本山雅FCは9月14、28日午後6時半〜9時、松本市惣社の市かりがねサッカー場で、U−15(ジュニアユース=中学生年代)来年度生の1次セレクション(入団試験)を行う。現小学6年生を対象に、31日まで参加希望者を募集している。
クラブの公式サイトから申込書をダウンロードし、希望日と必要事項を書き込んで郵送で申し込む。
セレクション内容は主に試合形式。合格者は10月19日の2次セレクションに進む。
参加費2000円(当日徴収)。住所、氏名を明記し82円切手を貼った長形3号封筒(合否通知用)の他、シューズ、すね当て、ボール(4号)、飲み物、GK希望者はグローブを持参する。
電話88・5523(担当・矢畑さん、恒本さん)。
選手に聞く「気持ちの切り替え方」  (2015年8月15日号より)
今季、国内最高峰のリーグに挑んでいる山雅。なかなか思うような結果が伴わず、連敗や大敗も喫し、厳しい戦いが続いている。そんな中でも選手たちが最大限の力を発揮し続けるためには、精神面のコンディション維持も重要だ。選手たちの気分転換やリフレッシュの方法、上手に気持ちを切り替える考え方などについて聞いた。
村山や岩間、岩上らは、特に変わったことをせず、むしろ普段通りの生活を送ることで、気持ちの落ち着きを保つという。
「サッカーで抱えたストレスは、結局サッカーでしか解消できない。やるべきことをやり、次に備える」と話すのは安藤。
飯田は「日々取り組んでいることが間違っているから負けるとは思わない。そういうときこそ、ぶれないのが大事だと思います」。
へこんだ気分に徹底的に向き合うのは、鐡戸や前田だ。
鐡戸は、頭の中で失敗した場面を振り返り、何が悪かったのか、どうするべきだったのかを突き詰める。
「考えだすと悔しくて、あまり眠れないこともあるほど」と苦笑いするが、「そうすることでしか乗り越えられないと考えているし、同じ間違いは繰り返さないという新たな気持ちで、次の日の練習に臨める。その方が自分はすっきりするんです」。
前田もそういったことを考え、「悲しい曲も聴いたりして、落ち込むだけ落ち込む」そうだ。
ただ、かつてに比べると山雅加入後は落ち込み度合いが軽くなり、落ち込む時間も短くなっているという。「以前はそこがメンタル面の弱さでもあった。たくさんの人との出会いや、試合に絡む経験の中で、少しずつ変われているのかもしれません」

反省すべき点はした上で、別のことをしてサッカーから少し距離を置いてみる−という選手も多い。
「家族で遊びにいくなどし、子どもの笑顔からエネルギーをもらう」のは、阿部やオビナだ。
オビナはゲームも好きで、「いっときネガティブな気分が消え、ポジティブなもので満たされる」と話す。
岩沼は選手仲間と温泉やショッピングに出かけたり、DVDを借りて海外ドラマや映画を見たり。
コーヒーが好きな工藤は、自分で豆をひくなど、コーヒーを入れてゆっくり楽しむのが癒やしになるそう。
飯尾は読書。小説をはじめジャンルを問わず、興味を持ったものは手広く読む。
芥川賞を受賞した又吉直樹さんの『火花』も読んだといい、「芸人の世界をのぞくことができ、その表現の仕方もおもしろかった」。
石原は「ひたすら寝ます」。体力回復のためにもよさそうだ。
(長岩将弘)
後援会上土商店街支部がゲートフラッグ制作講習会  (2015年8月15日号より)
松本山雅を支援する「山雅後援会」の上土商店街支部(松本市)は9日、大手の上土ふれあいホールで、「第1回山雅初心者夏休みゲートフラッグ制作講習会」を開いた。家族連れなど約40人が参加し、フラッグに選手の名前や応援の言葉を書き入れた。
ゲートフラッグは、布の両端に棒を付けた手持ちの応援旗。選手入場時や試合後などに両手で掲げ、観客席から選手やチームを激励する際に使う。
会場には、図案を作るパソコンとプリンターを設置。参加者らは思い思いに作った図案をカーボン紙で布に写し、アクリルペンキで色付けをした。小宮山優輝君(塩尻市広丘小4年)は、走る姿が好きという田中隼磨選手の名前と応援の言葉を書いた。
家族で参加した須澤保明さん(33、安曇野市豊科)は「応援に持っていきたい」と話した。
支部は上土商店街の店主や常連客ら約20人で2月から活動を始めた。金沢陽子支部長(45、松本市蟻ケ崎)は「ゲートフラッグが応援に行くきっかけになればいい。マナーを考えて使い応援を楽しんで」。橋倉直樹副支部長(53、女鳥羽)は「それぞれの地域に飾るのもいい。クラブの底辺を支え広げる活動として続けたい」と話した。
入会は随時受け付ける。橋倉さん 電話090・1042・3467
前半3失点 反撃もツケ重く J1第2ステージ5節 川崎に●  (2015年8月1日号より)
J1は7月29日、第2ステージ第5節を各地で行った。前節までJ1昇格後初の2連勝を果たし年間15位の山雅は、同5位の川崎フロンターレとアルウィンで対戦。前半だけで3点を失い、1−3で敗れた。3連勝はならず、年間順位も降格圏に後退。2週間後の次節へ、取り組むべき課題は重い。
前半、引き気味に試合に入った山雅に対し、川崎は持ち前の強烈な攻撃力で押し込む。
よくしのいでいた山雅だが16分、岩間が失ったボールをつながれると、酒井と1対1の場面からシュートを浴び、先制を許した。
9分後は自陣左で与えたFKに合わせられ2失点目。さらにその10分後には、安藤がカットした相手ボールを再び大久保にさらわれ3失点目を喫し、0−3で折り返した。
大きくリードしたこともあってか、後半に川崎の攻勢が緩むと、山雅が反撃に出る。
24分、岩上のロングスローの流れから、安藤のシュートがゴールバーに当たって跳ね返ると、2分前に入ったばかりの阿部が突き刺し、1点を返した。
しかし2点目は遠く、後半だけで相手の2・5倍にあたるシュート10本を放つ猛攻も実らなかった。

「前半と後半とでは全く違う顔だったが、どちらもわれわれの姿であることは間違いない」。反町監督は、チームの長所と短所が端的に表れたと振り返る。前半は「ゴールを守る形を意識しすぎた。戦略ミスもあった」としつつ、「崩しきられたわけではなく、埋めようと努力してはいるが、まだ隙があるということ。リーグ中断期間の最重要課題」。
田中も「後半は相手に攻めさせられた。そういう中で点を取ることより、まず粘り強くしっかり守ることを徹底しないと」と、前半を悔やんだ。
この2週間をどう過ごすか。試合のない期間こそが戦いと言えそうだ。
(長岩将弘、松尾尚久)
奮起 鹿島に完封勝利 J1第2ステージ第3節  (2015年7月21日号より)
サッカーのJリーグ1部で、リーグ戦7連敗していた松本山雅FCは19日、松本市アルウィンに鹿島アントラーズを迎え、2−0で快勝した。5月16日の神戸戦以来2カ月ぶりの勝利に、アルウィンは歓喜にうち震えた。
梅雨は明けたものの曇りがちの天気だったが、1万7625人が詰めかけ、選手たちを後押しした。
前半17分、第2ステージから加わった工藤浩平選手が先制点を挙げると、同28分には飯田真輝選手が追加点。
後半も気持ちのこもったプレーが続き、無失点のまま試合終了の笛が響くと、観客は喜びを爆発させた。
アルウィンを後にする人たちは、誰もが笑顔、笑顔、笑顔。
松本市今井の桜井忠子さん(72)は「アルウィンでは今年の初観戦だったが、いい試合が見られた。選手たちはすごく頑張っていた。応援しすぎて手が痛い」と笑った。
家族3人で訪れた上田市の柿沼忠宗さん(41)は「やっと長いトンネルを抜けた」と目尻を下げ、「前節の大敗で吹っ切れたのか、のびのびプレーしていた。新加入選手もチームに溶け込んでいるように見えたので、この先は昨年のような強い山雅を見られるのでは」と、声を弾ませた。



J1昇格後最多の6点を失い惨敗した、敵地での広島戦から中3日。反町監督が「前節のイメージを払拭(ふっしょく)するようなプレーをしないとプロではない、と言って送り出した」という選手たちは奮起し躍動。7度のリーグ制覇など輝かしい歴史を持つ鹿島を相手に、完封勝利で連敗を脱し、「勝ち点3以上の価値」(反町監督)を手にした。
田中のクロスに喜山が頭から飛び込んでゴールに迫ったのは、開始わずか数十秒。山雅は立ち上がりから気迫十分の攻めを見せた。
前半17分、相手の不用意なバックパスをさらった工藤が抜け出すと、GKと1対1の場面から落ち着いて決め、先制した。
前回対戦時(5月30日)は先制した2分後に追い付かれたが、今回は11分後、岩上の右クロスに飯田が頭で合わせ、逆に突き放す。
無失点で折り返した後半、鹿島は攻撃的な選手を相次いで投入。浴びるシュートは増えたが、集中を切らさずしのぎきった。

7連敗のつけは大きく、指揮官が「相手がシュートを外してくれたし、こちらが崩し切れたわけでもない」と振り返ったように、反省点もある。田中が「今季は波がある。これを続けていかないと意味がない」と戒めた通り、真価を問われるのはここからだ。
喜山は「勝つ喜びを忘れていたので、ここからまたスタートしようと、ロッカールームでみんなと話した」と明かし、「またサポーターと一緒に喜びたい」。
喜びと自信を力に変え、浮上のきっかけにしたい。
(長岩将弘、松尾尚久)
第2ステージ開幕 浦和に敗戦だが光も見えた  (2015年7月14日号より)
J1第2ステージは11日に開幕し、各地で第1節を行った。ここまで15位の山雅は、無敗で第1ステージを制した浦和レッズとアルウィンで対戦し、1−2で敗れた。リーグ戦6連敗となったが、2人の新戦力が先発し躍動。猛攻を見せる時間帯がありシュート数も上回るなど、王者を相手に善戦し、明るい兆しもうかがわせた。
好天にも恵まれ、詰め掛けた観客は1万8605人。5月23日の横浜M戦に次ぐ、歴代2位を記録した。
序盤に主導権を握ったのは浦和。山雅は前半12分、自陣左サイドの突破を許すと、クロスに頭で合わせられ失点。その後は耐えてしのいだものの、リードされて折り返した。
後半立ち上がりに連続CKを得てチャンスをつくるも、直後の7分には2失点目。
しかし、その後は相手の攻勢が緩んだところを攻め、徐々に攻撃のリズムが生まれた。17分、CKの流れから喜山が頭で浮かせたボールを、酒井が蹴り込み1点を返す。
勢いづいた山雅は終盤まで攻め立て、後半だけで浦和の6本を上回る8本のシュートを放ったが、及ばなかった。
反町監督は「勝ち点が取れないのは全て私の責任」とうなだれつつ、「選手たちはよくやってくれた。少しずつ光が見えてきた部分はある」。先発した安藤、工藤も、個人的な手応えに加え「もっとできるチーム」と口をそろえる。
とは言え、何よりほしいのは目に見える結果だ。次節は中3日で、年間2位の広島と敵地で対戦する。
一矢報いた酒井は「今日はホームの雰囲気も大きかった。アウェーでこういう戦いができるかが大事」と、口を引き結んだ。
いよいよ始まったシーズン後半戦。手応えを結果に変え、浮上のきっかけをつかみたい。
(長岩将弘、松尾尚久)
笑顔で英気養い後半戦へ ファン感謝デー開く  (2015年7月7日号より)
山雅は4日、サポーター会員を対象としたファン感謝デーをアルウィンで開いた。あいにくの曇り空だったが約2500人が訪れ、試合中とは違う表情をのぞかせた選手たちと多彩なイベントで交流。多くの笑顔や歓声に触れた選手たちも、1週間後に始まる第2ステージに向け、気持ちを新たにしていた。
来場者はサイン会やミニゲーム、コンコースでの参加型イベントなどの他、販売ブースの手伝いに参加した選手らと触れ合った。
ピッチ上のステージで選手やクラブスタッフが出演したイベントは、オーロラビジョンでも中継した。
トリは昨年に続き、選手チームと指導陣チームとのPK対決。昨年の雪辱を期した指導陣だったがまたしても敗れ、罰ゲームの写真撮影をし、喝采を浴びた。
閉会セレモニーで選手を代表した村山は「成績がいまいちで不安だったが、多くの人に来てもらえて感謝している」と心情を吐露。
「厳しい状況だが、だからこそ一丸となって、第2ステージに向けていい準備をしている。(初戦で当たる今季無敗の)浦和をアルウィンで止めたいと、選手全員が思っている」と意気込みを語ると、観客席からは拍手と声援が降り注いだ。
(長岩将弘)
5連敗喫し第1ステージは15位 湘南に2−3の逆転負け  (2015年6月30日号より)
J1は27日、各地で第1ステージの最終第17節を行った。前節まで15位の山雅は、同10位の湘南ベルマーレとアルウィンで対戦し、2−3で逆転負け。順位は変わらず15位ながら、リーグ戦5連敗というJ1の洗礼を受けてシーズンを折り返した。
得点直後の失点を2度繰り返し、反町監督は「なんともコメントが難しいゲーム」と苦りきった。
風下の前半は苦しむ場面もあったが相手にも決定機を与えず、0−0で切り抜ける。
後半8分、田中が獲得したPKをオビナが決めて先制したものの3分後、相手のFKがオウンゴールになり同点。さらに27分にはドリブルで持ち込まれ、逆転を許した。
42分にはオビナが競ったボールを途中出場の阿部が押し込み追い付くが、わずか1分後、自陣右からのクロスに頭で合わせられた。
「スーパーなプレーでやられているわけじゃない。ほんの小さなミスで流れを手放し、大きなダメージを受けることが多すぎる」と、田中はうめく。

ヤマザキナビスコ・カップも含めれば、すでにJ1で23試合をこなした。国内最高峰の舞台に悪い意味でも慣れ、油断や慢心が顔をのぞかせていないか。
2週間後の第2ステージ初戦は、無敗で第1ステージを制した浦和をアルウィンに迎える。
「弱い俺たちに休んでいる時間はない」と田中が言えば、「このまま同じことをやっていても駄目だというのが大前提。いろいろな面で細かい修正をしなくては」と指揮官も言い切る。
J2C大阪から安藤、広島から工藤といった、出場機会に飢えた新戦力も加わる。「競争が少なく、結果的に固定化した」(反町監督)出場メンバーにも変化があるだろう。
「まだ34試合目ではない。ここからはい上がれるかどうかだ」と、指揮官は力を込めた。
(長岩将弘)
教えて!「食」のこだわり  (2015年6月23日号より)
スポーツ選手にとって、食べることは非常に大切だ。これから夏場を迎えると食欲も落ちがちだが、厳しい戦いが続く中で最大限のパフォーマンスを発揮するため、どんな工夫をしているのだろうか。普段の食生活で心掛けていることや、試合前の「勝負飯」、好物・苦手な物など、食に関するこだわりを選手たちに聞いた。

夏場は、やはり水分の取り方に気を使う選手が多い。
「喉が渇くままに飲んでいると、水でおなかがいっぱいになってしまい、ご飯が入らない。そうならないよう、意識して少しずつ小まめに飲む」という村山をはじめ、脱水を防ぎつつ、がぶ飲みしないよう注意する―との声が多かった。
岩沼は「たくさん飲む日と、ほとんど飲まない日ができないよう、毎日ある程度決まった量を飲むようにしている」と話す。
夏場に困るほど食欲が落ちるという選手は皆無だったが、暑さや疲労で食が進まないときは「麺類とか、食べやすいものをしっかり食べる」(岩間)、「オクラやナガイモなど、栄養価が高くてつるっと入るものを取り入れる」(鐡戸)などで乗り切るそうだ。
飯田は「スポーツ選手は食べることも仕事。無理にでも突っ込む」と、プロ意識をにじませた。

多くの品数を食べて栄養バランスに気を配ったり、食べ過ぎないよう注意したりはするものの、多くの選手がさほど厳密な節制はしていないようだ。
「長く選手を続けるには、ストレスをためないことも大事。節制するときはするが、オフの前日は好きな物を食べるなど、めりはりをつけている」と話すのは、ベテランの阿部。飯田は「そもそもジャンクな食べ物は好きじゃない。食べたいものをおいしく食べるようにしている」という。
村山、岩上、飯尾らは、揚げ物など油っこい物は控えめにしている。「体が重くなるような気がして、山雅に来てから試合前には食べない」という村山に対し、2人は「胃もたれがして、体質的に苦手」。岩上は「食べる前はおいしそうだけど、ついつい食べてから後悔する」と苦笑いする。
柴田は「ご飯は最低でも茶碗大盛2杯は食べないとおなかがすく」という、チームきっての健啖(けんたん)家。ただ、現在は体を絞るために量を抑えているといい、「正直、けっこうつらいです」と明かす。

飯田や喜山、飯尾らは、「勝負飯」としてうなぎを挙げた。
飯田は昨季、ホーム試合の前日には多々良(現仙台)とうなぎを食べに行ったそうで、「そうするとほとんど負けなかった。験担ぎの意味合いもありました」と話す。
飯尾はシーズン中、1〜2週間に1度くらいは食べるといい、「もともと好きというのもあるけれど、やっぱり元気になれる気がする。チーム内でも好きな人はけっこう多いですよ」。さすが伝統のスタミナ食といったところか。
岩沼は、食べ物としてはないが、ホーム試合の前日に食事をする店が決まっているという。「メニューの栄養バランスがいいのもあるけれど、食べ慣れたものを食べ、試合に備えて心身のリズムを整えるという点も大きい」。前所属のJ2札幌時代も、行きつけの店があったそうだ。

好物は肉料理との答えが多かった。柴田はずばり、トンカツ。「トンカツ定食とかソースカツ丼とか、気がつくとカツ系を頼んでいる。松本はおいしい店が多いです」
意外と人気を集めたのが果物。岩上はグレープフルーツ、岩間はモモ、村山はパイン−といった具合だ。
阿部はイチゴが好きで、「小さいころ、1パックを1人で食べるのが夢でした」。石原は「メロンは丸ごと1個でもいけます」。岩沼は「宮崎県の友達に頼んで送ってもらったくらい」マンゴーが好きという。
一方で岩沼は魚のカマの塩焼き、サバのみそ煮など、渋いメニューも好みだそう。
「日本の鶏肉や、もっちりした米(ジャポニカ米)がおいしい」と話すのはオビナ。「おいしくて健康的」な日本食はどれも好きで、特にすしは母国でも食べていたが、来日後は「まだあまり食べる機会がない」と、少し残念そうだ。
苦手なもののある選手は少なかった。意外なところでは、村山はプリンと、サツマイモなど甘い芋。岩上は酢飯がだめだという。
「小骨のある魚など苦手なものはあるが、体のことなどを考えると、えり好みはしていられませんね」という阿部の言葉が、実際のところだろう。
(長岩将弘)
後半猛攻も実らず FC東京に1−2  (2015年6月9日号より)
J1は7日、各地で第1ステージ第15節を行った。暫定13位の山雅は、同4位のFC東京とアルウィンで対戦し、1−2で敗れた。山雅はJ1昇格後初めてのリーグ戦3連敗で、ヤマザキナビスコ・カップも含めると公式戦5連敗。残り2節となった第1ステージ終盤で、試練の時を迎えている。
「試合終了の笛までよく戦ったが、一瞬の隙を突く力に関してはまだまだだという現実を突きつけられた」と、反町監督は絞り出した。
立ち上がりから攻撃のリズムをつかんだのは山雅だったが27分、警戒していた日本代表・太田のクロスに合わせられ失点。ペースを乱されてしまう。
前半ロスタイムには大久保がハンドの判定でPKを献上。やはり日本代表の武藤に沈められ、2点のリードを許した。
後半は守備を固めた相手に対し、山雅は前半以上の攻勢に出た。
18分、岩上のロングスローからオビナが頭で浮かせたボールを、大久保がオーバーヘッドキックで押し込み、1点を返した。
だが、その後は相手の堅守を崩しきれず、後半だけで12本のシュートを放つ猛攻も実らなかった。
「フィニッシュの精度という課題が浮き彫りになった」と飯尾や岩上らが唇をかめば、大久保も「得点できたのはよかったが、2失点のどちらにも絡んでいる。何を言っても言い訳になるが、悔しい」と、険しい表情を崩さなかった。
16節・川崎戦は2週間後。試合後に観客席から降り注いだ「惜しかった」「もうちょっとだったぞ」の声に応えるためにも、過ごし方が大切だ。
「やっていることは間違っていない。その方向でもっと気持ちを出せるよう、この2週間で持っていきたい」。飯田は必死で前を向いた。
(長岩将弘、松尾尚久)
これからもハードワーク 育成スタッフ転身の元選手小松憲太さんに聞く  (2015年6月2日号より)
昨年7月、タイリーグに挑戦するため山雅を退団した塩尻市出身の小松憲太さん(27)が、ユースアカデミーの育成スタッフとしてクラブに戻り、3カ月余りがたった。タイでは苦しんだが、その経験を糧に、故郷のクラブで奮闘している。今の思いや手応えなどを聞いた。
「想像以上に難しい。教員免許を持っているし、大学まで主将を務めたので、自信はあったんですが…」と、苦笑する。
4月からは「独り立ち」し、未就学児から小学6年生まで、松本、諏訪、上田の3会場でクラスを受け持つ。
技術面はもちろん、育成と普及をどう両立させるか、心をつかみ、闘争心・向上心をいかにかき立てるか−試行錯誤の連続だ。
「大変だけれど、同じくらい楽しくもある。勉強して、反省して、毎日必死です」

タイリーグ2部のアユタヤFCに移籍したが、タイ独特の「マイペンライ(気にしない)」文化に、ピッチの内外で振り回されることになった。
特に「精神的にも苦しかった」と振り返るのが、シーズンが終わってアユタヤを去ることになり、選手寮を出た後の12〜1月だ。
安ホテルを拠点に、入団テストを受ける日々。現場で契約する、大丈夫だと言われても、期日に契約書類が届かない。問い合わせると、やっぱりクラブ首脳陣が駄目だと言った−そんなことの繰り返しだったという。
「気持ちが先走った部分もあったし、タイのサッカー事情について調べ足りなかった甘さもある」とした上で、「サッカーをよく知らないフロントが外国人に求めるのは、規格外のフィジカルや派手な個人技といった、分かりやすさだった」と小松さん。「結局、サッカーに関しては、自分は合わなかったということでしょう」
移籍期間が終わる1月28日も過ぎ、「タイでだめだったら引退する覚悟だった」と決断した。
それでも「後悔はゼロではないが、多くのことを学んだ。精神面で変わったと実感する」と、前向きに振り返る。

2月に帰国し、山雅へあいさつに訪れた際、指導者としての誘いがあった。
もともと海外挑戦の大きな理由も、引退後、個人スクールを開く資金をためるため。幾つか選択肢はあったが、指導者として最も成長できるであろう道を選んだ。
「実際にプレーで示しながら指導をしたい」との考えから、身体面のコンディションを保つ。トップやユースの練習に加わるほか、社会人チームに身を置き、国体にも県代表として出場予定だ。
「もういいと思ったけれど、こういった環境にいると、プレーもしたくなるんです」とぽつり。では現役復帰も−と問うと、あいまいに笑い、「どうなるか分かりませんが、いろいろな選択肢をまだ消さないよう、心身を整えておきたいと考えてはいる」。

自身のいない半年間で、クラブをとりまく環境は激変した。「J1の中ではまだ小さなクラブだが、街を挙げての盛り上がりはすごくいいところ。むしろ胸を張って、独自の輝き方を探していっていいのでは」と話す。
「育成は未来のチーム力につながるし、地元からトップ所属選手がたくさん出れば、地域ももっと元気になる。まだまだ新米コーチですが、そんな選手を輩出する手伝いをしたいですね」
代名詞のハードワークで、山雅の力になる決意をにじませた。
(長岩将弘)
大町市の500万円出資に調印 5番目のホームタウンに  (2015年6月2日号より)
山雅と、新たに5番目のホームタウンとなった大町市は5月26日、同市が山雅に500万円を出資する調印式を、同市役所で開いた。
神田文之社長と牛越徹市長が、出資確認書にそれぞれ署名。ライチョウと北アルプスを背景に、クラブエンブレムと市章をあしらったタイアップフラッグを、同市に贈った。
今後は天然芝の市運動公園サッカー場でトップチームの練習試合を行ったり、子ども向けサッカー教室を開いたりする予定だ。
牛越市長は「スポーツ振興や青少年健全育成、観光誘客、他ホームタウンとの連携を通した広域レベルの地域振興にも期待している」とし、「山雅が掲げる『未来へ、夢と感動へのチャレンジ』に、ともに取り組みたい」とあいさつした。
神田社長は「大町の人に、少しずつでも山雅を身近に感じてもらい、山雅ファミリーの輪が広がっていけばうれしい」と感謝。
加藤善之GMも「市民クラブにとって、地域の支援は生命線。期待を裏切らないよう頑張っていきたい」と決意を話した。
過去最多の観客動員も横浜Mに0−3の完封負け  (2015年5月26日号より)
J1は23日、各地で第1ステージ第13節の8試合を行った。ここ3節無敗で暫定9位の山雅は、同5位の横浜F・マリノスとアルウィンで対戦。過去最多入場者数を更新する1万8906人が詰め掛けたが、0−3で完封負けを喫し、ホーム3連勝も逃した。
試合後の会見で、敵将モンバエルツ監督が「狙い通りのパーフェクトな内容」と胸を張った一方、反町監督は「完敗という言い方はしたくないが、そう言わざるを得ない」とうめいた。
相手の高い技術とスピード、強烈なプレッシャーに、山雅は立ち上がりから自陣に押しこめられた。
8分、ゴール前で飯田がクリアしたボールを、角度のない位置からアデミウソンにダイレクトボレーで決められ、先制を許した。
31分には、相手シュートをブロックした岩間からのこぼれ球を押し込まれ、0−2で折り返す。
後半はリードを広げて攻勢を緩めた相手に対し、山雅は攻撃的な選手を相次いで投入。打開を狙ったが、元日本代表の中澤率いる守備陣に付け入る隙はなかった。終盤の45分には逆にダメ押しのミドルシュートを浴び、3点目を失った。

かつて横浜に所属、横浜時代の先輩だった故・松田直樹さんから背番号3を受け継いだ田中は、スプリント(時速24キロ以上走行)回数が両軍通じて断トツの36回と気を吐いた。秘めた思いもあっただろう。「言葉が見つからない。自分の力のなさを感じている」と、いつになく悔しさをにじませた。
多くのタレントが居並び、反町監督が「今までで一番いい試合運びだったのでは」と評するほど、チーム全体で好連携を見せた横浜。J1の厳しさを再認識させられたとも言えるが、その中でも勝たなければならないことに変わりはない。
途中出場の鐡戸は「マツさんに、これが現実だよと言われた気がする。だからこそここから学び、また顔を上げて戦っていかなければ」と力を込める。
次節の鹿島も、長い歴史と実績を持つ名門。打ちひしがれている時間はない。
(長岩将弘、松尾尚久)
通年リーグ戦3分の1を消化−序盤振り返り中盤戦を展望  (2015年5月19日号より)
県内クラブとして初めてJ1に昇格し、国内最高峰のリーグに挑んでいる山雅。公式戦はここまで5勝4分け7敗。リーグ戦はシーズンの3分の1に当たる第1ステージ第12節までを終え、4勝3分け5敗、勝ち点15で9位だ。J1初年度に掲げたのは、残留できる「トップ15入り」。リーグ序盤の戦いぶりを振り返りながら、中盤戦を展望する。
過去3シーズンにおける15位だったチームの最終勝ち点をみると、14年の清水は36、13年の甲府は37、12年の新潟は40−となっている。一概に比較はしにくいが、年間勝ち点で争う今季も、このあたりが実質的な残留ラインだろう。
仮に山雅がここまでと同じペース(1試合あたり1.25)で勝ち点を重ねたとすると、最終勝ち点は42.5。ここ3戦の無敗が大きいが、安泰と言える数字ではない。
気になるのは、試合終盤の失点の多さだ。
ここまでの総失点13のうち、半分近い6点が後半30分以降。その時間帯の失点により、リードした状況から引き分けで終わったのが3試合、同じく同点から負けを喫したのが2試合ある。
反町監督は「(終盤に得点が動くのは)今季のリーグ全体の傾向」と分析するが、「最も(点を)取られてはいけない時間に取られている。勝ちきることができない要因のひとつ」と悔しがるのは村山だ。「自分のパフォーマンスもそうだし、もっとうまくチームを集中させなければ。まだまだだと感じる」と明かす。
チームで断トツのJ1出場経験を持つ田中は「一瞬の隙やミスの代償は小さくないと思うが、(J1)経験の少ない選手たちにとって、それぞれが得たものや手応えはあるはず。それをどう生かしていくか。遠くを見るのではなく、目の前の試合に全力で臨む。それを積み重ねていくしかない」と力を込める。

反町監督は、今季のJ1の印象について「開幕前の予想通り、個の力量も戦術面でも、非常にレベルが高い」と話す一方、ここまでのチームの出来については「もう少しやられるかもしれないと思っていたが、失点は少なくなってきた。いろいろな意味で、そこそこできているとは感じる」と、一定の手応えを明かした。
4月18日から5月10日にかけ、ヤマザキナビスコ・カップを含む7試合を約3週間でこなした過密日程を2勝2分け3敗で終えたことは、前向きにとらえられるだろう。
リーグ戦に限れば2勝2分け2敗。無失点も3試合ある。
だが5月に入り、谷奥、後藤、那須川と、守備陣が相次いでけがに見舞われ、長期離脱を余儀なくされた。
特に後藤は第9節前半で負傷交代するまで、開幕戦から3バックの中央でフル出場を続けてきた。指揮官も「やっと(山雅の戦い方に)慣れてきたところだったが…」と、口惜しさを隠さない。
守備陣の「緊急事態」を乗り切れるか。夏の補強をにらみつつ、塩沢など他ポジションからのコンバートも、既に練習で試している。山雅の代名詞でもある夏場のタフさも発揮し、チームの真価を示したい。
「J1の中ではあらゆる意味で小さなクラブだが、どの試合に対しても、今できることの最大値をもって臨んでいることは胸を張って言える」と反町監督。「ここまでの結果を受け止め、より上を目指すだけ」と誓った。
(長岩将弘)
「らしさ」凝縮で快勝 神戸に2−0  (2015年5月19日号より)
サッカーのJ1第12節は16日、各地で行った。松本山雅FCはアルウィンでヴィッセル神戸を2−0で撃破。山雅の魅力と成長が凝縮する快勝だった。
得点機は神戸に何度も訪れた。司令塔森岡と俊足FW小川を中心に、山雅最終ラインの裏を狙って決定機を演出。山雅のラインが下がるとミドルシュートで強襲した。
しかし、山雅は全員が最後まで相手に体を寄せ、体を投げ出してシュートを防いだ。先制後の神戸の猛攻では、中盤の守備枚数不足を察知すると、すぐさま選手たちの判断で岩間をアンカーに置いた3ボランチに変更。体力と知力で神戸を零封した。
得点シーンも山雅らしかった。1点目はセットプレーから前田の個人技で奪取。しかしこの背景には、志願の居残り練習という地道な努力があった。
2点目は後半ロスタイム、神戸の波状攻撃を体を張って跳ね返した直後。神戸スローインにオビナが猛然とプレスしてボールを奪取。GKと1対1の場面で自らシュートを打たず、中でフリーだった阿部にゴールを託した。
「阿部の方が良い状態だった。仲間を信じてパスできたことが大事。次は自分がパスをもらえるかもしれない。チームの勝利が何より大切」と試合後のオビナ。
試合終盤の集中力、驚異的な体力と献身的な守備、仲間への敬意と信頼。山雅がこれまで培ってきた財産のすべてを詰め込んだような得点で、「今日は一番うちららしいサッカーができた」(飯田)、「理想的な形での勝利。こういう試合をすれば勝てると一人一人が手応えを感じたと思うし、自信になったと思う」(田中)と選手たち。
山雅を見続けてきたサポーターはチームの成長ぶりに、初観戦の人はサッカーの魅力に、それぞれ胸を熱くして家路に就いたのではないだろうか。
(松尾尚久、長岩将弘)
選手の「呼び名」あれこれ  (2015年5月12日号より)
初めて挑むJ1の舞台で激闘を続ける山雅。チームが一丸となって力を最大限発揮するため、ピッチ内外でのコミュニケーションは欠かせない。その基礎になるのが、選手同士の呼び掛けだ。スムーズな意思疎通のために、工夫や特徴はあるのだろうか。選手間で使われる互いの呼び名について探ってみた。
選手会長の村山は「呼びやすさは大事だが、特にルールなどがあるわけではなく、人によってもまちまち」と話す。周囲が呼びやすいように呼んでいるうちに定着するようだ。
具体的にはユウゾウ(岩上)、ユウダイ(岩間)、ナオキ(前田)などファーストネームそのままだったり、ムラ(村山)、イシ(石原)、シオ(塩沢)など姓を縮めたり。イーチャン(飯田)、テッチャン(鐡戸)といったパターンもある。
年長者に対しては、ヨシロウさん(阿部)、ハユさん(田中)など「さん・君」が付くが、プレー中ははしょられることも。
「この世界では当然なので気にしたことはないし、年下の選手もピッチ内で遠慮はいらないと思う」と最年長の阿部。「上下関係に厳しい育成組織や学校部活動などでは(さん・君付けを)徹底させるところもあるらしいが、大学以上だと、こだわるチームはないのでは」とも話す。
ほかにもシュンスケ(岩沼)は「シュン」など、プレー中に短く呼ぶ例は多いようだ。
同じ名前がある場合はフルネームを短縮。リュウタロウ(飯尾)と柴田コーチがいるため、柴田は「シバリュウ」、サカイ(酒井)、タツヤ(和田)とかぶる坂井は「サカタツ」といった具合だ。
「サカタツ」について坂井は「競技生活の中では初めてだが、大学時代に部活以外の友達からそう呼ばれたことがある」とか。「でも、考えてみれば(酒井)隆介君が『リュウスケ』で定着しているので、僕は『サカイ』でいい気もしますけど…」と、首をかしげていた。
呼び名とは少し違うが、柴田は太ももがゾウのように太いことから「モモゾウ」、練習中、右サイドで切れのあるプレーを見せる道上は「ベッカム」−など、若手はさまざまなあだ名を付けられ「いじられる」こともあるようだ。
ブラジル人選手2人は、登録名そのままで呼ばれることがほとんど。ドリバはファーストネームの「ドリバル」から。オビナは人名に由来する愛称だ。
「オビナ」は、かつて母国で所属したヴィトーリア入団時、オビナと入れ替わりでチームを去ったナイジェリア人練習生の名前だという。面識はないが似ていたらしく、周囲から呼ばれ始めた。
それまではファーストネームの「マヌエル」にもひっかけ、「馬鹿、愚か者」などといった意味(ただし侮辱的なニュアンスはなく、冗談めいた表現)のポルトガル語「マネ」と呼ばれることが多かったそうだ。
オビナは母国でも高名なため、母国の若手選手や子どもたちの中にも、オビナにちなんだ愛称や登録名が増えているという。
オビナは「自分の仕事が結果として表れていると感じるし、人間としてもよい手本でありたいと思う。もっともっといいプレーをしたいね」と、励みにしているようだ。
(長岩将弘)
後援会の大町支部が発足  (2015年5月12日号より)
松本山雅FCの支援団体、山雅後援会の大町支部が発足した。後援会役員や、山雅関係者など約70人が出席し5月3日、市内の大北農協会館アプロードで発足式を開催。「チームをさらに盛り上げる組織づくりを」と気勢を上げた。
駒澤宗浩支部長(54、平)が、後援会の山村和永理事長から認証書を受け取った。駒澤支部長は、その後のあいさつで「大町市民に山雅の選手のプレーを身近で見てもらうことから活動を始める。まだまだ駆け出しだが、ほかの支部の力も借りながらチームを応援したい」と抱負を話した。
支部は、6月と10月に市のグラウンドでトレーニングマッチを開催。パブリックビューイングや選手と市民の交流する催しも企画していく予定だ。
ホーム戦連勝ならず 新潟に1−2  (2015年5月5日号より)
J1は2日、各地で第1ステージ第9節を行った。前節まで14位の山雅は、同15位のアルビレックス新潟とアルウィンで対戦。一時は追い付きながら、わずかなほころびを見逃してもらえず勝ち越され、1−2で敗れた。7節・仙台戦(4月25日)に続くホーム2連勝はならなかった。
5連休初日で好天もあってか、入場者数は過去3番目に多い1万8398人。特に相手側観客は、過去最多とみられる約4000人が詰めかけてアウェーゴール裏の半分以上を占め、これまでにない雰囲気の中で試合が始まった。
山雅は前半7分、後藤がPKを献上。思わぬ形で序盤に先制を許すと、勢いづいた新潟に攻め込まれた。
しかし23分、右サイド深くでパスを受けた前田が思い切りよくミドルシュートを突き刺し、同点。攻勢に出るが追加点は奪えず、1−1で折り返す。
後半は風上に立った新潟が、足元の技術や球際の強さで上回り、再び優勢。山雅はセカンドボールも拾えず、じりじりと押し下げられた。
それでも猛攻をしのぎ続けていた山雅だったが38分、阿部が失ったボールからショートカウンターを受け、痛恨の失点。終盤に何度かチャンスをつくったものの、ゴールは遠かった。
反町監督は「切り替えや戻りの速さといった、技術じゃない部分は非常によくやった」としつつ、「ボールコントロールの違いなどが少しずつ、全体的な流れに影響を与えてしまった」。田中も「決定的な場面は、失点の2度だけだった。それで負けるのが現実」と認めた。
次節(6日)甲府戦に敗れれば、最下位に転落する可能性もある。「ぎりぎりのせめぎ合いで負けたが、その差こそがすごく大きい。強気でチャレンジする回数を増やし、それを続けていくしかない」と大久保。第1ステージも後半戦に突入し、真価が問われる。
(長岩将弘、松尾尚久)
J1でホーム初勝利 仙台に1−0  (2015年4月28日号より)
待ちわびた歴史的な1勝に歓喜―。サッカーのJリーグ1部(J1)は25、26日、各地で第1ステージ第7節を行った。松本山雅FCは25日、松本市アルウィンにベガルタ仙台を迎えて1−0で勝ち、J1の舞台でホーム初白星を挙げた。
3月14日のホーム開幕戦以降、今季アルウィンでの公式戦はヤマザキナビスコカップの2試合を含め5試合目につかんだ勝利だ。
好天にも恵まれ、アルウィンには1万3772人が詰めかけた。
山雅にとって我慢の展開だった前半を0−0で折り返すと、後半15分、岩上祐三選手が待望の先制点。場内が沸き返った。
試合終了を告げる笛が鳴ると、ファンらは互いにハイタッチを交わして歓声をあげ、喜びを爆発。凱歌「勝利の街」を響かせた。
同市波田から家族5人で訪れた小林美姫さん(9、波田小4)は「岩上選手のシュートがすごかった」と笑顔。
父の春紀さん(36)は「うれしさは大きいけれど、ここまでなかなか勝てず、J1の厳しさも感じる」と話しながらも、「これからもチームを信じ、応援で後押しするだけです」と力を込めた。
ホーム試合は今後、連休中の5月2日にアルビレックス新潟、6日にヴァンフォーレ甲府を迎える。

内容的にも課題の残る負けを喫したヤマザキナビスコ・カップ予選のナイトゲーム(22日)から、今季初めて中2日で戦った山雅。反町監督が「無骨だが、最後のところで粘り強く力を発揮する、われわれらしい勝ち方だった」と評した通り、技術以前の部分を徹底。悪い雰囲気を断ち切る勝ち点3を手にした。
前半は風上に立った仙台に押し込まれたものの、守備陣を中心にきっちり対応。山雅も惜しい場面はつくるが決めきれず、互いに無得点で折り返す。
後半15分、左サイドの岩沼からペナルティーエリア内でパスを受けた岩上が、相手選手数人に囲まれながらも粘ってシュート。
仙台が攻撃の選手を増やして前がかりになった終盤はたびたびゴールに迫られたが、体を張った守備でしのぎきった。
ただ、中2、3日で迎える連戦がこの先も4試合続く。指揮官や選手の誰もが、「これを続けることが大事。次に勝たなければ意味がない」と強調した。
次節は、今季リーグ全試合に先発してきた喜山が、警告累積で出場停止。相手は昨季3冠を成し遂げたG大阪だ。
3日前の敗戦をスタンドで観戦し「外から見ることで、いろいろと思うところがあった」と語っていた田中は、「結果を出すことでいろいろな選手が刺激を受けなければいけないし、出ていない選手は悔しさを持たないといけない。そうやってチーム力は上がっていくと思う」。
この勝利を連戦の弾みにし、チームの総力を示したい。
(長岩将弘)
過去最多45店の出店で今季「スタメシ」も熱い!  (2015年4月21日号より)
アルウィンのスタジアムグルメ「スタメシ」が、今季も熱い。新規12店を含め、過去最多の計45店が出店。全試合で再入場が可能になったことで、場内の混雑緩和と同時に、これまで利用時間が限られていた場外販売エリアの使い勝手も増した。大型連休にかけての過密日程でホーム戦が増えるなか、多彩なスタメシも楽しんでみてはどうだろうか。
「ヤマガーデングルウィン」の愛称がついた販売エリアは7カ所。45店のうち一部を試合ごとや季節によって入れ替え、毎試合計31店が軒を連ねる。その日の出店者などは、事前に山雅ウェブサイトの「ホームゲーム情報」から確認できる。
ガーデンテラスとサウスゾーンの場外2エリアは、チケットを持っていない人も利用可能。特に新設のサウスゾーンは動線から外れていることもあり、担当の内田佑介さん(33)は「各店の行列が短めで、穴場かもしれません」と明かす。
12日の柏戦からは、山雅とグルウィンのロゴを染め抜いた緑のバンダナを製作し、各店のスタッフに身に着けてもらっている。普段はそれぞれ別の店ではあるが、チームスローガンと同じ「ワンソウル」でおもてなしをし、みんなで日本一のスタジアムをつくろう−との思いからだ。
山賊焼きなどご当地メニューを中心に、アウェーサポーターにも好評という。内田さんは「店も増え、きっと新しい発見があるはず。各店の個性を楽しんでほしい」と話す。
(長岩将弘)
ホーム初勝利おあずけ 柏に1―3 第1ステージ第5節  (2015年4月14日号より)
J1は12日、各地で第1ステージ第5節を行った。前節まで1勝1分け2敗で12位の山雅は、同じ成績で並ぶ柏レイソルをアルウィンに迎え、1−3で敗れた。アルウィンで過去最高となる1万8514人の入場者を記録したが、あらためてJ1強豪の実力を示され、今季ホーム初勝利を飾ることはできなかった。
山雅は前半立ち上がりから攻勢をかけ、何度も得点機をつくるが、決めきれない。逆に21分、自陣左からのクロスに頭で合わせられ、先制された。
後半もチャンスを生かせない山雅は、18分にマークが外れた一瞬の隙を突かれ2失点目。その4分後にはポストに当たったシュートの跳ね返りを蹴り込まれ、立て続けにゴールを許す。
交代で攻撃的な選手を送ったが、リードを広げた柏はボールを保持し、パス回しに終始。攻撃の糸口もつかめない時間帯が続いた。
状況を打開できたのはロスタイムに入ってから。ポストに当たって跳ね返った飯田のシュートを、途中出場の阿部が頭で押し込み、1−3。だが、反撃に転じるには遅すぎた。

4日の前節と同じ先発メンバーだった山雅に対し、柏は8日夜のアジア・チャンピオンズリーグと同じ。相手はアウェー連戦で、コンディション面では有利と思われた。
それでも相手ペースで試合を運ばれ、前後半とも相手を上回る数のシュートを放ちながら決定力を欠くなど、さまざまな面で力の違いを見せつけられた。
田中が「下を向いている時間はない」と繰り返した通り、来週からは3週続けて水曜日にも試合がある過密日程だ。今季初めて、中2日で試合をこなす場面も出てくる。
強豪との埋めがたい力量差も「このリーグで戦う以上、分かっていること。それを言い訳にはできない」と反町監督。
厳しさを増す舞台をどう乗り切るか。過密日程の初戦、敵地で迎える次節の山形戦(18日)が、さらに大きな意味を持ちそうだ。
(長岩将弘、松尾尚久)
育成組織の充実へ 臼井弘貴U−18監督に聞く  (2015年4月9日号より)
山雅U−18(18歳以下=高校生年代)を2年間指導した岸野靖之前監督(現J3富山監督)の後を受け、12年からコーチを務めてきた臼井弘貴さん(35)が今季、監督に就任した。トップチームが国内最高峰の舞台に挑んでいるクラブにとって、育成組織の充実は大きな課題のひとつ。その未来を託された臼井監督に、思いや意気込みを聞いた。
「分析力、伝達力、愛情の3点を、いかに高めていけるかではないか」。指導者として大切なことを、臼井監督はそう整理する。
厳しさと愛情を持って選手たちと真摯(しんし)に向き合った岸野前監督から、間近で学んだことも大きな財産だ。「岸野さんの人間の器もある。まねしようと思ってできるものではないかもしれないけれど、その姿勢は受け継いでいきたい」と話す。
塩尻市広丘郷原出身。松商学園高3年だった1998年度は主将としてチームをまとめ、全国高校選手権にも出場した。
日大を卒業後、長野エルザSC(現AC長野パルセイロ)でプレーしながら、育成組織での指導にも携わった。実績を買われ、「育成に力を入れたい」として山雅に招かれたのは12年のことだ。
今季は「J1クラブのユース」。参戦する県リーグや各種大会でも結果が求められるが、「育成の観点から、この年代に必要なこと、今やるべきことをやって勝ちたい」と力を込める。
「技術が足りないから割り切った戦い方しかできない−ではなく、技術を身に付け、目指す戦い方をする。大変だとは思うけれど、そのうえで勝つことで、正しさを証明していきたい」と臼井監督。
その思いの源は、人気と実力のある山雅なら地域のレベルを引き上げる存在になり得る−との考えだ。
高校で全国を経験し、大学時代に外から長野県を見て、「サッカー後進地域」を実感し、何とかしたい思いが募ったという。
「自分の小さいころを振り返ると、あの時もっとああしていればよかった、という後悔もある。まして、自分より素質のある選手ならなおさら。当然トップチームに選手を輩出するのも重要な使命ですが、例えば欧州など、もっと大きな舞台に羽ばたく選手も出したい」
自身の研さんも欠かせない。時間をつくってのトップチームの練習見学は、山雅入り当時から続けている。
山雅入りの「同期」反町監督をはじめとするスタッフには「努力する、全力を尽くすとはこういうことか、と思います」と敬服。内容自体も、指導の仕方も、できるだけ学び取ろうと心掛ける。
「自分でも勉強してきたつもりですが、まだまだ足りない。海外サッカーを中心に映像もよく見て、研究しています」
県リーグ2部の主力チーム、3部のセカンドチームとも、2節を終えて連勝。竣工(しゅんこう)間もない市かりがねサッカー場での練習も始まり、今季のスタートは上々だ。
「こういう環境でできるということは、感謝の気持ちを持ってひたむきに取り組み、結果を残し、成長する責任も負う。選手には常に言い聞かせています」と臼井監督。
「ただ、そういうものを背負いながら日々練習するのは、得難い経験でもある。プレッシャーを糧に、精神面でもたくましく頑張っていきたいですね」
(長岩将弘)
「疲れ癒やして」無料入浴券寄贈 浅間温泉旅館組合  (2015年4月9日号より)
松本市の浅間温泉旅館協同組合は2日、市の委託を受けて管理運営する日帰り温泉施設「ホットプラザ浅間」の無料入浴券を、山雅に贈った。
12月まで毎月320枚分を提供。山雅では選手や社員をはじめ、育成組織スタッフらにも配る予定という。
寄贈は3年目で、今年はチームの新たな練習拠点となる「市かりがねサッカー場」が車で数分の距離に完成。選手らの利用増を見込んで、月20枚分を増やした。
同施設で開いた贈呈式では、組合の中野清理事長(59)が、山雅の神田文之社長に目録を手渡した。
中野理事長は、JFLだった10年秋まで山雅の事務所が浅間温泉にあったことにも触れ、「山雅とは縁が深いと感じている。これからも一生懸命応援していきたい」とエール。
自身も利用しているという神田社長は「疲労回復には温泉が最適。特に夜の練習後などは冷えるので、しっかり温まれる」と感謝。「浅間温泉がより元気になれるよう協力できればいい」と話した。
ヤマザキナビスコ杯予選2節はFC東京と1−1 手応えと悔しさ  (2015年3月31日号より)
ヤマザキナビスコ・カップ1次リーグ第2節は21日に各地で行い、A組の山雅はアルウィンにFC東京を迎え、1−1で引き分けた。代表への招集で主力4人を欠いたとはいえ、今季公式戦無敗の強豪を相手に先制し善戦。それだけに、監督や選手たちは悔しさも隠さなかった。
前半、風上に立った山雅は、序盤から攻撃のペースをつかんで押し込んだ。33分、右サイド深くからの岩上のロングスローは相手2選手に当たり、そのままオウンゴール。リードして折り返した。
しかし後半は、東京が立ち上がりから攻撃のギアを上げる。11分、自陣でヘディングでの競り合いからこぼれたセカンドボールを拾われ、同点シュートを許した。
その後は勝ち越し点を得るべく互いに激しく攻め合ったが、得点は動かなかった。
東京とは昨年8月の天皇杯3回戦で対戦。J2で既に2位を固めつつあった山雅だが、防戦に追われ、0−2で完敗だった。
諸々の状況が違い一概には言えないものの、当時もフル出場した村山は「強い相手だなと感じたのは前回のほう」。岩上も「今回は僕たちのやりたいことができていた」と、チームの成長に関して一定の手応えを語る。
ただ、それが勝利という結果に結びついていないのも事実。失点も、飯田や酒井が「あの瞬間だけ(スペースが)ぽっかり空いてしまった」と悔やんだように一瞬の隙を突かれた痛撃だったが、そこを逃さないのがJ1ということだろう。
J1の舞台で5試合を終え、ここまで1勝2敗2分け。反町監督は「今後のわれわれの財産になる戦いができたのでは」と評し、「これからもできることをしっかりやっていくだけ」と前を見た。
次はリーグ第4節の4月4日、国内屈指のビッグクラブ浦和に、初めて敵地で挑む。
(長岩将弘、松尾尚久)
「フットワーク強み」就任2カ月の神田社長に聞く  (2015年3月26日号より)
松本山雅の社長に、元選手で取締役管理本部長を務めた神田文之さん(37)が就任し、2カ月近くがたつ。県内のクラブチームとして初めてJ1で戦う今年は、くしくもクラブ創設50周年の節目。22日にはアウェー清水戦で記念すべきリーグ戦初勝利を挙げた。新たな歴史を踏み出したクラブのかじ取りを担う若きトップに、今の思いや意気込みを聞いた。

「会社のために何かできたかというとまだまだなんですが、あっという間でした。こんなに忙しかったのは初めてです」。神田社長は就任以後を振り返り、苦笑した。
もともとシーズンオフ期間は、以前の主な仕事でもあった営業がピークを迎える時期。関係先へのあいさつ回りや社長業の引き継ぎも重なり、多忙を極めたという。
それでも「忙しいのはありがたいこと」と前向きだ。「立場上、厳しくしなければいけない部分はもちろんありますが、社長になったからといっても(力を尽くす姿勢は)変わらない。自分のスタイルを社内外に知ってもらう期間でもあったかなと考えています」

常勤で社長業に集中できる点は、家業を持ち非常勤役員だった大月弘士・前社長(現代表取締役会長)との最大の違い。加えて12歳若返り、自身も「フットワークの軽さは強み」と話す。
プレシーズンマッチも含め、アウェーの公式戦は全て足を運ぶ予定だ。これまではアウェー会場に行っても「先入観や固定観念にとらわれないように」との考えから、会場運営などを注意深く見ることはなかったという。
今季はそこにも目を配り「すぐに取り入れることはできなさそうでも、参考になる点を持ち帰り、自分なりに整理しておくようにしている」。
キャンプや普段の練習など、チームの現場にも可能な限り足を運ぶ。「(チームスローガンの)『ワンソウル』の言葉通り、クラブの一体感を大事にしたい」との思いからだ。
指導陣と同じ練習着に身を包み、ボール拾いを手伝ったり、ジョギングをしたりしながら、選手や現場スタッフらと言葉を交わす。
「自分が体を動かしたいっていうのもあるんですけど」と笑いつつ、「舞台裏を整え、気持ちよく試合に臨んでもらうのが、われわれの務め。これからは育成組織にも顔を出したい」と言う。

一方で育成組織や練習場、新スタジアム構想も含めた観戦環境など、課題は山積みだ。
「優先順位はつけられない。幾つものことを並行して、少しずつでも停滞させず進めていかなくては。トップチームが頑張ってくれている中、われわれもどのくらいスピード感を上げていかれるか」と力を込める。
確かな手応えがある。2月に就任あいさつのため、かつて選手として所属した甲府を訪ねたときのことだ。海野一幸会長から「サポーターがサポーターを呼ぶ仕組みができている」と言われた。
「山雅は人から人へつながりを広げ、ここまで来たクラブだと思う。自分も感じていたことを指摘され、確信になった」と明かす。
「そもそもプロ化を目指したきっかけも『サッカーで地域を盛り上げよう』という市民の声だった。先人たちがここまで育ててきた方向は間違っていない。それを引き継ぎ、いろいろな人の意見を尊重しながら、枝葉を広げていくことが仕事」と神田社長。
「山雅を身近に感じる人をさらに増やしたいし、その点に関してはまだまだ成長の余地があると思う。多くの人を巻き込みながら、『山雅劇場』ではないですけれど、夢を見せられるクラブにしていきたいですね」
(長岩将弘)
ガンズくん上高地線に再び アルピコ交通が最終節まで掲出  (2015年3月26日号より)
アルピコ交通(松本市)が運営する上高地線の列車に、山雅公式マスコット「ガンズくん」をあしらったヘッドマークが掲出され、話題になっている。
掲出しているのは列車1編成の前後。大きなガンズくんの顔の横に「がんばれ!松本山雅FC」のメッセージを配した。
ヘッドマークは昨季、J1昇格決定(11月)を受けて1カ月ほど掲出したもの。反響が大きかったため、「記念すべきJ1初シーズンを応援しよう」との気持ちも込めて、再び掲出を決定。ホーム開幕戦に合わせて14日に登場した。第2ステージ最終節の11月22日まで掲げる予定だ。
同社鉄道事業部によると、写真を撮る人がいたり、運行状況に関する問い合わせがあったりと、すでに反応は上々。「山雅と一緒に地域を元気にできればいい。見かけたら、安全に注意して楽しんでみて」としている。
J1ホーム開幕戦、勝利ならず広島に1−2  (2015年3月17日号より)
サッカーJリーグ1部(J1)の松本山雅FCは3月14日、松本市アルウィンでサンフレッチェ広島と戦い、1−2で敗れた。0・8度まで冷え込んだ浅春のナイトゲーム。1万7091人が声を枯らして声援を送ったが、歴史的なホーム開幕戦を白星で飾ることはできなかった。
アルウィン周辺には試合開始3時間以上前から、待ちわびた人々の長い列ができた。
家族5人で訪れた松本市惣社の北原博文さん(40)は「(7日の)開幕戦にも行ったけれど、アルウィンは独特の熱気を感じる。山雅らしい熱い戦いを」。次女のまこさん(7、清水小1年)は「オビナ選手が決めて勝ってほしい」と期待した。
試合は序盤から押し込まれ開始7分で失点したが、5分後にオビナ選手がPKを決め同点に。しかし前半ロスタイムにFKを直接沈められ、再びリードを許した。終盤の山雅は広島ゴールにたびたび迫り、場内のボルテージも上がったが、得点はならなかった。
同市岡田の柳澤袈裟清さん(57)は「勝ちたかった。最後は攻めていただけに、余計悔しい」。妻の夏世さん(55)は「いつも一生懸命戦ってくれて、応援しがいがある」と選手をねぎらった。
鎌田中2年の牧内佑大郎君(14)は「途中まではいけると思っていたけれど、さすがはJ1」とため息。片桐力君(14)は「最後まで走り抜く山雅スタイルを貫き、次は勝ってほしい」と願った。
山雅は18日にヤマザキナビスコ・カップ1次リーグの鳥栖戦を敵地で行い、次節は22日、清水と敵地で対戦する。

【死力尽くすも勝ち点手繰り寄せられず】
敗れはしたものの、山雅は試合を通じて、組織だった堅い守備を披露。ラスト15分間は分厚い攻撃で勝ち点1をすぐそこまで手繰り寄せ、寒さを忘れさせる熱い戦いを見せた。反町監督は「選手は死力を尽くした。私の知恵が足りなかっただけ」と敗戦の責を背負い込み、敵将森保監督は「追加点が取れず松本に勢いを与えてしまった。松本で勝つのは至難の業だと感じた」と疲労感を漂わせた。
我慢の試合だった。強豪広島が「松本よりハードワークしよう」(森保監督)と意気込んで臨んだ前半、広島の速さと技術の高さから2失点。その中で、PKを得た場面は、自陣からオビナへのロングパスに何人もの選手が鋭く反応した結果で、山雅らしさが出た。
1点を追う後半、山雅は得点を焦ることなく我慢の姿勢を貫き、失点のリスクを最小限に抑えながら同点の機会を虎視眈々(たんたん)と狙った。「しっかりと意思統一されていた」(飯田)という戦いぶりは見応え十分。堅い守備で広島に決定機を与えなかった。
我慢の末に繰り出した残り15分からの波状攻撃は山雅の真骨頂。後半36分、後藤が自陣ゴール前のクリアボールを岩上へつなぐとそのまま敵陣ゴール前へ駆け上がり、左からの前田のクロスに頭で合わせた。39分の喜山、40分の前田のシュートも含め、同点まであと一歩と迫った。
しかし、巧みな試合運びをしてもなお得点に結び付かなかったのがJ1の厳しさ。反町監督の言う「知恵」が今後どうピッチ上で表現されるのか注目だ。
丁寧にパスを回してすきを突いてくる広島との戦いは、初戦の名古屋とはまた違う「J1基準」を知る機会だった。また、途中投入の前田や石原が確実に攻撃を勢いづけたことも明るい材料。今後がますます楽しみになる、実りあるホーム開幕戦だった。
(松尾尚久、長岩将弘)
J1初戦 名古屋と3-3で勝ち点1  (2015年3月10日号より)
【敵地で1万人が声援】
サッカーのJリーグ1部(J1)に今季初めて参戦した松本山雅FCは7日、名古屋グランパスと豊田スタジアム(豊田市)で戦い、3−3で引き分けた。観客3万3558人のうち約1万人を山雅側が占め、激闘を繰り広げる選手たちを後押し。新戦力が躍動し3得点の一方、先行しながら2度追い付かれるなど、手応えとともに課題も見える初陣となった。
「これはすごいな」−名古屋側の報道陣も嘆声をもらすほど、アウェー側スタンドは緑一色に染まった。
試合は短時間にめまぐるしく得点が動く展開になった。
前半32分、左CKからオビナ選手が頭で押し込み先制したものの、直後に同点弾を許し、1−1で後半へ。
後半は18分に池元選手、31分に喜山選手が得点し3−1としたが、その後のわずか4分間で2失点。45分にはPKを与え万事休したかと思われたが、村山選手が好守。そのまましのぎきった。
池田町会染の高山比呂志さん(58)は「とてもいい試合だった。やはりJ1は簡単には勝てないが、この勝ち点1は大きい」。元同僚の中平考さん(45、伊那市)も「全員で点を取る意識がうかがえた。臆せず今年のスタイルを示せたのでは」と話した。
家族4人で訪れた松本市波田の加茂周作さん(37)は「山雅らしいサッカーで引き分けたが、個の力でやられた部分もある。そういったところを振り切れるようにならなくては」。長女の杏菜さん(8、波田小3)は田中隼磨選手のファンで「負けなくてよかった」と、ほっとした様子。

ホーム初試合となる14日は午後7時から、アルウィンにサンフレッチェ広島を迎える。

【松本でも熱く応援】
松本山雅の初戦。会場に直接行けなかったサポーター約60人が松本市桐2のスポーツカフェガレージに集結し、試合を見守った。
名古屋グランパスと点の取り合いとなった展開に、店内は歓声とため息の繰り返し。後半45分に与えたPKでは、GK村山選手が死守した瞬間、大歓声に包まれた。松川村の平林怜さんは友人の加藤あづみさんと観戦。「本当は勝ちたかった。でも、PKをしのいで勝ち点1を得たのは大きいと思う。J2で見た良い試合のようなゲームだった。これからが楽しみ」と話した。

【スタイル貫き健闘】
初のJ1の舞台で選手は浮き足立つことなく「山雅のスタイル」を貫き健闘した。ただ、3−1とリードした後は、攻撃の厚みを増した名古屋の前に個の力で圧倒され、なんとか勝ち点1を持ち帰る形となった。
3得点は自分たちのスタイル、スカウティングの力、サポーターの後押しなど、持てる力を結集した成果。
新戦力もチームにフィット。オビナはポストプレー、パス展開、シュートと能力をいかんなく発揮し、池元も攻守両面で躍動。最終ラインの後藤、酒井も上々の守備を見せた。
得点やPKセーブは選手の力と分析精度のたまもの。岩上は「名古屋は速いボールが苦手でマークも離れて付く。速いボールを入れて自分たちが先に触る意図で中に入れた」と得点を振り返り、PKを止めた村山も「闘莉王のキックの傾向は分かっていた。試合の流れや時間、相手の性格を考え、真ん中にきそうだなと感じていたので、ぎりぎりまで動くのを我慢した」と打ち明ける。

ただ、そうした力が結集した上でなお3失点したという事実が重くのしかかる。
1失点目は前線へプレスをかけた岩沼の穴を埋められず、左サイドで数的不利をつくってしまっての「ミス」とも言える失点だったが、2失点目は飯田が闘莉王に競り負け、3失点目は酒井が川又に勝てずにボールを中へ折り返され、さらに後藤がノバコビッチに振り切られた形。いずれも高い個人能力の前に屈する形で、J1で戦っていく末恐ろしさを感じる。
試合終了の笛が鳴ると、山雅サポーターは選手にずっと拍手を送り続けた。選手も「今日犯したミスを繰り返さなければ必ず勝ち点3を得られる」(田中)、「セットプレーはJ1、J2関係ない。もっと極めたい」(岩上)、「試合ごと学び、良くしていくことが大切」(オビナ)と前を向き、反町監督は「われわれの強みを90分間出せたという点では胸を張って帰れる。これを標準にして勝ち点3を目指して努力したい」と闘志を燃やしていた。
(取材班)
いよいよJ1開幕へ ファンら700人とキックオフイベント  (2015年3月3日号より)
J1松本山雅FCは2月28日、山形村のアイシティ21で、恒例のキックオフイベントを開いた。県外でキャンプを行っていた反町康治監督や選手が松本のファンらの前に姿を見せるのは、約1カ月ぶり。7日に迫った開幕に向けて意気込みを語り、700人余の来場者とともに気勢を上げた。
田中隼磨選手を除く計31選手と反町監督が参加。ゲスト司会者にサッカー通で知られるタレントの平畠啓史さんを迎え、全員が1人ずつ壇上に立った。
ゲーム主将を多く務める飯田真輝選手は「チーム内の雰囲気はすごくいい」と充実した表情。
反町監督は、キャンプを「順調に終えられた」と振り返り、今季の戦い方について「かなり攻め込まれると思うが、そのぶん守備には時間をかけたつもり。勝ち点を得られるチャンスを広げるためにも、無失点の試合を増やすことが大事」とにらんだ。
職場の同僚の村上茂子さん(33、同村)と深澤春菜さん(21、松本市筑摩)は静岡市でのキャンプを訪れ、横浜市で行った横浜F・マリノスとのプレシーズンマッチも観戦。
村上さんは「みんな頼もしい」、深澤さんは「新加入選手もすっかりなじんでいる様子で、開幕戦がいっそう楽しみになった」と期待した。
(長岩将弘)
山雅J1に挑む 7日開幕戦は敵地で名古屋と  (2015年2月28日号より)
今季のプロサッカーJリーグは、3月7、8日に1部(J1)、8日に2部(J2)が開幕する。昨季J2で2位となり、県内のクラブで初めてJ1で戦う松本山雅FCは7日、名古屋グランパスと敵地で初戦を迎える。チームが掲げる目標は「トップ15」。最後まで全力で走り抜く山雅スタイルを貫き、残留「以上」を目指して、日本最高峰のリーグに挑む。
指揮を執るのは4季目の反町康治監督。昨季から残る選手に新加入の15人が加わり、計32人で開幕を迎える。
チームは1月21日に始動。同27日から静岡県御殿場市、静岡市、鹿児島市で、計3次にわたるキャンプを行った。
3月1日にはJ2栃木と敵地でプレシーズンマッチ。その後オフを挟んで県外で事実上の第4次キャンプをし、そのまま開幕戦に臨む見通しだ。
開幕戦でぶつかる名古屋は一昨年11位、昨年10位と、2季連続で2桁順位に沈んだ。
が、今季は主力が残留。DF田中マルクス闘莉王、GK楢アベテランは健在で、自己最多のリーグ12得点を挙げたFW永井をはじめ、DF本多、牟田ら若手の成長も著しい。玉田、ケネディのストライカー2人が去ったものの、清水でリーグ13得点のFWノバコビッチが加わり、戦力は充実している。
Jリーグ創設当初から参戦し、過去1度も降格していない名門クラブを相手に、どこまで戦えるか。開幕から見逃せない一戦だ。

21日は横浜市の日産スタジアムで、横浜F・マリノスとプレシーズンマッチを行い、1−0で勝った。非公式戦とはいえ、8916人の観客が見守った今季初のJ1クラブとの実戦。開幕を2週間後に控えたチームの仕上がり具合に、指揮官や選手はかなりの手応えを得たようだ。
山雅の先発は那須川に代わって岩沼が出場した以外、J2C大阪との練習試合(17日)と同じで、現時点の主力。横浜も、けがのMF中村とFW伊藤を除き、ほぼベストメンバーが顔をそろえた。
山雅は前半こそ守勢にまわる時間帯があったものの、後半は押し返して拮抗(きっこう)した展開に。ロスタイムには後半38分から出場した鐡戸が、荒田のシュートのこぼれ球を蹴り込んで、勝負を決めた。
反町監督は「踏ん張って踏ん張って、うっちゃった−というより、向こうがつまずいて転んだような試合」と相手ミスにも救われたことを指摘しつつ、「必死の頑張りがそういう成果を呼び込んだ」と選手を評価した。
途中交代も合わせて新加入7人がピッチに立ち、戦力の融合について「悪くない。昨年に比べると隙もないし、クオリティーも上がっている」と指揮官。
後藤、酒井と3バックを構成し、ゲーム主将を務めた飯田も「(後藤)圭太も(酒井)隆介も僕らのスタイルになじんできているし、やってきたことが間違いないと思えたはず。ここまで基礎はできているので、あとは応用」と手応えを語った。
一方で、攻撃面に関し監督は「具体性のある練習はしていなかったが、思ったよりも連携してできていた。もうちょっとだな」。
実戦で明らかになった課題の修正と、攻撃面のさらなる深化が、開幕までの大きなテーマだ。

観客のうち、山雅側は約1600人。首都圏在住のファンらも多く訪れ、強豪と堂々と渡り合う選手たちに声援を送った。
松本市に実家がある加々島雄治さん(東京都板橋区)は、J2初年だった12年シーズンにアルウィンで観戦したことがきっかけで、山雅ファンに。
以来、関東地方で行われるほとんどのアウェー試合に駆けつけ、「山雅らしい粘りのゲームで感動した。楽ではないリーグ戦が待っていると思うが、今日のように頑張ってほしい」と期待した。
相模原市から家族4人で訪れた塩谷信幸さんは、05−08年に仕事で松本市に住み、ファンになった。
山雅がJFLだった11年12月、横浜に0−4で敗れた天皇杯4回戦(富山市)も観戦しており、「あの時は大きな力の差があったけれど、今日はチームが成長し、強くなっていることを感じた。(当時も出場した)鐡戸選手が最後に押し込んでくれたのがよかった」と顔をほころばせた。
(長岩将弘)
2ステージ制導入で 優勝争いの機会拡大も過密日程など課題  (2015年2月28日号より)
18クラブが参戦するJ1は今季、盛り上げどころを増やすことによる新たなファン獲得などを狙い、04年シーズン以来となる2ステージ制を導入した。第1(3月7日−6月27日)、第2(7月11日−11月21日)各ステージと、トーナメント方式のチャンピオンシップ(11月25、28日、12月2、5日)で、年間優勝を争う。
システムは少々複雑になるものの、原則的には年間の勝ち点(勝ち=3、引き分け=1、負け=0)合計が最も重要だ。
各ステージは総当たり1回戦(2ステージを通して本拠地と敵地で1戦ずつ)を行い、ステージごとの優勝クラブを決定。その2クラブと、年間勝ち点1−3位の計5クラブがチャンピオンシップへ。年間勝ち点1位は決勝にシードされ、決勝のみ本拠地と敵地で1戦ずつ行う。
チャンピオンシップ覇者を年間優勝とし、準優勝が年間2位。3位以下は年間勝ち点順で決まる。上位クラブは来季のアジア・チャンピオンズリーグ出場権を獲得し、16−18位はJ2に降格する。
またリーグ戦と並行し、J1全クラブで争うヤマザキナビスコカップも行われる。
J1リーグ戦、天皇杯全日本選手権と並ぶ国内3大タイトルの1つで、グループリーグ(予選)は3月18日−6月3日。特に3−5月は過密日程となるため、どう乗り切るかが鍵だ。

ホーム試合は松本市神林の総合球技場アルウィンで20試合(リーグ戦17、ナビスコカップ予選3)を予定。前売り券はS席4500円(高校生以下2000円)、A席3500円(同1500円)、ホーム・アウェー側とも自由席2200円(同700円)など。コンビニエンスストアの情報端末などで購入できる。
当日券は500円(高校生以下のホーム・アウェー自由席は300円)増しで、未就学児は大人1人につき1人まで無料。試合によって松本市や周辺の小中学生には学校を通じ、ホーム自由席の招待券を配る予定だ。
ホーム全試合を観戦できるシーズンパスもある。問い合わせは松本山雅電話88・5490
U−18新監督に臼井弘貴さん U−13担当には丸山浩司さん  (2015年2月14日号より)
J1松本山雅FCの育成組織「松本山雅FCユースアカデミー」(高橋耕司理事長)は10日、松本市鎌田の松本山雅事務所で記者会見し、新体制を発表した。U−18(18歳以下)の監督は、これまでコーチを務めていた臼井弘貴さん(34、塩尻市広丘郷原出身)が就任。また、U−13担当には、プロクラブから地域クラブまでさまざまな中学生年代の指導経験を持つ丸山浩司さん(43)が着任した。
臼井新監督は松商学園高校、長野エルザサッカークラブ(現AC長野パルセイロ)などでプレーした後、指導者に。12年から山雅のU−18コーチを務める。退任した岸野靖之前監督と選手を育て、昨季はチームを県リーグ3部優勝に導いた。
会見で臼井新監督は、「今季は2部で戦うが、1年ごと1部、プリンスリーグと上がれるようにスピード感を持ってやっていきたい」ときっぱり。
「全員でハードワークする、相手より一歩早く動き出すなど、『山雅スタイル』と呼ばれるトップチームの戦い方をユースでも継承する。加えて、この年代で身につけておくべきことをしっかり押さえた指導をしたい」と決意を述べた。
U−13の丸山さんは、FC東京、東京ヴェルディなどJクラブで15年の指導歴がある一方、東京都杉並区の地域クラブで人間教育を重視したクラブ運営と選手指導を実践してきた、中学生年代指導のエキスパート。
「何事にも本気で、全力で取り組む気持ちを育てたい。そのメンタルが土台にあれば、選手はサッカーを通じて『自信』を獲得することができる。そうして得た自信は選手を大きく変える」とし、「これまでに学んだことを松本へ生かしたい」と意気込んだ。
(松尾尚久)
新体制発表会 「日本のトップ15に」戦い抜く姿勢示す  (2015年1月27日号より)
サッカーJリーグ1部(J1)で戦う松本山雅FCは1月25日、松本市のまつもと市民芸術館で新体制発表会を開いた。反町康治監督や新加入15選手を含む33選手、指導陣らが顔をそろえ、ファン・サポーター1500人余と対面。意気込みを語り、約6週間後に迫った開幕へ気勢を上げた。
2月1日に社長に就任する神田文之・取締役管理本部長が、今季のスローガン「One Soul〜走破! その先を目指して〜」を発表。反町監督は今季の目標について、残留という言葉を使わず「ぜひとも日本のトップ15に入りたい」とし、残留以上を追求し戦い抜く姿勢を示した。
選手代表としてあいさつした鐡戸裕史選手は「チーム設立50年の節目の年に、初めてJ1に挑む。すごく特別なシーズンだと思うし、特別なシーズンにしなければいけない」と誓った。
山形村から訪れた平林達也さん(33)は「いよいよ始まったなという感じ」。3月7日、名古屋グランパスとの敵地での開幕戦にも行く予定といい、「苦しい戦いが続くと思うが、アジア・チャンピオンズリーグ出場を目指して頑張ってほしい」と期待を込めた。
J1山雅、本格始動 新戦力会見と初練習  (2015年1月22日号より)
今年、県内のサッカークラブとして初めてJリーグ1部(J1)で戦う松本山雅FCは1月21日、松本市の信州スカイパーク体育館で今年初めての練習を行い、本格始動した。20日には同市内のホテルで新加入選手の記者会見を開いた。就任4季目の反町康治監督の下、新戦力15人を加えた選手計33人で、新たな挑戦が始まる。
初練習には31選手が参加。詰め掛けた200人余の観衆の拍手に迎えられて入場すると、体幹トレーニングやボール回しで2時間近く汗を流した。
訪れた百瀬久仁子さん(48、松本市石芝)は「バランスよく新戦力が加わった印象。反町監督の言葉も頼もしいので、ぜひ頑張って」。友人の三村恵美子さん(44、同市南原)は「みんなの意気込みが感じられる。新加入選手も早く環境に慣れ、力を発揮してほしい」と期待を込めた。
山雅は25日に新体制発表会を開き、全選手や指導陣、スタッフがファンらと対面。27日から3次にわたるキャンプを経て3月7日、名古屋グランパスと敵地での開幕戦に臨む。

新加入選手の記者会見は、体調不良の那須川将大選手を除く14選手が出席、自己紹介を行い決意を述べた。例年は新体制発表会で新戦力を紹介しているが、今年はJ1に昇格したことや人数の多さなどから、事前に会見の場を設けた。
加藤善之ゼネラルマネジャーは、補強のポイントとして(1)J1で戦える守備の再構築(2)より攻撃的なスタイルの追求(3)(それ以外の)戦力の補完−を挙げ、「(J2に)落ちないということではなく、さらに上を目指すつもりで戦う」と強調した。
反町監督は「J1でくすぶっている選手より、J2で活躍し、実績を残した選手を主眼に獲得した」と明かし、「未知数の部分はあるが、昨年のチームの力を上回っている自信はある」ときっぱり。
船山貴之選手ら昨季の主力がチームを離れたが、監督は「戦力ダウンとは全く思っていないし、それは開幕してから証明させてもらう」と力を込めた。
(長岩将弘)
山雅「レジェンド」座談会 J1昇格新たな戦い・新時代へ使命感  (2015年1月1日号・6日号より)
松本駅前にあった喫茶店の客有志らが愛好会として立ち上げ、今年で50年になる松本山雅。これまで多くの人が関わり、力を尽くしてきた。かつては選手として活躍し、現在はスタッフとして支え続ける6人の「レジェンド」たちは、自らが所属したチームのJ1昇格をどう見、それぞれの立場で新たな戦いにどう臨むのか―本音で語り合ってもらった。

【神田文之】(かんだ・ふみゆき) 山梨県生まれ。05年9月―06年2月在籍、MF。取締役管理本部長。2月1日から社長に。37歳。
【柿本倫明】(かきもと・みちあき) 福岡県生まれ。08―10年在籍、FW。クラブアンバサダー兼ユースアカデミーU―14監督。37歳。
【小澤修一】(おざわ・しゅういち) 神奈川県生まれ。05―10年在籍、MF。クラブ広報。35歳。
【矢畑智裕】(やはた・としひろ) 茨城県生まれ。05―08年在籍、DF。ユースアカデミーU―13監督。34歳。
【小林陽介】(こばやし・ようすけ) 東京都生まれ。09―10年在籍、FW。ユースアカデミースクールコーチ(普及担当)。31歳。
【片山真人】(かたやま・まさと) 大阪府生まれ。07年、11―12年在籍、FW。事業本部ホームタウン担当兼プラスワンバサダー。30歳。

―昇格を決めた39節・福岡戦(11月1日)、どこで歓喜の瞬間を。
片山 行きたくても行けなかった人がたくさんおるからね。
―この中で行っていた人は小澤さんだけ。
小澤 はい。僕はピッチサイドで走り回ってましたね。
―あれだけ盛り上がったのは予想外でしたか。
小澤 いえ、予想はしていて、その後の準備に追われていました。昇格が決まったらあれをやってくれ、これをやってくれという依頼がとても多くて。それを頭の中で繰り返し確認し、終了後のシミュレーションをして、試合の終盤は、もうそればかり。だから、あんまり実感がないんです。試合もほとんど見られなかったし。
片山 俺と陽介さんは歌ってましたね、Mウイング(松本市)のパブリックビューイング会場で。めっちゃ盛り上がってましたよ。
小林 昇格記念Tシャツも着させていただきました。
柿本 僕は(会社の)外で、知り合いと一緒に。
神田 僕も外でしたね。
小澤 (矢畑を指し)一番興味なさそうだよね。
片山 たぶん試合を見てない。
矢畑 見たって。途中からだけど。
一同 ほら、途中からって!(笑)
―仕事があったとか。
矢畑 いや、飯食いに行って帰ってきて、残り20分くらい。
片山 20分だけ(笑)。
小澤 J2に上がった時(11年12月4日、宮崎県で行ったJFLホンダロック戦に勝利)は、3人(小澤、柿本、矢畑)でクリニック(出張指導)に行っていたんです。そこで子どもたちが騒ぎだして、昇格を知ったという。
矢畑 ?
片山 覚えてないの?まあ、いろんなレジェンドがいますから(笑)。―J1昇格が決まった時の率直な気持ちは。
柿本 今年の戦いぶりを見てきていたので、その瞬間の驚きはさほどありませんでした。ただ、こんなに早くJ1へ手が届いたのかという驚きはありました。
片山 確かに、まさかたった3年でJ2を駆け抜けるとは思わなかった。そこは僕もすごいと思いました。
神田 試合終了の瞬間は携帯電話が手元になかったんですが、少し後で見てみたら、応援してもらった方やお世話になっている方から、これまでにないくらい、たくさんの着信やメールなどがあったんです。そのことに驚き、昇格を実感しました。東京で働いていた時の職場の方からも連絡をもらい、全国的に知ってもらう新たな機会になったのかなと感じました。
―昇格を決めた福岡は柿本さんの出身地ですが、何か感慨は。
柿本 うーん、やっぱり現地に行ってませんからね。その場にいなかったというのは…。
片山 行きたかったですよ。(試合後の)集合写真に俺も入りたかった。
小澤 いや、俺も入ってないよ。この6人は誰も入ってない。
片山 まあ、僕らは影で支える存在ですからいいんです。書いといてください、これ。
―チームが快進撃を続ける中で、皆さんの仕事の現場で変化などは。
柿本 (保育園や幼稚園の)巡回指導に行くと…。
片山 え、俺が言うんですか(笑)。ええと、巡回指導に行くと、山雅のユニホームを着てる子どもがたくさんいたり、横断幕を掲げてくれたりする園もありました。昇格決定後は、園のみんなで声を合わせて「昇格おめでとう」って言ってくれたり。そういう変化は明らかに増えたと感じました。うれしいことです。
―15年シーズン、チームに期待することは。
小林 残留…でしょうかね。
片山 シーズン前から俺らが言っていいか分からんけど、やるからには優勝を目指しつつ、ただ現実的には残留が目標になるでしょう。
小澤 残留できたらたいしたもんだ、と。
片山 そう。やるからには優勝狙わなあかんけど、まずは、今やっとたどり着いたJ1の舞台から簡単に降りてはいけない。なんとしてでも食らいついて、残留―というより、定着とか、継続とか、うまく言えないけど、ここに居続けることが大事やと思う。
小林 そういうことだね。以下同文。
柿本 言うことなくなっちゃった。
小澤 おそらく、成績面では苦しいシーズンになるでしょう。だけど山雅って、苦しいときほど団結し、力を発揮してきたところがあると思う。来年はトップチームだけじゃなくて、クラブとして一致団結し、よりまとまれるきっかけになるんじゃないかな、という気もします。
―雨降って地固まる、と。
小澤 そう。だからこういう(矢畑を指す・一同笑)興味のない人も、J1の舞台で勝ったりすれば、人一倍はしゃぐかもしれない。そういう姿をたくさん見たいですよね。
片山 楽しみですよ、どこまでやれるか。
小澤 対戦相手は浦和や横浜FM、G大阪です。育成にもいい影響が出るだろうし、子どもたちの意識も変わるはず。
片山 J1の育成組織だからね。そりゃ違うよ、子どもたちにとっても。誇りだし、うれしいと思う。
神田 チームは反町監督に任せれば何とかしてくれる、という期待感はある。自分も含めてですが、こうして会社に加わってくれている元選手たちが、トップチームに負けないくらい活躍する姿を見たい、というのはありますね。
片山 俺ら、まだまだ足りんと(笑)。
小澤 もっと働けと(笑)。
神田 いやいやいや…でも、他のクラブに負けないくらい、中からそういう人材が出てくることは、クラブの成長にもつながると思います。ここにいるメンバーは大事です。
―J1に行くと、ユースアカデミー(育成組織)はどうなる。
矢畑 なかなかすぐには変わらないでしょうけれど、いい刺激が増えるのは間違いない。ただ、僕は仙台(2000―03年在籍)で味わっているんですが(仙台は01年J1昇格も03年降格)、やっぱりトップチームが降格してしまうとお客さんが離れたりして、地域の熱が下がってしまう。それは怖い。最低の目標である残留を果たしながら、山雅らしいサッカーをして、お客さんを楽しませてほしい。それはプロの使命でもあると思う。
片山 神田さんよりいいこと言ったね。
神田 (苦笑)
柿本 いや、カンちゃん(神田さん)が引き出したんだよ。
神田 俺のことはもういいよ(笑)。

−14年シーズンを振り返って、鍵になった試合は。
片山 何試合かあるけど、まずは東京Vとの開幕戦(3月2日)です。アウェーなのに8000人を超えるサポーターが来てくれて熱い気持ちを感じられた中で、(船山)貴之がハットトリックを決めた。エースの活躍で白星発進というのは、今考えればその後を象徴していたのでは。J2初年(12年)の開幕戦もアウェーの東京V戦でしたが、当時と比べるとすごく成長も感じられた。
小林 僕も現地で見た開幕戦ですね。
片山 開幕戦は2人(片山、小林)でグッズ販売もしました。
小林 スタッフとして初めて見た公式戦でしたが、自分たちのスタイルをはっきり示し、いいスタートを切れた。あとは9月、勝てなかった時期に順位を落とさなかったのも大きいと思います。(3位だった)磐田と勝ち点差が小さく、順位が入れ替わってもおかしくなかったけれど、そうはならなかった。運も味方につけられたということでしょうか。
矢畑 他チームの取りこぼしもあって、順位が変わらなかったね。俺もあの時期は大きかったと思う。
柿本 僕はちょうどそのころ(9月6日=30節)、アウェーで引き分けた湘南戦です。内容的には押されていたんですが、山雅らしい粘りで首位を独走する相手に善戦し、勝ち点1を加えた。それまでの成長とまだ足りない点とが、あの段階で見えたことにも意味があったと思う。
神田 僕も開幕戦ですね。僕も一緒にグッズ売ってたんですよ。
小林 ああ…いたと思う。
一同 思う(笑)。
片山 じゃあ、(小澤)修さんにまとめを。全試合、一番近くで見てるでしょ。
小澤 そう思われてるけど、いろいろ仕事もあって、まともに見ていられるのはせいぜい前半だけなんだよ(笑)。でも前半だけで言えば、ホームの湘南戦(3月30日=5節)。開幕4連勝で勢いに乗っていた湘南を圧倒し、完全に山雅のゲームだった。僕はずっと現場で、例えばキャンプでの選手ミーティングにも出させてもらい、すごく勉強にもなっていたんですが、個人戦術もチーム戦術も、その成果が全部出ていた。後半に突き放されて負けこそしましたが、こういうサッカーができれば今年は相当いい順位にいくだろうなと予感した試合でした。まさか3位に勝ち点15も差を付けて、自動昇格できるとは思いませんでしたけどね。
−皆さんが選ぶMVPは。
片山 僕は貴之かな。もちろんみんな頑張ったんですけど、19得点という数字は同じFWとしてやっぱりすごい。守備もするし、攻撃の起点にもなるし、アシストもする。得点以外でも貢献し、チームの顔だと思う。一緒にプレーもしたし、実は家も近くて、個人的にもうれしかった。
小澤 何であんなに点取れるようになったんだろうね。どこが変わったっていう印象はないんだけど…。
片山 自分をうまく使ってくれる選手が増えてきた、っていうのはあるかも。俺が横にいてもあかんかったんやっていう(笑)。
小林 2人挙げさせてください。まずは岩上選手。スタッフとして加わる前の13年、アルウィンに見に来た天皇杯で初めてプレーを見たんですが、ロングスローもいいキックも持っていて、チームの核になれる存在だと感じた。来年もいてくれればいいなと思っていたところに完全移籍してくれて、期待通りの活躍をしてくれました。もう1人は鐡戸選手で、試合に出られない時も黒子役として汗をかき、チームに尽くした。ああいう存在は彼だけではないだろうけど、チーム最古参が進んでそういう役割を果たした意味は大きいと思います。
矢畑 (小林)陽介と一緒で岩上かな。セットプレーもそうだし、攻撃のオプションの中で彼がいないと成り立たないものはけっこう多い。流れの中でも存在感を出せる選手だとも感じます。
小澤 僕は喜山ですね。選手会長としてチームをよくまとめていたし、実際、あいつがいないと流れがよくなくて、勝てない試合もけっこうありました。あれだけ泥くさくボールを追ってますが、もともとFWなので、前に行きたい気持ちをぐっと抑えたりもしてると思います。たいしたものです。
柿本 ムラ(村山)です。あれを止めてなかったらどうなっていたか分からないなっていう、神がかったセーブもけっこうある。正GKとして加入したわけではないことを考えると、すごく成長したと思います。
神田 田中隼磨選手…は置いといて。
一同 置いとくの?(笑)
神田 いや、やっぱり当たり前すぎるかなと思って…。個人的には犬飼選手かな。成長もしましたが、見ていてまだまだこれから楽しみというか、将来性を感じさせる。
小澤 彼はきっといい選手になるよね。
−それぞれの立場で「J1松本山雅」にどう貢献を。
片山 「山雅を全国区にしたい」というマツ(松田直樹)さんの言葉に、当時から共感していました。J1昇格で高まっている注目度を利用し、自分のできることの中で、まずは県内からもっと盛り上がっていければいい。その延長線上に、全国区というのも見えてくると思います。
小澤 僕は選手の後、育成部門にも関わらせてもらい、広報になりました。3つを経験して思うのは、自分の仕事の先に何があるかを常に意識しなくてはならないということ。例えば広報なら、スタンドが満員になる光景をいつも目標としてやってきました。それぞれがそれぞれの仕事を頑張り、サッカークラブがある意味を、この町に残し続けていけたらいいと思います。
小林 ホームタウンはもちろんですが、それ以外の地域の、特に子どもたちに、もっと山雅を知ってほしいですね。知ってもらうことで、よりアルウィンに足を運んでほしい。そうして子どもたちに夢や希望を与え、県内にはこんな素晴らしいクラブがあるということを誇りに思ってもらえるような活動をしていきたいです。
矢畑 今年も育成に携わると思います。毎年のことですが、自分の指導スキルを向上させながら、選手たちの長所をより伸ばせるように頑張ります。
柿本 こうして山雅が盛り上がる前の、どちらかというと苦しかった時期のことは、今やここにいる僕たちくらいしか知らない。僕やガチャ(片山)が代表して「こういう時期もあったよ」と伝えていくのも、アンバサダーの使命かなと思います。育成に携わる立場としては、山雅の名に恥じない選手を育て、チームをつくることに努めたいですね。
片山 さあ、大トリ。これからいいこと言いますよ。
神田 このメンバーをはじめ、クラブのことを思い、それぞれの個性を生かして貢献してくれる人がそろっている。それはクラブの可能性そのもの。自分ができるのは、そういった人たちの声を聞いたり、組織との間に入ったりすることだと思っています。さっきも言ったとおり、ここにいるメンバーには特に活躍してほしいと思っているし、僕は自分のできることを頑張り続けたいですね。
片山 ネクタイがガンバ(大阪)カラーですけど、大丈夫ですか。
柿本 ネクタイだけじゃなくて、コーディネートが全体的に…。
−どうもありがとうございました。
(文中敬称略、聞き手は長岩将弘)
J1そこが知りたい! 広報の丸山浩平さんに聞く―松本山雅編  (2015年1月1日号より)
国内最高峰リーグ「J1」に参戦する山雅。新チケット料金が発表されたように、J1になるといろいろなことが変わりそう。気になるところを広報の丸山浩平さんに聞いた。
まずは「アルウィン」について。
トイレとスタメシ屋台前にできる行列は課題の一つ。スタメシ屋台前の混雑は深刻で、サポーターからは、屋台数を増やすため、スタジアムに再入場できるようにし、外にも設けてほしいとの声が出ている。
トイレについて、丸山さんは「県から『開幕までに和式トイレをすべて洋式にする』との言葉をいただいている」と言うが、数は「増えない」。
また屋台については、「増やしたい。全試合で再入場制を検討中」。
ホームゲーム数にも変化が出る。22チームあったJ2と違い、J1は18チーム。リーグ戦のホームゲームは17試合で、カップ戦などを含め、「最少は20試合」。
「ただし、ヤマザキナビスコカップなど、リーグ戦以外の試合に勝ち続ければ、ホーム試合が増える」。1試合でも多くアルウィンで選手の勇姿を見たいところだ。
「J1になると、選手との距離が遠くなってしまうのでは」。そんな心配をしているサポーターもいるかもしれないが、「ご心配なく」と丸山さん。これまで使っている練習場は、「公開練習日はこれまでと同様に見てもらえるし、選手もサインに応じる」。
ただ、松本市が旧かりがね自転車競技場跡地に建設中のサッカー場で練習するときは、「まだどのような施設になるか分からず、選手の動線も不明なため、現時点では何とも答えられない」。
最後に、小中学生の招待券や新グッズについて。
ホームタウンである松本、塩尻、安曇野市、山形村の小中学生にはこれまで同様招待券が配られるが、「使える試合と使えない試合を設ける」。
選手ごとのタオルマフラーの製作や、グッズ取扱店の増加については「検討中」とした。
J1昇格により、カルビーのスナック菓子「Jリーグチップス」の選手カードに、山雅の選手が登場するかもしれない。「かもしれない」と言わざるを得ないのは、2014年は日本代表選手カードのみだったため。同社によると「15年度の商品計画は未定」(広報部)。復活を願いながら、選手カードについて紹介する。
一番気になるのは、誰がどう選手を選んでいるかだ。
広報部の間瀬理恵さんによると、「かつてはカルビーと制作代理店が人気選手を選び、各チームの承認を得た上で作ったが、今は出場時間や得点などの基準を決め、その上位選手を使う」。活躍しなければカードにならないようだ。
近年は1チーム7人前後がカードに。発売の1カ月前くらいに確定するという。

山雅の選手の中には、かつての所属チームでカード化された選手が何人もいる。
常連は田中隼磨選手。初登場はヴェルディ時代の02年。これ以降、横浜FMに在籍していた05年から名古屋時代の13年まで毎年カードに(日本代表選手カードのみだった10年を除く)。
また、岩沼俊介選手は札幌時代の12年、大久保裕樹選手は京都にいた06年にカード化された。
もっとも早くカードになったのは反町康治監督。製品の発売開始の92年から96年まで、横浜フリューゲルス(当時)や平塚(現湘南)の選手として登場。監督としても新潟で05年にカードになった。
かつての所属選手や監督も紹介。
故松田直樹さんは95年から09年まで毎年登場(98年を除く)。「日本代表」「キャプテン」など企画カードの常連でもあった。
野澤洋輔選手は新潟時代の04−06年に。「守護神カード」(04年)や「オールスターカード」(06年)にもなった。
大橋正博さん(11−12年所属)、木島良輔選手(同)、元監督の辛島啓珠さん(05−07年所属)も登場経験がある。
(松尾尚久)
先輩市民クラブに学ぶ 「ヴァンフォーレ甲府」リポート」  (2015年1月1日号より)
山雅は今年、県内初のJ1クラブとして国内最高峰リーグに挑む。反町康治監督は「来季は未知との遭遇」と表現していたが、同じように感じるサポーターも多いことだろう。
山雅と同じく予算規模の小さい市民クラブでありながらJ1で健闘、昨季クラブ史上初の2季連続残留を果たしたヴァンフォーレ甲府のホーム最終戦をリポートしながら、クラブ運営会社の海野一幸会長に聞き、J1とはどんな舞台なのかを探った。

甲府のホーム最終戦は、11月29日の第33節・FC東京戦。前節、ホームで勝って残留を決めてはいたが、12年からチームを率いた城福浩監督の退任が、4日前に発表されていた。甲府としては、勝利で監督を送り出したいところだろう。
山雅のホームグラウンドのアルウィン(松本市)より最大収容人数は3000人余少ない、1万7000人収容の山梨中銀スタジアム(甲府市)がある小瀬スポーツ公園周辺は、開始2時間近く前からごったがえしていた。気勢を上げるサポーターらの声も敷地外からすでに聞こえ、この一戦に懸ける思いが伝わってくる。
試合は午後5時に開始。この日は、同所ではシーズン最多となる1万5071人が詰め掛け、双方の声援が夜空にこだました。
特に、アウェー側観客席の声援の圧力がすごい。地理的に近く、多くの人が訪れたこともあるのだろうが、J2では考えにくい状況だ。
ピッチ上では、甲府がその強い思いを体現した。
FW武藤やDF森重ら、日本代表やその経験者が多数在籍するF東京を相手に、甲府は前半から果敢に攻める。後半こそ相手に押し返される場面が増えたが、決定機らしい決定機はつくらせず、0−0で終了。甲府10本に対し、F東京が3本というシュート数が、試合を象徴していた。

試合後は最終戦セレモニー。映像で今季を振り返り、監督や主将、クラブ運営会社社長らがピッチ上であいさつをした。
驚いたのはアウェー観衆の半数ほどが残り、ピッチを1周する甲府の面々にねぎらいの言葉をかけたことだ。08年から10年9月までF東京を指揮した城福監督にはもちろん、甲府の選手たちにも「お疲れ!」などと声が飛んだ。
城福監督はセレモニー後の会見冒頭、「2年前、F東京とやったときは10回やっても10回勝てないと思う試合だったが、今日はもう一度やりたいと思う試合だった。彼らの成長した姿を見て、本当にうれしく思う」と話した。どことなく、昨年の山雅とも重なる。
また城福監督は、予算や環境面の厳しさを、「4人乗りの車に6人で乗って、坂道を登っているような印象」と表現しつつ、「サッカー文化と歴史がある中で、こんなに熱いサポーターがいる。この車が定員オーバーでなくなる日が来れば、本当に素晴らしくなる」。城福監督の言葉は、山雅にもそのまま当てはまるように思えた。

甲府は翌週の最終34節、アウェーで清水エスパルスと対戦。過去1分け8敗と苦手としていた相手だが、0−0で引き分けた。甲府は9勝14分け11敗、勝ち点41の13位で、14年シーズンを終えた。
【海野会長に聞く】
海野会長は、J1の舞台で感じたJ2との最大の違いを、「やはり観客数」とした。
データにも如実に表れている。J2だった05年のホーム戦平均観客数は6931人だったのに対し、初めてJ1で戦った06年は1万2213人と、1・76倍にもなった。
「山梨県初のJ1クラブ誕生で関心が高まり、(年間パスを持つ)クラブサポーター会員が5771口から9950口へと飛躍的に増加。アウェー側観客も多く来場した」と、主な要因を挙げる。
しかし甲府はその後、2季でJ2に降格。11年は再びJ1で戦ったが、今度は1季で降格−と、なかなかJ1に定着できない、苦しい時期が続いた。
それに伴うように、クラブサポーターは06年をピークに減少し、14年は7597口に。厳しいが、これが現実ということだろう。

しかし「こんな状況だからこそ、自分たちの特色でもある『地域密着』を大切にしていかなければいけない」と、海野会長は力を込める。選手やクラブマスコットの催し参加、スタッフの講演会など、参加したイベント数は14年だけで400近くに上ったそうだ。
「クラブをより身近に感じてもらうことこそが、1人でも多くの方々の足をスタジアムに向けることになると思っています」。そう話す海野会長は、それこそが地方都市の市民クラブがJ1という舞台で存在感を示し、輝き続けるための鍵でもある−と言う。
「クラブ、選手、スタッフ、マスコットが、さまざまな形で地域の方々と触れ合う機会を増やしていくことが、クラブの存在意義を高め、より多くの方々に支援や応援をしていただくことにつながる。ヴァンフォーレ甲府というクラブを介することで、人と人のつながりが生まれ、さまざまな価値が創出される。そういった積み重ねでクラブを『無形文化財』へと高め、山梨県になくてはならない存在になることが、われわれの目指すところです」。

山雅がJ2に参入した12年の2度の「甲信ダービー」を、海野会長は「試合の結果もさることながら、両サポーターの応援による戦いは、熱戦そのものだった」と振り返る。
「国内最高峰のJ1のステージで再び対戦できることを、非常にうれしく思います。互いに地方都市の市民クラブとして誇りを持ち、素晴らしい雰囲気の中での試合になることを期待しています」
【ヴァンフォーレ甲府】
1965(昭和40)年、県立甲府第一高OBを中心に「甲府クラブ」として設立。72年にJSL2部、92年に旧JFLに参戦し95年、現チーム名に。Jリーグが2部化した99年、J2に参戦。2度のJ1昇降格を経験したのち、13、14年シーズンでクラブ史上初めて2季連続J1残留を果たした。ホームタウンは甲府市、韮崎市を中心とした山梨県全域。
(長岩将弘)


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